泳ぎ出す夏、巡る水と音
やっと息子のプリスクールも夏休みに入りました。この夏、3歳になった息子に大きな節目が訪れたのです。トイレで自分で用を足せるようになり、ついにオムツを卒業しました。その顔はどこか誇らしげで、精神年齢までグッと上がったように見えます。口を少し尖らせて、「僕はもうベイビーじゃないからね」と言っている姿が可笑しくも愛おしい毎日です。
振り返れば、彼は生後半年で訪れたフィリピンのエルニドの海で「地球の水」に出会って以来、大の「水好き」でした。沖縄、ボラカイ島、モルディブ……海を怖がらないのは、波の音を胎内で聴いていたからなのか、お腹の中でもぐるんぐるん泳ぎ回っていたからなのか。「水を得た魚」とはまさにこのことだと感じ入ったものでした。
海外を旅していると、どうしても「水の安全性」には細心の注意を払うことになります。うがいや歯磨きの水、子どもの口に触れる水には特に気を使います。だからこそ、蛇口をひねればそのまま飲める水が出てきて、綺麗に処理される日本の水インフラのありがたさが身に沁みます。安全な水は当たり前ではなく、本当に恵まれた環境なのだと実感させられます。

「ママ、この水はどこへ行くの?」
そんな息子の関心事が、この夏、日常の中にある「水のゆくえ」へと広がっていきました。トイレのレバーを引いたときに渦を巻いて消えていく水。お風呂でバスタブの栓を抜いたときに「ゴゴゴ・・・」と音を立てて吸い込まれていく水。彼はその瞬間をじっと見つめ、「ママ、この水はどこへ行くの?」と目を輝かせて尋ねるようになったのです。
「どこへ行くんだろうね?」――恥ずかしながら、私自身も自分が住んでいる街の下水道の仕組みをほとんど知りませんでした。息子の素朴な探究心に応えたくて、私たちは東京都下水道局の「東京 虹の下水道館」を訪れました。館内にはショールームのようなキッチン、バス、トイレがあり、実際に水を流すことができます。配管は透明なパイプで作られていて、排水の流れてゆく様子が一目で分かります。普段は何気なく通り過ぎていた「汚水ます」や「雨水ます」、その先に続く下水道管。それらを通って集められた水が「水再生センター」へと運ばれ、驚くほど整然と綺麗に処理されていく仕組みに、親である私のほうが深く感激してしまいました。東京の水再生センターでは、ただ水を綺麗にして流すだけでなく、処理水を公園のせせらぎや川の復興、ビル・施設の雑用水として再利用したり、下水処理の過程で発生するバイオガスや熱をクリーンなエネルギーとして活用したりと、先進的な環境配慮がなされています。世界に誇るこの安全で清潔な循環システムがあるからこそ、私たちは日々安心して暮らせているのだと気づかされます。虹の下水道館を訪れて以来、息子は街を歩くたびに「あ! マンホールだ!」と見つけては立ち止まり、その下に流れる小さな水音に耳を澄ませるようになりました。

下水道の処理方法や環境へのアプローチは、実は全国の自治体や地域特性によって驚くほど異なります。例えば兵庫県神戸市では、下水から回収したリンで肥料を作り地元の野菜を育てる「こうべ再生リン」のような循環型農業が行われています。また雪国では、年間を通して温度が一定な下水の「熱」を道路の融雪や温室栽培に活用する試みもあります。地形や風土、地域の課題に合わせて、その街に最適化された「水の巡り」。水再生システムに熱を上げている息子と一緒に、全国の取り組みへ実際に出向いてみたい、と話しています。
新しい世界へ潜る
『水の戯れ』は、近代フランスの作曲家モーリス・ラヴェルの名曲です。『水の協奏曲(Water Concerto)』で現代の中国の作曲家タン・ドゥンはその作品において、ステージに水を張ったボウルから得られる水音をもサウンドに重ねました。
私も音楽家として音を奏でるとき、音が空間へ消え、大気へと溶けていく感覚を大切にしています。地球の表面積の約70%は海であり、そして私たち人間の体もまた、約60%が水でできています。
私たちが命を営むことと、この地球という星のあり方は同じです。息子の見つめる水のゆくえはどのようなものでしょう。自分が地球という大きな循環の一部なのだと理解しているかはわかりませんが、「水」が彼の遊びと学びと成長に欠かせないのは明らかです!
今、オムツが取れたことで彼は新たな挑戦へと飛び込みました。ずっと通いたかったスイミングスクールです。プールの中で、彼は再び「水を得た魚」のように何度も何度も楽しそうに潜っています。
「ママ! 水の中で目が開けられるよ!」そう言って見せてくれた誇らしげな笑顔。水中で目を開けた瞬間、そこにはどんな景色が広がっているのでしょうか。きっと光が差し込み、小さな気泡が星のようにキラキラと揺れる新しい世界が見えているはずです。
そしてこの秋、私もまた「水」と「音」が美しく重なり合う場所へと向かいます。9月13日・14日、奈良県天川村で開催される「水の音 えんがわ音楽祭」。修験道の聖地・大峰山の麓、息をのむほど美しい川が流れる村です。絶え間なく響く澄んだ川のせせらぎに、自分のフルートの音色をそっと折り重なるように紡いでいく——。自然の循環の中に音が溶け込んでいく心地よさは、音楽家として何よりの喜びです。
息子が見つめる「水のゆくえ」を追いかけながら、私もまた清らかな水が育む音の響きの中へ潜り込んでいきたいと思います。皆さんもぜひこの夏と秋、ご自身の住む街や訪れる土地の「水のゆくえ」と「音」に、思いを馳せてみてはいかがでしょうか。



















