「墨田区の小さな声を届ける。『すみだの仕事』は墨田区の仕事をていねいに取材し、働く魅力を伝える求人サイトです」トップ画面にこう記されているこのウェブサイトには、新しい求人の姿がある。
東京都墨田区限定の求人サイト『すみだの仕事』。募集記事をクリックすると、現れたのは仕事の現場を切り取った写真とどんな人たちがどんな思いで日々の仕事を行っているのか、そして今どんな人材を求めているのかが語られる6000字から8000字(原稿用紙20枚)の記事。仕事に興味があり、働きたい人は夢中になって読んでしまうのではないだろうか。
雇用主と求職者のギャップを埋める。
サイトを運営するハセガワタカユキさんが、立ち上げに際していちばん大切にしたのは、求人の記事と現実の仕事にギャップがないことだった。「求人を募集しても人が来ない、採用しても長続きしないという話はよく聞きます。それって、雇用主が求めている人材が伝わっていない、求職中の人に会社の本当の姿が見えていないから。そのギャップが埋められれば、雇うほうも雇われるほうも納得できるのではと思いました」。
そう考える背景には、ハセガワさんの転職体験がある。社会に出てから、ここは求めていた会社ではないと3回転職。出身地の兵庫県豊岡市へのUターンを考えて職を探したこともあったが、望む仕事は見つけられなかったし、求職活動自体が大変だった。本当に欲しい会社の情報が、どこにいても見つけられる求人サイトがあったらいいのに。それが『すみだの仕事』の始まりだった。掲載は墨田区の会社のみ。ハセガワさんは当時住んでいた墨田区の店やイベントの情報をブログで発信していて、地域の人たちとのつながりも生まれ始めていたからだ。
最初に掲載したのは、知人が紹介してくれた『すみだ珈琲』。求人記事に対してすぐ応募があり採用が決まった。ほぼ実費をまかなうだけという掲載料は、採用が決まったら支払ってもらうという出来高払い。それがモデルケースとなり口コミで掲載依頼がくるようになる。「当初は取材に行って話を聞き、写真を撮り、原稿をまとめて、サイトにアップしてという作業すべてをひとりで、しかも見様見真似でやっていました」。編集や原稿を書いた経験はなかったが、そのていねいな記事は働く人を求めている会社の心をつかみ、求人掲載依頼は途切れなかった。
掲載して終わり、ではない関係。
依頼が増えるほどに、ハセガワさんはサイトも記事ももっとよくしたいという気持ちが募った。「そんなとき、写真家の冨樫実和さんのウェブサイトを作る仕事をして、プロの写真のクオリティの高さを実感。すぐに冨樫さんにお願いしました」。フリーランスになったばかりだった冨樫さんは、ハセガワさんの誘いを快諾。『すみだの仕事』の一員となった。「今までやってきた雑誌関係の仕事との違いになかなか慣れず、ハセガワさんの要求に対し、戸惑うことも多々ありました。でも、一緒に取材するうちに仕事や会社を伝えるためには、表には出ていない会社のバックヤードなども必要だと分かり、今まで知らなかった経験ができています」と冨樫さんは言う。
これまで掲載してきた求人は4年間で100件ほど。ハセガワさんには本業があるため、取材は基本的に土・日曜日で、記事をまとめるにも1か月ほど時間をかける。そのため掲載できる数は多くないが、2回、3回と依頼がくる会社もある。「みんなご近所さんで、記事の掲載後にどんな人が採用されてどんなふうに働いているのか、その姿を目にします」と冨樫さんが言うように、求人を掲載して終わりというのではない関係が『すみだの仕事』から生まれている。「記事をプリントアウトして大切に持っている、家族に見せている、という話を聞くと本当にうれしい。それも大きなやりがいになっています」。
では、求人を出した会社、それを見て応募した人は「すみだの仕事」の何に魅力を感じたのだろうか。実際に活用した方々のお話を伺ってみた。
夏は暑く、冬は底冷えする鋳物工場。厳しい環境だが、ここでしかできない仕事がある。
技術を継承できる、若い人を雇いたい。
墨田区立花にある『東日本金属』は創業1918年。鋳造を主に金属加工などを行っている町工場だ。今、ここで働く清田和之さんと石川絢子さんは、『すみだの仕事』を見て応募してきたという。
「うちは素材(金属)を溶かし、型に流し込み形を作る『鋳物』、とくに砂型鋳物という伝統的な技術で量産前の試作品やロットの少ないものを作っています。しかも型作りから加工、組み立てまでを一貫して行っていて、職人の技術は高い。ですが職人の年齢も上がり、技術を継承できる若い人を雇いたいと考えていました」と求人を依頼した経緯を語るのは常務の小林亮太さん。
そんなときハセガワさんに会う機会のあった小林さんは、墨田区の求人サイトを立ち上げる話を耳にして、お願いした。「今では、取材をしていただいたご縁から、会社のウェブサイ
トやパンフレット、ロゴや名刺なども作っていただいています」。
ハセガワさんは工場を訪れ、小林さんや現場主任の小池英貴さんに話を聞いた。求人の条件だけでなく、どんな会社で、どんな仕事をしていて、よいところも、厳しいところも聞き、包み隠さず記事にまとめた。「記事を読んで、私たちの仕事や思い、こちらがどんな人材を求めているのかがきちんと伝わってきました」。それを見た人がフェイスブックで拡散し、多くの反響や問い合わせがあった。
求めている人材にピンポイントに届く。
そのひとりが石川絢子さん。学校で彫金を学び、ジュエリーを作っていたが、『東日本金属』で扱うような鋳物の加工の仕事は初めてだった。『すみだの仕事』の記事の何が石川さんを惹きつけたのだろうか。「長い記事でしたが、2、3回読みました。ものづくりへの思いがあふれていましたし、写真もかっこよくて。一度やめていたものづくりに、もう一度取り組んでみたいと考えていたときで、職人として技術や知識をイチから覚えるにはもう年齢的に最後のチャンスだと思い、『見学させてください』と連絡しました」。
これまで女性の職人がいなかったため、小林さんは更衣室やシャワー室も整っていないし、重労働だということを真摯に石川さんに伝えた。「記事にもありのままに書いてありましたから、それを聞いてやめようとは思いませんでした」と石川さん。住まいも墨田区に移し、今年の7月で4年目になる。
小林さんは、その後も『すみだの仕事』で求人を掲載し、鋳物の職人・清田和之さんを採用している。「若くて、ものづくりに興味のある人が『すみだの仕事』を見てきますね。求めている人材にピンポイントで届いている気がします。きつい仕事ですが、そういう人が定着して働いていることに同業者からは驚かれていますよ」と小林さん。その言葉を聞いていちばんうれしいのはハセガワさんや冨樫さんかもしれない。
今、ハセガワさんたちは、「自分たちの街や地域でも同じような求人サイトをつくりたい」という多くの声に応えて「のしごと」というプロジェクトを立ち上げた。地域と一緒になり、その地域での求人情報サイトの立ち上げを支援したり、地域の作り手の思いが込められた素敵な商品を販売したり。すでに茨城県や兵庫県丹波市でサイトが立ち上がっているし、墨田区には「のしごと」で紹介する商品をじかに目で見て、買えるお店『伝所鳩』もオープンした。
こんな人に働いてほしい、という雇用主の小さいけれど切実な声をすくい上げ、伝え、発信している『すみだの仕事』のスタイルが広がり始めている。