移住や起業、大切にあたためてきた夢を自分らしく叶えるなら、こんなまち。水と緑に恵まれた自然の豊かさと、織都1300年の文化が息づく群馬県の桐生市には、そう感じさせる魅力があるといいます。伝統と先進をミックスした感性豊かな人たちが挑む、人を呼び込む力を加速させる新たな試みとは?
歴史あるまちが過疎地域に
群馬県東南部に位置する群馬県桐生市。鉄道4社の駅があり、東京・浅草から乗り換えなしで約1時間40分というアクセスの良さでありながら、赤城山をはじめとする山々が広がり、渡良瀬川や桐生川といった河川が流れる、水と緑に恵まれた自然豊かなまちである。
古くから織物のまちとして発展し、現在も繊維の複合産地として幅広い技術が集結する市内には、ノコギリ屋根の織物工場やレトロな建造物が多く残っている。
そんな桐生の中心部が過疎地域に指定されたのは、2021年4月のこと。それまで過疎地域の指定をされていた山間部の黒保根(くろほね)地区に加え、いわゆる“まちなか”である桐生地区も過疎地域に指定されたことで、改めて人口減少問題が最重要課題となった。
キラリと光る、移住者の存在
人口が減り続けている中でも、桐生市に移住する人は存在していた。とくに近年は、移住して市内で店舗開業や起業する人の存在が目立つ。
移住のきっかけを聞いてみると、たとえば、ファッションオープンアトリエ兼ボードゲームカフェを開業した人は「繊維産地としての魅力に惹かれて」。セレクトショップを開業した人は「桐生の人とまちの雰囲気に魅了されて」。また、ベーグル専門店を開業した人は「桐生に移住した友人に勧められて」。
彼らが口をそろえる桐生市の魅力は、「個人店が多いこと」、「チャレンジする人をみんなが応援してくれること」、「人があったかくて、いい意味でお節介なこと」だとか。
たしかに市内の中心部には、他市町村でよく見かけるような大手のチェーン店は少ない。代わりに個人店が多く、昔から続く老舗の横に流行アイテムのショップがあるなど、独特の商店街ができている。
繊維業を軸として、昔から人の往来が当たり前だったという桐生ならではの空気感が、移住者を呼び込む一因になっているのかもしれない。
官民共創で生まれたコトのおこり『むすびすむ桐生』
そうした中、2023年8月に官民共創のもと、「桐生市移住支援フロント むすびすむ桐生」が開設された。近年桐生市で増加している、店舗開業や起業を目指す人をメインターゲットに、移住検討者のさまざまな相談に対応するワンストップの相談窓口である。
桐生市から委託を受けて、中心市街地でコワーキング&コミュニティスペース『COCOTOMO(ココトモ)』を運営するNPO法人『キッズバレイ』が運営している。桐生市から委嘱された移住コーディネーターは10人。フロントに立つ2人のチーフコーディネーターと市内の各地域で活動する8人の地域コーディネーターがさまざまな関係団体と連携を取りながら、日々の相談に応じている。
また、窓口の開設に合わせてポータルサイトも開設された。移住検討者に役立つ情報を集めており、先輩移住者のインタビューや行政からの支援制度などを随時更新している。空き家・空き地バンクもリニューアルされ、ユーザー目線で検索できるように改良されている。
バラエティ豊かな10人の移住コーディネーター
チーフコーディネーターの1人、田中聖之さんは生まれも育ちも桐生という、生粋の桐生人。自身も起業し、『タナカノカラダ』で整体とヨガのインストラクターをする傍ら、『kiryu_city_club』というInstagramアカウントで、市内のグルメやお出かけ情報を発信している。桐生が大好きで、まちづくりにも興味があったことが、チーフコーディネーターになるきっかけだった。
「私は、生まれも育ちも桐生市なのですが、ここ5年間くらいで『桐生のまち』がより楽しくなってきていると感じています。以前に比べると、市外や県外の人が新しいお店を開くことも多かったり、すでに桐生市に住まれている方が起業をして開業するなどのパターンも増えてきていますね。
県外の人や桐生に帰ってきた人が新しい風を入れてくれて、以前から桐生に住んでいた人にも波及していると思うんです。『繊維のまち』として商人が行き交い栄えた背景もあってか、古くから新しいものを受け入れる気風がある土地柄だからでしょうか。だからこそ、こだわりをもった新しいお店も増えてきているのかなぁと思っています。自分のこだわりの部分をしっかりと表現したい人にはとても向いているまちだと思います。
まだまだ、桐生市に住んでいる人が桐生市の魅力に気づいていないケースも多いと思っています。だからこそ、私たちが桐生のまちに出ることで、桐生の魅力を発信し、桐生に住んでいる人たちにも、改めて桐生の魅力に気づいてもらうキッカケを作れたらと考えています。
移住者が増えることはもちろんですが、一人でも多くの人が、桐生市を好きになり、自ら発信してくれたら嬉しい。そんなことを考えながら日々活動しています。」
一方、もう1人のチーフコーディネーターである岩崎大輔さんは熊本県出身。福岡県の大学を卒業し、東京都で就職した後、2019年に地域おこし協力隊として桐生市に来た“移住者”である。任期後も桐生に定住し、任期中に設立した『一般社団法人KiKi』を母体として、黒保根地区のキャンプ場の運営や外部人材のコーディネート業、養蜂・養蚕業を行うほか、地域おこし協力隊の受入企業としても機能している。また、群馬県全域の地域おこし協力隊をサポートする『NPO法人ぐんま地域おこし協力隊ネットワーク』の理事長も務めている。
「私自身が移住者なので、移住者の気持ちが本当によく分かります。地域ごとの細かなマイナールールだったり、買い物事情だったり、地域のイマイチな点だったり……。移住検討中ってネットには載っていない情報が知りたいんですよね。その部分を積極的に相談者さんに伝えるようにしています。実際に移住相談を受けている中で『私も移住者なので何でもお気軽に相談してください』と相談者さんに伝えると、表情が柔らかくなるのが見て取れ、胸の内を語ってくれる場面が多くあります。自身の移住者としての経験が役に立っていると嬉しく感じる瞬間ですし、移住者が移住者を案内するという循環をこれからも地域で続けていけたらと思います。
その上で、今回、官民連携の「むすびすむ桐生」として桐生市が移住者支援に関して前のめりに、“攻めの姿勢”で進み出したことが非常にうれしいです。地域おこし協力隊の任期中から、移住定住支援や関係人口創出関連の活動を行ってきて今思うのは、地域にマッチする移住者を地域側が選ぶフェーズにきているなぁということです。日本全体の人口減少に歯止めが利かないなか、その地域の特徴や色を地域側が前面に押し出しアピールすることで、地域に本当にマッチした人材の移住が果たされ、地域にも移住者にもメリットのある移住が叶うと考えます。
今後のむすびすむ桐生で実施する各種イベントやオンラインセミナー等を通じて広く伝えていきたいと考えています」
2人のチーフコーディネーターの経歴が全く違えば、8人の地域コーディネーターの職種や年代もさまざま。Iターン移住の開業者、Uターン移住の店舗経営者、桐生で長年事業を営んできた方など、バラエティ豊かな面々が手を組み、移住希望者の関心や住みたい地区に合わせて相談対応を行っている。
「コーディネーターになっているのは、桐生に詳しい人なら誰でも知っている『地域のキーマン』ばかり。むすびすむ桐生は、移住を考えている方に寄り添って、移住後まで伴走支援することを大事にしているので、相談してくれた方のお話を聞きながら、適切なコーディネーターにつないだり、コーディネーターのネットワークで地域につないだり、段階に応じたサポートをしています」と、田中さんと岩崎さん。
『むすびすむ桐生』がおこしはじめたもの
8月に開設してから、『むすびすむ桐生』で受け付けた相談は半年間で100件を超える。半数以上が店舗開業などを目指す人からの相談で、市外からの相談が大半を占めている。
オンラインでのイベントには、先輩移住者や店舗開業者が参加し、暮らしや店舗開業に伴うリアルな話を展開している。飲食店の経営や歴史ある銭湯の復活、ゲストハウス開設前のDIY手法など、桐生市でことをおこしはじめた方々の想いはリアルがある。
また、店舗開業者に向けて空き店舗見学会を開催。コーディネーターがまちに繰り出し、オーナーや不動産会社、商店街の団体に協力をお願いして実現した。空き店舗見学会の開催後、実際に店舗開業に向けて準備を進めている方も出てきており、その後の開業までのサポートについても関係機関へつなぎ伴走している。
移住先として選ばれるまちになるために
“桐生市”という存在を移住検討者に知ってもらうため、移住検討者と桐生市とのつながり方を見つける取り組みも模索しはじめている。
先輩移住者を巡るフィールドワーク
訪問した桐生市の先輩移住者たち(一部)
・国産小麦のベーグル専門店「komugi」(Instagram)
・手ハンドルミシン職人の刺繍工房「handler」(Instagram)
・革製品の製造・体験工房「革ひと」(Instagram)
・どら焼き専門店「kasane-かさね-」(Instagram)
・古民家をリノベーションした家庭料理のお店「ごずこん」(Instagram)
・暮らしに寄り添う道具の店「uraraka」(Instagram)
移住検討者・先輩移住者との座談会
「実際に移住した方の話を聞くと、やっぱり実際にまちを見に来て、桐生の人と話すことで、『(移住先として)いいな』と思ってもらっているようなので、今移住を検討する方に、まずは桐生市を知って、桐生市に来てもらえるよう、最初の一歩となるイベントやきっかけをつくっていこうと思っています」と、田中さん。
移住先として選ばれるまちへ。むすびすむ桐生から、桐生市の新たな取り組みが始まっている。
『むすびすむ桐生』
https://kiryu-iju.jp/
「移住についての不安を相談したい」「お店を開きたいけど、できるかな?」移住を検討している方の不安を取り除くこと。店舗開業や起業をしたい方の夢の実現に寄り添うこと。むすびすむ桐生では、さまざまな人と人とのつながりにより、まちのにぎわい創出や地域コミュニティの活性化を図る取り組みを推進します。移住コーディネーターによる相談対応のほか、桐生市の魅力発信や、つながりを創り出すイベントを実施していきます。