「かわいい!」「楽しそう!」と思って手に取ったら、実は地域で大切に育てられた農産物だった。肩肘を張らずに大切なものを守る“デザイン”を目指す。
日本酒へのハードルを下げる仕組み。
ドライフルーツ、はっか糖、甜菜糖が入っている「ぽんしゅグリア」。日本酒を注いでかき混ぜるとカクテルになる、画期的な商品だ。これを生み出したのは、2015年に新潟県長岡市で設立された『FARM8』。この商品のほかにも酒粕のジェラートやビーフジャーキー、玄米飲料などさまざまな食品を生み出している。
同社代表の樺沢敦さんは、NPOの活動を通じて新潟県内の農家や酒蔵と元々つながりがあった。「日本酒を若い人たちに飲んでもらう方法はないか、酒蔵から相談を受けました。カクテルが取っ付きやすいと思いましたが、造り手としてそうは言いづらい。新参者の私たちが最初のハードルを下げることができるかもと思ったのが始まりでした」。
樺沢さんは、同社の管理栄養士の石橋てるみさんに相談。ワインの場合、フルーツや甘味料を入れて飲むサングリアがある。日本酒とワインの度数はほぼ変わらないことから、日本酒版サングリアの開発を目指すことに。次世代に「土のある暮らし」をつなげていくミッションを掲げる『FARM8』では、農産物を無駄なく流通させたいという思いから、規格外の果物で作られたドライフルーツを使うことは最初から決めていた。試行錯誤を経て完成が見えてきたものの、なにかが足りないと樺沢さんは感じた。「メッセージ色の強い商品なので、新潟らしいものを入れてほしい」と石橋さんに投げかけたところ、はっか糖に行き着いた。「これは、新潟県魚沼地方の昔ながらの駄菓子。会社のお菓子コーナーを見て、『これだ!』と思いました。砂糖、水飴、はっかを練ってできたものなので気泡が入っていて、日本酒を入れた瞬間に浮かび上がり、雪が降るように舞って溶けていくんです」と石橋さん。樺沢さんもまた、「地元のお菓子屋さんのおじさんが一人で手作りしていて、卸してもらうようお願いをしました。地元にお金を落とせるようになることも大切だと思っています」と話す。
「ぽんしゅグリア」のデザインは、長岡市にUターンしたデザイナーの矢尾板慎治さんに依頼。雪が舞うようにはっか糖が溶ける様子を表現し、ブームが再来しているシティ・ポップを意識してパステルカラーを用いたデザインにした。カップ酒の瓶を選んだのにも理由がある。実はカップは大学の教授によってデザインされたもので、ストレートな形状が洗練されている。「今の20〜30代の場合、その親世代はカップ酒を好んで飲んでいないので、カップ酒に『おじさんくさい』というイメージを持っていません。若人たちはかわいいと思って受け入れてくれるのではと思い、採用しました」と樺沢さん。さまざまなチャレンジを経て、2016年夏ごろに「ぽんしゅグリア」の販売がスタートした。
“関わりしろ”が豊かな関係性を生む。
発売当時は3種類、100個ほどを店頭販売していたが、現在では月に2万本、約20種類を販売するまでに。インターネット通販の「帰省暮」(コロナ禍で帰省できない代わりの贈り物)ランキングで10位に入るほどの人気ぶりだ。「食品の販売は初めてで、無鉄砲だったからこそたくさん出せました。発売して2か月後ぐらいに、ソロキャンパーのYouTuberが『ぽんしゅグリア』を取り上げてくれたのをきっかけに、SNSでバズりました。さらに、テレビ番組で店を訪ねてくれたある俳優さんが別のトーク番組で『瓶の中で雪が降るんです!』と紹介してくれて10分後には在庫がなくったことも。いいご縁が続いていきました」と樺沢さんは振り返る。
「ぽんしゅグリア」がこれほどまでに売れる商品になったのは、SNSやメディアの力だけではない。商品そのものに”関わりしろ“があるデザインだからだ。おもちゃを埋め込んだ石鹸を使ってもらうアフリカのプロジェクトで、中のおもちゃ欲しさに子どもたちが手や体を洗って感染症を予防したという話を聞いて、樺沢さんは感銘を受けたという。「『FARM8』は、『地域を食べるをデザインする』企業です。デザインは仕組みづくり。自然と導かれたら地域資源を食べていたという状況をつくり出したいと思っています」。
消費が豊かさの象徴であった今の40代とは異なり、20〜30代はデジタルネイティブ。自分が何者であるか、発信を通じて表現する。それは、どんな商品を購入するかという点においても自身を表現していると樺沢さんは分析する。「自分で完成させる『ぽんしゅグリア』は楽しさが無限大。どんな日本酒を選ぶか、どんな飲み方をするか自分の選択がいろいろな結果を生むので、クリエイティブな感覚があります」。
また、日本酒約100種類の飲み比べができ、都内で若者に人気の『KURAND SAKE MARKET』の酒と「ぽんしゅグリア」セットを販売すると、2つの“推し”がコラボしていると話題に。「自身が築いてきた商品との関係性に加えて、好きな企業同士が新しいことを始める。そんな点が今の若者に支持されると感じています。コミュニケーションをどうデザインするかが重要です」。
この“関わりしろ”は、開発段階でも今までにない関係性を生み出し、農産物のメーカーや先例のようにコラボしたい企業などからも声がかかるようになったという。昨年はゲーム会社や芸能事務所と新商品を開発する新たな試みもあった。「『FARM8』としての軸は持ちつつ、声をかけてくれた人ともしっかり絡むことで発想が柔軟になり、想定を超えたいろいろな人に受け入れてもらえる商品づくりにつながっています」。
社会の動きに敏感に反応しながら、これまでの常識にとらわれないものづくりを行う『FARM8』。知らないうちに地域資源を食することをデザインし、食べ物を生み出す“土”が守られ続ける未来をこれからも目指していく。