「待ち」の美学

連載 | やってこ!実践人口論 | 22 「待ち」の美学

 2018年3月、友人の案内で訪れた、北海道・津別町にぽつんと佇む私設美術館『シゲチャンランド』。廃材や動物の骨を活かすアップサイクルのアプローチで作り上げた作品の数々は、観るものを圧倒する。ときにポップに、ときに野生を剥き出しにした作品を生み落としたのは、“シゲちゃん”こと大西重成さん(74歳)だ。彼は、過去に坂本龍一のCDジャケットやテレビ番組「ポンキッキーズ」のロゴなども手掛けている実践主義者のレジェンドだった。


 東京ド真ん中のクリエイター・イラストレーターとして20代から40代を過ごしたシゲちゃんは、50歳の節目で地元・津別町に戻る決意をする。数百万円の借金をして牧場跡地の約8000坪の土地を購入。自らの身体ひとつで私設美術館の創設に情熱を燃やして、真冬にはマイナス28度を記録するような厳しい自然と向き合う。


「どうせ東京を離れるのなら、東京でできないことをやるしかない」


 北海道の大地に根付いた木々やオホーツク海に流れ着いた流木、鹿の頭蓋骨などを収集し、生き物としての野性を取り戻すような作品を次々に展示していった。完成までのプロセスにも純度の高い実践主義の誇りを感じて仕方がないのだが、バブルの始まりと終わりを経験した東京に見切りをつけた決断は、新型コロナ感染症の拡大を経て地方移住への関心が高まる今だからこそ、共感を生むだろう。


シゲちゃんは救いだった


 2020年で『シゲチャンランド』は20周年を迎えた。表現者として現役であり続けるシゲちゃんの歴史の分厚さが尋常じゃない。そもそも初対面の印象は、ビー玉のように鈍く暗い光を放つ眼光に飲み込まれそうになり、これまで出合ったことのないアート表現に頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。その後、普通に会って話をしているときは柔和な佇まいで、若者の話を一方的に否定せず、しっかり聞いてくれる。


 もっと彼の話を聞いてみたいと思ってインタビュー取材を申し込んだ。媒体は私が編集長を務めているウェブメディア『ジモコロ』。当時、“「やってこ!」の呪い”ともいえる人生の加速状態に入っていて、訪れる土地が増え続け、仕事の総量も膨れ上がっていた。そりゃそうだ、「やります?」「やる!(即答)」を繰り返すのだから。移動とお酒の飲み過ぎで身体はボロボロ、精神力も日に日に目減りしていくような状態だった。全国47都道府県を編集するなんて無謀であり、動けば動くほどに軸足となるはずの暮らしは崩壊していく……。「なんのために旅をしているのか」「仕事と人生のバランスはどう取ればいいのだろう」「そもそも、生きるってなんなの?」。心身ともに追い込まれ、救いを求めるかのようにシゲちゃんと対話した記憶が強く残っている。


 そこに答えがないことはわかっていた。けれども、手作りのパイプでタバコを吸いながら過去と未来を行き来するようなシゲちゃんの遠い目線に、答えを期待してしまう時間。そこで持ち帰った言葉は、正直すぐに消化できなかったものの、実践主義者の大先輩が投げかけてくれた考え方が救いになった。


すぐに作らず待つ姿勢


 シゲちゃんの記事は、完成までに2年の時間を要した。苦しい時期を乗り越えて、ハードな二拠点生活を手放し、長野県一本に絞った生活が功を奏したように思う。


「若い時はすぐ形にしないとって思うけど、待つ勇気も必要だよね。手をつけない勇気っていうかさ」


 鹿の骨を山で拾い、創作に活かそうと思ったシゲちゃんは、「答えが見えない」まま目が届く範囲に置き、あせらずじっくりと毎日観察し続けたという。ある日、煎餅を口に運んだ流れで鹿の骨を口に入れてみたところ、鹿の骨と自分の歯がぶつかり、創作の答えがパッと降ってきたそうだ。スマートフォン、SNSは現代のインフラになったが、これらは「待つことを考慮されていない」。欲望を掻き立て、不安を煽って依存度を高める。他者の評価に一喜一憂するよりも、自分自身の足元を見直して心の強度を高めることが必要なのではないだろうか? シゲちゃんは、50年続けた「やってこ!」の背中でそう語りかけてくる。


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シゲちゃんが7年間、あせらず待って作り上げた作品。迫力がすごい。

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