京都の季節をつなぐ、担い手たちの時間
5月の平安神宮の石畳に、収蔵庫から運び出された時代祭の衣装が並ぶ。
深い紫、黒、藍。普段は箱のなかに収められている布が、5月の光を受けながら、白い敷物の上に広がっていく。
まだ京都の街が、葵祭を迎える前のことである。学生たちは地面に膝をつき、衣装をひらく。札を確かめ、紐や小物の状態を確認し、折り目を整える。確かめ終えた衣装は、再び丁寧に包まれていく。
10月の行列では、装束は人の身体を包み、歴史の一場面をつくる。しかし、この日の装束には、まだ身体がない。静かにひらかれ、5月の光と風に触れ、誰かの手で確かめられるのを待っている。
布をひらく。状態を見る。札を読む。紐をそろえる。そして、また包む。華やかな行列からは見えにくい、小さな手の動きが何度も繰り返されていく。
近年の京都の夏は暑い。夏の強い日差しのなかで虫干しをすることは難しくなり、まだ風の通る5月に作業を行うようになった。
昔から受け継がれてた祭りも、同じ形のまま残っているわけではない。気温が変われば、作業をする時期も変わる。祭りを守ることは、何も変えないことではないのだと思う。その年の気候と、そこで動く人の身体に合わせながら、続けられる形を探していく。伝統は、そうした小さな調整のなかで、いまの時間につながっている。

いくつもの祭りの時間が重なる京都
虫干しが終わる頃、京都は葵祭を迎える。やがて季節が進み、遠くから祇園囃子が聞こえはじめる。鉾が立ち、提灯が灯り、街の空気は少しずつ湿り気と熱を含んでいく。
5月の葵祭。7月の祇園祭。10月の時代祭。京都三大祭は、暦の上では別々に並んでいる。
けれど、祭りを担う人たちの時間は、そこまできれいには分かれていない。葵祭が行われる前に、時代祭の装束はすでに5月の光を受けている。祇園祭で街がにぎわう頃にも、別の場所では、時代祭へ向かう時間が静かに流れている。
ひとつの祭りが終わってから、次の祭りがはじまるのではない。京都では、いくつもの祭りの時間が重なり合っている。

7月、店先に立つ幟
7月、京都市内のある馴染みの和菓子店を訪れた。木々の緑に包まれた店の前に、青い幟が立っていた。
そこには、時代祭につながる文字が染め抜かれていた。街が祇園祭へと向かう季節に、10月の祭りの気配が店先に現れている。店主さんは、今年の行列に参加するという。そう聞いてから店を見ると、いつもの風景が少し違って見えた。
日々、和菓子をつくり、店に立ち、訪れる人を迎えている人が、秋になると装束を身につけ、行列の一人として京都の街を歩く。外から行列を眺める人には、ある時代を表す一人に見えるかもしれない。
けれど、暮らしの側から見れば、その姿は「あの店の人」でもある。友人や知人が、当番学区から参加することもある。今年はあの人が出るらしい。知っている人の学区に、久しぶりに当番が回ってきたらしい。そんな話を聞くたびに、時代祭は少しずつ自分たちの暮らしに近づいてくる。
街のあちこちに、祭りへ出ていく人がいる。その人を知っている人がいる。当日を楽しみに待っている人がいる。
祭りは、行列が通る道の上だけにあるのではない。店先に立つ1本の幟にも、祭りを待つ時間が流れている。

学生だった私と、いまの学生たち
京都の大学生たちは、昔からアルバイトとして時代祭に参加してきた。
私も学生時代、時代祭のアルバイトをしたことがある。当時の私は、祭りの1日を支える学生の一人だった。
決められた役割を担い、行列が進む時間を支える。そこにも、大学生が京都の祭りと出会う入口があった。
現在、私は大学で教員として、学生たちが時代祭に関わるプロジェクトを担当している。
学生たちは、当日だけ行列に加わるのではない。5月の虫干しから地域に入り、衣装や道具に触れ、祭りを支えてきた人たちと出会う。準備の時間をともに過ごしながら、10月を迎える。授業で時代祭に参加した後、卒業してからも関わり続ける人がいる。学生だった人が、いつの間にか、後から来た学生を迎える側にいる。20年ほど続いてきた活動のなかで、そうした時間が少しずつ積み重なってきた。
大学の地域連携というと、学生が地域へ行き、何かを学び、大学へ戻ってくる姿が思い浮かぶ。
けれど、ここではもう少し違うことが起きている。学生が地域について学ぶだけではない。地域のなかに、学生自身の役割が生まれていく。自分が持つ旗がある。自分が運ぶ道具がある。自分を待っている人がいる。一度生まれた出番が、翌年もその人を地域へ呼び戻す。いるだけでいい場所と、何かを託される場所は、似ているようで違う。託されたものを持つことで、自分の身体が誰かとつながっていく。その感覚が、人をもう一度、同じ場所へ向かわせるのかもしれない。
大学の地域連携というと、学生が地域へ行き、何かを学び、大学へ戻ってくる姿が思い浮かぶ。
けれど、ここではもう少し違うことが起きている。

新しい人を迎える
維新勤王隊列には、毎年、入隊式がある。会場には祭壇が設けられ、参加する人たちが並ぶ。新しく加わる人は、単に役割を割り当てられるのではない。隊の一員として迎えられる。「入隊」という言葉には、少し緊張感がある。けれど同時に、その言葉は、そこに加わる入口があることを示している。
昔から関わってきた人たちだけで、祭りが守られているのではない。初めて参加する人を迎え、その人に役割を渡し、少しずつ関係をつくっていく。
伝統とは、すでにある形を大切に残すことだけではないのだろう。新しい人が入ってこられる余白を残すこと。
初めて来た人に、出番を渡すこと。そして、その人がいつか、新しい誰かを迎える側へ移っていくこと。
祭りを受け継ぐという言葉のなかには、そうした人の動きも含まれている。

半年分の時間が歩きはじめる
そして、10月22日を迎える。
時代祭の行列が京都御所を出発し、京都の街を進んでいく。沿道から見れば、行列は目の前を通り過ぎていく。
けれど、準備の時間を知っていると、その姿は少し違って見える。
5月に広げた衣装が、今は誰かの身体を包んでいる。入隊式で迎えられた人が、列のなかを歩いている。授業で参加した学生が旗を持ち、卒業後も関わり続ける人が、その近くで笛を吹く役割を担っている。当番学区から参加する友人や知人がいる。7月に幟を掲げていた店の店主さんも、行列のどこかにいる。
行列のなかには、歴史上の時間だけが流れているのではない。5月から準備を重ねてきた人たちの時間。
地域に入った学生たちの時間。一度参加し、卒業後も戻ってきた人の時間。当番の年を待っていた人たちの時間。
いくつもの時間が、同じ行列のなかを歩いている。

祭りがはじまる場所
時代祭は、10月22日に行われる。
けれど、祭りがはじまる場所は1つではない。衣装をひらく手。幟を立てる手。新しい人を迎える手。
京都の祭りは、見るものとして語られることが多い。
しかし、祭りの時間は、見る人の前に現れるよりも先に、担う人の身体のなかではじまっている。衣装をひらく。誰かに役割を渡す。久しぶりに戻ってきた人と、また顔を合わせる。そうした小さな営みが、葵祭と祇園祭の季節を通り抜け、10月の行列へとつながっていく。
私にとって時代祭は、葵祭の前にはじまる。そして、おそらく、行列が終わったあとも続いている。
祭りを支えた身体の記憶と、そこで渡された出番が、人と人とのあいだに残る。その記憶が、また次の虫干しを迎える。まだ誰の身体も包んでいない装束が、5月の光のなかで静かにひらかれる。そこにはもう、次の担い手の気配がある。
私にとって時代祭は、葵祭の前にはじまる。そして、それは私だけの時間ではない。

















