「耕作放棄地を減らすため、満月を含む1週間、みんなで農作業をやろう!」。まちの課題を解決するため、熊本県・氷川町の中学生たちがまず会社を立ち上げ、練り上げたプロジェクトがあります。その名も「新・ムーンライト伝説」。大人も巻き込む楽しいプロジェクトです。
耕作放棄地を減らす、月夜の農作業プロジェクト。
「熊本の夏は暑いんです。草刈りなどの農作業をやっていると汗びっしょりになってしまう。だったら涼しくなる夜にやってみたらどうだろう? ということから発想が広がっていったのが、このプロジェクトです」
自社の目玉プロジェクト「新・ムーンライト伝説 月夜の農業は、ワクワク感がたまらないよ♪」についてそう説明してくれたのは、熊本県・氷川町の宮原地区にある『氷川のぎろっちょ』代表取締役社長の竹山実李さん。
このプロジェクトは、地域で増える耕作放棄地を減らそうと計画されたものだ。「内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局、内閣府地方創生推進事務局」主催で全国の中学・高校生を対象に行われた「SDGsまちづくりアイデアコンテスト」では、2019年10月、応募総数186作品の中から最優秀賞に選ばれた。ムーンライトの時間=夜に学校や会社から帰宅した参加者が集まり、一緒に農作業をする内容で、時間帯を夜にすることで、仕事を持つ大人にも参加しやすく、子どもには夜ならではの「ワクワク」感を持って参加してもらう狙いがある。
『氷川のぎろっちょ』は、耕作放棄地の解消を中心に地域の活性化やまちづくりを行う株式会社だ。竹山さんは高等専門学校2年生。ほかの社員メンバーも小学生〜高校生だ。もともと『熊本日日新聞宮原販売センター』の「子ども記者クラブ まちの課題解決・探究コース」1期生の5人が設立した会社で、起業した2018年2月当時は全員が中学生だった。
「子ども記者クラブ」とは、氷川町役場(旧・宮原町役場)職員として働き、まちづくりなどを担当していた岩本剛さんが、役場を早期退職し、『熊本日日新聞宮原販売センター』の代表となった2011年に設立した。岩本さんは役場時代に行っていた中学生の県外研修や、大学生インターンの受け入れなどを通し、「長い目で見なければいけない地域づくりに、子どもの参加・活躍は不可欠」と感じていた。そこで新聞に折り込むミニコミ紙を利用し、「取材」として地域の課題に触れられる「子ども記者」を育てようと立ち上げた。同クラブでは農業や商業の体験プログラム、全国の大学教員や大学生との交流、文章の書き方指導などを行っているが、子どもたちが自分たちで地域を歩いて行う「まちの課題解決・探求コース」にはとくに力を入れている。
「新・ムーンライト伝説」の5つの事業ポイント。
- 耕作放棄地対策のための農作業をあえて夜行う。「農作業は昼にするもの」という固定観念を覆すことで、参加も作業もしやすく、情報としてもアピール力のある内容になった。
- 後継者育成や協力者を増やすことを計画しながら活動する。進学や就職でプロジェクトを離れることになっても安心して後を任せられ、また戻りたいと思える魅力ある人材を増やす。
- 「婚活」もテーマの一つにして、「月夜に農作業」という活動を独身男女の新たな出会いの場にもする。価値観が近い人が集まるメリットを打ち出す。メンバーが出会いのサポートも。
- 大人をうまく巻き込み、頼る。平日の作業や農業機具の専門的な操作やメンテナンス、車の運転など中学・高校生にはどうしてもできないこともある。そんなときは大人にサポートを依頼。
- 2020年度からの大学入試改革以降は社会貢献活動も合否判定に関わってくる。評価に値する実績づくりを目指し、思考力、表現力、課題解決力やリーダーシップをこの活動で身につける。
本気で取り組むために、会社を設立。
『氷川のぎろっちょ』起業のきっかけは、「まちの課題解決・探求コース」に所属する竹山さんらがまちの課題を「耕作放棄地」に定め、解決する活動を行おうとしたことだった。「ぎろっちょ」とは、氷川町の方言で清流に生息する川魚でハゼ科ヨシノボリのこと。地域で守っていきたい豊かな生態系の象徴として、キャラクター化したものを子ども記者クラブのマスコットにしている。
竹山さんらメンバーは、責任を持ってテーマに取り組み続けていくには起業が必要と感じたという。
「調べてみると、私たちが取り組むことは、本気で向き合ったら資金も人手も要ることだとわかりました。たとえば多くの耕作放棄地を定期的に整備するのなら『人力』だけでは難しく、草刈り機やトラクターが欲しい。整備した耕作放棄地で小規模農業をしてもらえる退職者層の募集も必要だし、地域で栽培されていなかった作物の実験栽培をしたい。周囲の信頼を得るためにも、起業をして、本気度を示すことは大事なことでした」と竹山さんは語る。
設立にあたっては、地元農家へのヒアリング、直売所での市場調査、岩本さんの知り合いに助けてもらいながら行政上の手続きを行うことなどにメンバー一丸となってがんばった。
「会社の定款も行政書士の方に指導していただき、自分たちでつくったのですが、専門用語だらけの書類作成はとても大変でした。でも、今となってはいい思い出です」と、中学3年生の広報部長・堀川桃子さんは振り返る。これらは岩本さんの「子ども扱いせずに大人が使う言葉を使い、大人と対等に話せる環境に置く」方針が生み出した結果だ。
設立資金や機械購入費を得るために、クラウドファンディングを利用。目標金額150万円だったところに115人から約161万円が集まり、多くの人に支持されたことを実感した。
参加者の年齢層ごとに「響く」ワードを。
事業の一つとして行う「新・ムーンライト伝説」は、2020年1月から参加者の募集を開始し、4月から本格的に始動する予定である。最終的には子ども枠20人、青年男女枠10人、サポーターの大人枠5人の計35人の参加を目指す。竹山さんらは地域内外のさまざまな人にまずは興味を持ってもらえるよう、仕組みをつくる時点でいくつかの工夫を凝らした。
「それぞれの層に響きそうなキーワードや状況の設定を考えて打ち出すようにしました。子どもは『夜』に友達と外で何かができるというだけで『ワクワク』するので、そのワクワク感を感じてもらえるような発信をします。青年男女枠に向けては、『婚活』という言葉を使い、『月夜に何度も一緒に農作業をすることで仲が深まる』という発信もします」
その成果はすでに表れており、募集開始を前にして「参加したい」と表明してくれた人もいるという。
プロジェクトの目的は耕作放棄地対策だが、最終的な目標は「氷川町っていいところ」だと多くの人に伝わること。まちのいいイメージにつながり、興味を持つ人が増えることを目指している。
『氷川のぎろっちょ』としては、今後はこの「新・ムーンライト伝説」などをとおし、人材育成に力を入れていく予定だ。2020年度からの大学入試改革を見据え、社会貢献活動の場をつくると同時に、そこで求められる力を同世代で協力し合いながら培っていく。
また、こうした活動を行う姿を「子ども記者クラブ」の後輩に見せながら、会社の後継者の育成を進めようとしている。最後に、竹山さんに将来の夢を聞いてみた。
「私の夢は生物化学の研究者です。進学や就職などで町を出る可能性も高いのですが、後を任せていけて、また戻ってきたいと思える組織づくりをしてくれる後輩をきちんと育てていきたいです」
「子ども記者クラブ」から『氷川のぎろっちょ』設立までのあゆみ。
子ども記者クラブ
2011年3月設立
『熊本日日新聞宮原販売センター』代表(当時)の岩本剛さんが「まちづくりに自主的に関われる子どもを育成したい」との思いから、小学生から高校生までが参加でき、地域の話題を自分たちで取材して伝える「子ども記者クラブ」を発足させた。
まちの課題解決・探求コース
2016年3月設立
「子ども記者クラブ」で数年活動した後、さらに積極的にまちづくりに参加したいという子どものために立ち上げた。メンバー自身でまちを歩いて課題を見つけ、みんなで解決策を話し合い、実際に行動まで起こす実践的なコース。
株式会社『氷川のぎろっちょ』
2018年2月設立
「まちの課題解決・探究コース」1期生である竹山さんら5人の中学生(当時)が、耕作放棄地対策に本格的に取り組むために会社を設立。設立資金はクラウドファンディングで募集。新しい作物の栽培や人材育成にも挑戦していく。
熊本県 新・ムーンライト伝説
社長の竹山実李さんに聞きました!
Q.プロジェクトにはどんな参加方法がありますか?
地元の方は熊本日日新聞の折り込みミニコミ紙『火の川』を、それが見られない方はサイトなどをチェックしてください! 地域の学校にも参加を呼びかけていきます。
❶活動団体名
氷川のぎろっちょ
❷プロジェクト・スタート年
2018年
❸ウェブサイトなど
https://kumanichi-miyahara.net/giro
❹スタッフ・メンバーの中心年齢層は?
10代
❺スタッフ・メンバーの募集
有