「世界一住みたい街」と呼ばれるアメリカ・オレゴン州のポートランド。2012年から、このポートランド市開発局にてビジネス・産業開発マネージャー、国際事業開発オフィサーを歴任した“サステナブル都市計画家”・山崎満広さんのコラム。2023年3月に開催された「井波ミライフォーラム」を経て山崎さんが得たインプレッションをお届けする記事の後編です。
再び安宅さんの講演から抜粋——“密密”から“開疎”へ
疎な空間が回るようになるためには、前編で述べた通り、土地に十分な“空間価値”が生まれる必要があります。この前提として想定しておくべき視点をいくつか共有できればと思います。世界で1500万人以上と言われる死者を生み出したCovid(コロナウイルス)の出現は、森林のサル由来のAIDS同様、人間社会と野生動物社会の極端な近接が構造的な背景であり、したがって、これからも新しい感染症、パンデミックは次々と現れることが予想されます。
Pandemic-readyな(=パンデミックに備えた)土地となる基礎要件として本来必要なのは、人間の生活空間を“密密(密閉 x 密)”から“開疎 (開放 x 疎)”にすることです。実際に起きていることとは真逆ですが、これは論理的に明らかであり、直視していなければ次のパンデミックの到来の際に再び大きな打撃をうけることになります。
また、以前から言われている地球温暖化がこれからも進んでいき、その結果、現在より4度以上気温が上がるだけでなく、2100年には新幹線の速さに匹敵する最高風速を持つ台風がやって来ると環境省は予想しています。
生活空間をデジタルで刷新することを目指す現在の「スマートシティ」化はこのような未来に対してはほぼ無力です。世界のスマートシティ1.0的な実験はほぼすべて失敗しました。どのように維持可能な未来を創るかこそが目的であり、デジタルはあくまで手段として考える必要があります。
人が集まるパワーとは何か。どこから来るのか。その基盤となるのは、繰り返しになりますが、その土地の記憶、その土地ならではの魅力を生かした求心力です。そしてそれは縄文、弥生・古墳時代まで遡って考えることが多くの土地で必要だと僕らは考えています。
ほとんど意識されていませんが、日本における縄文時代は1万年以上、100世紀以上、と日本の歴史の中でも圧倒的に長い、この社会や日本人らしさ、価値観の基盤を作った時代です。弥生・古墳時代は複数の民族が入り混じり、この列島が「日本」となる特別な時代です。
井波の北にある氷見の大境洞窟は縄文と弥生時代の歴史的順序を決定する歴史的な役割をなしました。氷見から井波に通じるこの一帯の土地には、いまは顧みられることが少ないかもしれませんが、味わい深い長く特別な記憶が残っているのです。
人の出会う空間に必要なものは、「その土地に対して文化的な価値を感じられる」ということ、「ビジターが滞在するための仕事ができる」ということ、そして「色々なものを共有することが出来る」、ということなどが挙げられます。「温故知新からの可能性」や「異質な交じり合いが何かを生む」という現象が人材を呼ぶ大きなキーポイントとなるということです。
そして、その土地のコミュニティの価値と一人ひとりが高め合い、共存するには、ある程度の空間ガイドラインが必要であるという事も大事なポイントとなるはずです。
井波ミライフォーラムでのパネルディスカッションを経て
現代の都会にあふれている巨大なショッピングモールなどは存在せず、それでも若者をはじめ様々な人から支持され始めた「井波」の街の魅力を、もっと広く伝えていければと思います。
そして、少しずつでも過疎化する地方都市の魅力を上げ、新たな人材や職を求めて街を出ていった人材をもう一度呼び戻す力になる一端を担うことを願ってやみません。
今、波が広がるように「井波」の街にパワーが集まっている状態になっています。その波を消さないためには、未来のビジョンを明確に持つことが必要です。そのために「井波」の街のイノベーションに、住んでいる人々がどう関わっていくのかも考えなければなりません。新しい波は保守的な人々にどう受け入れられるかも注視しなくてはなりません。なので、新しく住む人たちと長く住んでいる人たちとの共通認識を持つこともイノベーションに於ける大事なことであるとも言えるでしょう。