自然と共創し育む御蔵島。強く勇ましい島本来のかっこよさ。【御蔵島・前編】

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2022.02.15

御蔵の本来のよさは秋冬にある――。御蔵島に滞在した4日間、取材先で、宿で、商店や観光案内所などで、多くの方から幾度となく聞いた言葉。そのキーワードは山であり、森。イルカで賑わいを見せる島とはまったく違った顔となる観光のオフシーズン。訪れてみれば、穏やかさと開放感、そして島人と共有するゆったりとした時間が待っていました。

(取材は2021年11月に行いました。撮影時にのみマスクを外しています)
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海・山ガイドの柳瀬美緒さんと山を歩く。

「ここは大島分川(おおしまわけがわ)。島民にとって大事な川。山の上部から流れる水の落差を使って水力発電をしています。御蔵は伊豆諸島の中で、際立って水が豊富。山に降った雨が地下水として貯まるので、もしも2か月くらい雨が降らなくても、集落で使う水が枯れることはありません。島全体が水瓶のようです」

そう教えてくれたのは御蔵島の海と山のガイド、柳瀬美緒さん。御蔵島では自然との共存を目指し、2004年1月に東京都と御蔵島村との間で「自然環境保全促進地域の適正な利用に関する協定書(エコツーリズム協定)」が結ばれた。以降観光客は、海はもちろん、山も一部を除いたほとんどのコースでガイドの同行が必要となっている。

御蔵島の海と山を知り尽くした柳瀬美緒さん。御蔵島で山ガイドを依頼したい場合は、『みくらしま観光案内所』にまずはご相談を(tel. 04994-8-2022)。
左/大島分橋から見た大島分川。夏、島の子どもたちはここで水遊びをするという。右/御蔵島の水は「御蔵の源水」として販売されている。水の豊かな島ならではだ。

森に向かう道すがら、柳瀬さんは島の自然などについていろいろ説明してくれた。「御蔵は島の周りがぐるっと断崖絶壁。島の中央にそびえる御山(おやま)は標高851メートルと、海面から急激に高くなっています。夏に南から湿った風が吹いてきたときに、島が壁のように立ちはだかり、その湿った暖かい風は急激に上昇して、上空の冷たい空気で冷やされて濃い霧となる。だいたい、標高450〜500メートルで空気の層が変わり、上が真っ白になるんです。この光景は御蔵の夏の風物詩でもあります」。森の中は湿度100パーセントに。霧が木々の葉などに付いて水滴となり、雨のように降るそうで、柳瀬さんはそれを「樹雨(きさめ)」と呼ぶのだと教えてくれた。

ヘリコプターから見た御蔵島。そのさまは海洋に浮かぶ山のよう。
島の周囲には幾筋もの滝が。その数50本以上。

柳瀬さんは登山道に入る少し前で車を停めた。「神様にお参りしていきましょう」と柳瀬さん。「この神様は『草祀り神様』と言います。1人1枚ずつ、葉っぱをお供えしましょう」。小さな祠の前に、傍らで摘んだ葉っぱを置き、石で押さえる。「帰るときには自分が供えた葉っぱを落とします。いつから葉っぱを置くようになったかはわからないですが、もともとは島民が山仕事をする前に置いていたみたいです。自分が来たときに、誰かが入っているとわかりますし、帰るときに自分以外のものが残っていたら、ここで待って一緒に帰る。今は登山をする人の入山記録的な意味合いが大きいですね。島民のみなさんは、車の中から一礼する人も多いです」。山に生きる知恵。草祀り神様にお参りし、いざ登山道へ。

島の東側にある、腰の高さほどの小さな草祀り神様。島に2か所ある。
取材チームも明日葉の葉を置いて登山道へ向かった。
左/長滝山コースの入口にて。「コースは入口が急峻で、その先は割となだらか。おすすめのコースです」。右/入口横にある看板を読んでから入ろう。

この日は御山に向かう長滝山コース。「登山道の入り口で標高674メートル。山頂は851メートルで、歩くのは1時間くらいかな。帰りは30分くらいで降りてくることができます」。

取材は11月下旬。道中は植物を見て歩くのが楽しかった。登山道にはイズノシマダイモンジソウや、ウメバチソウなどの植物の姿も。「もう時季は終わっちゃったけど、ハチジョウコゴメグサという白いお花は、御蔵の中でもこのあたりにしか咲いていないんですよ。『八丈』って名前が付いているけど、八丈島に咲いているのとはちょっと色が違う。もしかしたら、別の種類かも」。「これ、ミミズクが3羽集まって相談しているみたいに見えませんか? 本当は凹んでいる縦の割れ目に種が入っていたんです。これは御蔵島特産の黄楊(つげ)の種がはじけたあと。私はこれが大好き!」。小さく愛らしいミミズクたち。言われなかったら決して気づかないだろう。これも地元の山ガイドと巡るよさ。セッコクというランの一種である着生植物は、寄生ではなく自立して共存共栄を図る植物であること、山頂付近のオオシマザクラは北海道や青森県と開花期がほぼ同じこと、笹を食草とする固有種・ミクラクロヒカゲは縄張り意識が強くガイド中に体当たりしてくることなども。柳瀬さんは、島の植生や昆虫の生息域などを熟知。景色を見るだけでない、山歩きの楽しさを味わわせてくれる。

左/黄楊の種がはじけたあと。ミミズクたちが集まって相談しているようにも見える。右上/コース途中で見つけたイズノシマダイモンジソウ。右下/愛らしいウメバチソウの姿も。
コース途中、黄楊の木が生い茂る林を横目に。
風の影響で幹を大きくくねらせた黄楊。目が詰まっているため、細くても重い。

標高800メートル地点。尾根に出た。ここまで3、40分くらいだろうか。手軽に本格的な“山感”を味わえるのも御蔵島の醍醐味だ。稜線の両サイドは黄楊の林。斜めに生えていることから、風の強さを物語る。「下のほうに見えるのが御代ヶ池(みよがいけ)。その近くに見える台形の山、あれは溶岩の塊です。海に向かって3つくらい小山がありますよね。小山のことを御蔵の人は森と呼びます。夏場はこのあたりは霧で真っ白になり、遠くが望めないので、この景色も冬ならでは。このコース、私は何百回と歩いているけどまったく飽きないですね」。

柳瀬さんは経験豊富なドルフィンスイムのガイドでもあるが、御蔵島に暮らすようになったのはこの山があったからだそう。「自然が好きで、昔は海外にもよく行っていました。バハマでドルフィンスイムをしたり、タイ北部では象に乗って山を越え少数民族に会いに行ったり。16年ほど前にイルカガイドのアルバイト募集を知って御蔵に来たのが最初です。こんなに長くいると思わなかったですけど(笑)。気づいたら認定の山ガイドにもなっていました。でも、イルカだけだったら、ほかのガイドさんのようにシーズン中だけ島に来て、冬は内地に帰って別の仕事をしていたかなあ。でも、御蔵の冬の暮らしがよかった。夏のように慌ただしくないのと、山がすばらしかった。山ガイドとしても働けるなら島で暮らしていけるなって」。島には雪も降るといい、「誰もいない山道に足跡つけていくのは本当に快感です」と柳瀬さんはうれしそう。

「そして御蔵の海と山はつながっています。2つを結ぶ存在がオオミズナギドリ。昼は海で捕食し、夜になると森の中に掘った巣穴へと帰るんです」。

かつては島の貴重なタンパク源でもあったというオオミズナギドリ。御蔵島は国内最大の繁殖地だ。糞などの栄養が山を潤し、その栄養が海へと流れるとも。オオミズナギドリは島の周囲の豊かな自然環境にも、寄与しているのかもしれない。

「でも、意外とイルカの常連さんは夏のことしか知らない。御蔵の山と森のことを知ったらもっと御蔵が好きになると思います。秋冬こそ、ありのままの御蔵のよさを感じられる季節だと思いますね」。

原生林に囲まれた 御代ヶ池。夏場は霧でほとんど見えないという。これも冬ならではの景色。
左上/コース入口から歩いて20分ほどでこんな絶景(尾根)に出合えた。右上/「何百回と歩いているけど飽きない」と山を見ながら教えてくれた柳瀬さん。左下/オオミズナギドリの巣穴。山の中のあちこちで見かける。右下/コース途中、苔類も多数観察できる。
コースは絶景の連続。この日、海上にかすかに藺灘波島(いなんばじま)も見えた。夏の季節にもまた、来てみたい。

『ふくまる商店』山田壮稔さんに会いに。

柳瀬さん同様に、御蔵島に魅せられ移住した人がいる。島で土産物や食事を提供する『ふくまる商店』を営む山田壮稔さんだ。広告代理店でデザイナーとして働いていた山田さんは(大阪と東京にて勤務)、イルカと泳げる夏の御蔵島に通うこと14年。縁あって2008年に移住。京都市の美大で日本画を学んだ奥さまとともに、“自分たちのデザイン”にこだわった、オリジナルの土産物の販売を開始した。「もともとお世話になっていた宿のご主人に頼まれて、妻が自分で描いたイラストをTシャツにプリントし、それを納品していたのが最初。今も基本的には自分たちが関わったものを販売しています」。

『ふくまる商店』店主・山田壮稔さん。「1994年から御蔵島に通い始めましたが、その当時は宿も少なかったし、土産物屋もなかったですね。今でも土産物屋はここだけです」と振り返る。
バンダナに、黄楊の木のおもちゃなど、『ふくまる商店』では山田夫妻オリジナルデザインのお土産を多数揃える。
2021年、御蔵島で「かぶつ」と呼ばれる特産の橙を使った柿の種も開発した。

店は現在、パスタやカレーなどの食事も扱っているが、山田さんに飲食経営の経験はなかった。「夏、島に1日100人が訪れるようになってきて、それまで島に2軒あった食堂だけではランチが回らなくなってきて、『島のためになるなら』ってだましだまし始めました」。夏のランチの混雑を乗り切るため、各店、休みをずらしながら営業。そんな苦労も、夏の賑わいの背景にあることを知る。そして山田さんの話を聞いて思うのは、お互いがお互いのために暮らし、生きるということ。地域、とくに島では、“競争ではなく共創”が必要だと気付かされた。

島に暮らす人は、どんな人に来島してほしいのだろう。「どこの島もそうだと思いますけど、その島を理解してくれる方でないと難しいですよね。島の常識と、ソトの常識は違ったりしますから。イルカ目当てのお客さんによく言うのが、『イルカと遊びに来ているって感覚ではなく、人間がイルカの住んでいるところにお邪魔させてもらっているスタンスで来てほしい』って。これは島に対しても同じこと。そして、御蔵島は宿のキャパシティが限られているので、『いくらでもウエルカム!』というような島ではありません。さらに移住という視点で考えると……間違いなくこの島の冬の季節が好きな人でないとダメ。冬は海が時化(しけ)ることが多くモノが来ないのも普通で、それを不便と感じないのも大事。あと、単純に私は島の冬が本当によいと思っていて、仕事を休んで、もっと山に入って遊びたいくらい(笑)。まだまだ知らない自然がいっぱいあって、そこに行けるのは時間のある冬しかないですから」。

山田さんご夫妻で切り盛りする店。手のぬくもりが感じられる商品を買えるのがうれしい。

島で生まれ育った井上日出海さんと話す。

柳瀬さんも山田さんも、御蔵島の冬、そして山を推す。

御蔵島もほかの伊豆諸島の島々同様に火山活動によって生まれたものだが、三宅島や大島などと異なるのは、有史以来噴火をしていない点。ゆえに深い原生林が育まれているという。島の随所にはシイノキやタブノキの巨樹がたくさん。スダジイの巨木は数百本を数え、島の南東には「オオジイ」と呼ばれる推定樹齢が800年以上とも呼ばれるものも。

加えて忘れてはならないのが天然の黄楊。御蔵島の黄楊は、かつては島の貴重な現金収入であり、島に子どもが生まれたら将来のために、山に黄楊を植樹していたそう。「昔は男の子が生まれると1000本、女の子だと300本、黄楊を植樹していました。成長が遅く出荷するまで7、80年かかるので、孫の代のために。今は、黄楊の需要が少ないこともあって、その伝統も少なくなっていますが」。

そう話してくれたのは、島で生まれ育った井上日出海さん。島に不可欠な港湾関係の仕事を一手に担う『御蔵島マリン』の代表であり、島のブランド化を目指す「東京宝島事業」の地域コーディネーターでもある。

井上日出海さん。港を望む高台にて。「昨日はここからクジラが見えましたよ」。

井上さんは島にUターンして13年ほど。会社は、港やヘリポートでの運航業務から、発着・到着する貨物を島内に配送するまでが基本。強い潮の流れによって船が欠航が頻発したり、港への着岸が困難を極める御蔵島において、その業務は苦労の連続だ。しかし、井上さんには信念があった。「御蔵島には中学までしかありません。僕は島が好きだったからそのまま残りたかったけど、『一度島を出て、島のためになる人材、必要とされる人間になって戻ってこい』と親父に言われて。小さいころから釣りが好きで港に毎日通っていたくらいだったから、いつか船や港湾関係の仕事に就きたいと思っていました」。高校卒業後は、横浜市にある港湾関係の人材を育成する国立校に入学。卒業後は、横浜・山下埠頭にある海外輸出用の荷を取り扱う会社に就職。御蔵島のためになる人材になれるよう、より多くの経験を積もうと働く中、井上さんは急な島からの要請で帰島し、“島になくてはならない”仕事を担うようになる。

「好きだったんでしょうね、島が。それがブレなかったから、横浜の学校でもがんばることができた。うちのひいじいちゃんが三宅島から木挽として、そして島の木を伐る先生として御蔵に越してきてから親父で3代目。うちの親父も島が大好きで、島のために尽くしてきた人。親父は、島生まれ島育ちだけど、それでも島の人と距離があるのを感じていた。だからなおさら、『島に必要な人間になれ』って、言われ続けてきました」。

早朝の着岸の様子。時化により7日ぶりに来た船。船、陸、それぞれから波の状態を見ながら、慎重に行われる。井上さんも早朝から大忙し。
船が着いたらすぐに人が降りて、荷を降ろし、積み込みんでいく作業が続く。港湾の仕事は天候と時間との勝負だ。
欠航が続き、ようやく着いたコンテナの中には荷がぎっしりと。船が島の生命線だと実感する。
クレーンを動かす井上さん。穏やかに見える海と港だが、天候や波浪は刻一刻と変わる。自然相手の仕事、そして島のインフラを担う井上さんの苦労は計り知れない。

島で生まれ育った井上さんの「島が好き」という言葉は重みが違う。故郷で働くことの意味も、価値も。「内地では人に慣れなかったですね。電車やバス通勤が苦手でした。島の“のんびりライフ”が肌に合うんだろうなあ(笑)」。そう話す井上さんだが、島で生きることはまったく“のんびり”ではないことを今回の取材で思い知らされた。井上さんは夜明けから港に着く船とのやりとりや島内の配送、クレーン作業、週一便の貨物船の調整などに奔走。挨拶はするものの、なかなかお話をする時間を調整できなかった。そして井上さんに限らず、島の人は総じて忙しい。お互いがお互いのために生業を持ち、常に動いているからだ。島で生きるとは働くこと、ということをまざまざと知った。

そんな井上さんも、やはり山が好きだという。

「やっぱり長滝山はきれいですよね。今はもう道がなくなってしまいましたが、森の中にも大好きな場所があって。そして、内地に行って『島に帰りたいなあ』って強く思ったのは、空ですね。僕は星空が好きなんです。向こうだと星がこんなに見えないでしょ。やっぱり冬こそ、御蔵島の本当の姿かなあ。夏はすごくたくさんの観光客が来てくださって、それはそれでありがたいですけど、入ってきたお客さんと島の人が触れ合うことができないし、それをする余裕もない。冬、時間があればこうやってお話することもできますから」。

井上さんにガイドしていただき歩いた南郷コース。うっそうとした森が広がっていた。
幹周り14メートルのスダジイも。島では「南郷のオオジイ」と呼ばれ愛されている。
無数の星も御蔵島の楽しみ。水平線の奥に見える灯りは三宅島のもの。

味に御蔵島の日常を感じて――。島の伝統料理とその周り。【御蔵島・後編】は近日公開予定。お楽しみに!

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photographs & text by Yuki Inui

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