閉館して約30年。東京都荒川区の下町にあった映画館が生まれ変わろうとしてます。スクリーンや映写室など、場所の記憶を現在に残した『元映画館』を復活。建築家・作家集団『デリシャスカンパニー』が、「館長」を募集しています。
専門分野を活かした、スピード感と行動力で。
東京都荒川区の下町にあり、かつて多くの人で賑わった映画館『日暮里金美館』。平成3年(1991年)に閉館して以来、扉を閉ざしたまま使われることなく、平成の間は眠っていた。そして、令和元年の今年秋、約30年ぶりにその場所へ光が当てられようとしている。その名も『元映画館』として。今、求人しているのはこの『元映画館』の館長職だ。
「なにをやる場所か」は、具体的には決まっていない。
「建物の用途って、『ここをカフェにしよう』『イベントスペースにしよう』とか、目的を決めて、イメージをふくらませていくのが普通。でも、ここでは用途を決めないまま、『歴史的には元映画館で、自由に使える場所があります』という発信で、運営していくのが理想と考えています」と話すのは、この場所の企画・運営、さらにはリノベーションを手がける『デリシャスカンパニー』の代表取締役・半田悠人さん。
『デリシャスカンパニー』は、建築設計をメインに、映像やグラフィックデザインなどのものづくりやブランディングを手がける総合芸術制作会社だ。東京藝術大学出身の同世代の建築家やグラフィックデザイナー、映像作家など、主要メンバー7名を中心に、プロジェクトごとに形を変えて成り立っていく、有機体のような会社だ。
建物に人格を与え、物語を生み出す試み。
これから、『元映画館』という「場所がもつ記憶」を残した場にしていくのであれば、映画館自体がメディアであると同時に、人格をもつ存在になってもいいのではないかと、エグゼクティブ・プロデューサーで、チームのアイデアマンの髙橋窓太郎さんは考える。
「30年間、光が入らない暗闇で眠っていた『映画館』が目を覚まし、そこで起こり始めたことを目撃する。映写室に開けられた窓から、スクリーンと観客席を見下ろす視点で目撃するのです。同じ視点のところにカメラを置き、24時間・365日、その映像をネット中継することで、映画館が目撃した出来事が、そのまま365日続く物語=『元映画館』を舞台にした『映画』になると思うんです」
そんな窓太郎さんのアイデアに対して、映像作家の髙橋育也さんが「たしかに、平成という時代をすっとばした映画館が、令和に目を覚ましたらなにが見えるか。きっと、驚くような世界が広がっているはず」と返すと、窓太郎さんが「そういう物語をイベントと連動させながらつくれば、場所のファンが増えていくと思う。この場所に来てもらい、一緒になにができるか考えていくのもおもしろい」と、さらに想像をふくまらす。
アートディレクターの小林孚さんは「たしかに、この場所に人格があると考えた瞬間、内装を考えるとき、どこからどのように手を付けていくかの方向性が見えてきました。『元映画館』という特殊性だからこそです」と話す。
ここを今年4月1日に借りた後、最初に行ったのは場所に光を入れることだった。天井を開け、天窓を付け、壁も開けて大きな窓を取り付けた。今後は、ロフトを造るほか、キッチンやバーカウンターも設置する。スクリーンは残し、映画の上映ができるよう音響機材や座席も入れる。「スクリーンを可動式にすれば、2つのスペースで展示ができるのではないか」「ギャラリーとして展示したら、夜は作家に関連する映画を上映してもいい」「映画のすべてを上映しなくても、好きな部分だけ上映するのもあり」「文学者に解説してもらいながら観てもおもしろい」など、どんどんとアイデアが飛び出してくる。
半田さんは言う。「こうしてアイデアはどんどん出てくるんですけど、それをまとめる人が誰もいない。今回、『元映画館』の館長を募集して、館長になった人には、スペースの企画・運営とともに、そうしたアイデアや意見を取捨選択する決定権を与えたい。一緒にワクワクすることを考えながらも 『それは予算に合わないので、考え直してください』とか言ってほしいです(笑)」。
自分たちが施主となって、アイデアを形にしていく。
2015年に設立された『デリシャスカンパニー』だが、どうして自分たちの手でアクティブに、運営する場を持とうとしているのか。半田さんは「建築家として受注した仕事を受ける一方、自分たちが施主となって、新しいことをやり、楽しいことを発信していく場が必要だから」と、理由を語る。
転機となったのは、2016年に行った「TAG展」だ。
「用意されたギャラリーという場所で、ただ展示をするのは、自分たちのスタイルとは違うのではないか」という思いから、東京・台東区蔵前で「借り手のつかない倉庫の地下1・2階部分を借りる」ことを「作品」にし、さらに、この場所でしかできない作品を制作して展示した。地下1・2階の壁に観覧車のような装置を取り付けて砂を運び、ある一定量が貯まると落下して砂の壁が現れる「SAND WINCH」。「タンスの角に足の小指をぶつけると痛い。けれどもその時間って人生を考える大切な時間ではないか」という思いから、タンスの角が飛び出してくるタンスを制作した「TANSU IN ATTENTION」。目の前の粘土のように可変するモデルを触ると、画面のなかでも連動して3D画像が作製され、さらには3Dプリンターでリアルな形を再現できる「TRANSFORMING」など、2週間の期間中に多くのアイデアが形になった。
「実はこの展覧会、結構な赤字を出してしまい、今でもその借金を返し続けています(笑)。でも、これをやったからこそ前に進めた。僕たち建築家は、すでにあるかっこいいものを真似るのではなく、常に新しいものをつくり続けるのが宿命。そのうえで若い人たちに憧れられる存在として、アウトプットをしていきたい」と半田さん。そんな『デリシャスカンパニー』の業務内容は、7割が店舗やオフィス、住宅などの設計、それに付随するロゴやフライヤーなどのグラフィック制作。さらには映像制作、美術制作などを行う一方、『元映画館』のように、自分たちのアイデアを実現する場所をつくるという両軸で成り立っている。半田さんは言う。「アイデアって、考えるだけなら誰でもできる。それだけだとなんの価値もないから、実現しないと意味がないんです」。
今回募集する『元映画館』の館長とは、まさしくアイデアを形にする人。さらには、今秋のオープンに向けて、イベントや出店、出展の企画も同時募集。条件は「『元映画館』という場所を活かして、ワクワクすることができる人・企画」であること。窓太郎さんは、「チームだからこそ、アイデアを楽しく出し合い、その場で決めて、形にすることができる。無理をしてでも、現実を超える夢はいつも持っていたいと思います」。
こんな彼らと仲間になり、新しい時代を切り開いていく。想像しただけで、やっぱりワクワクと楽しくなる。