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「やっぱりコーヒーの仕事がしたい」夢と現実のジレンマを乗り越え、僕がこのまちでカフェを開くまで。

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長崎市内の町中を走る路面電車の終点・大浦で、コーヒーとワッフルの店「BILL & BEN」を営む大瀬亮さん。温かな光が差し込むお店で、一杯ずつ淹れてくれるコーヒーと、香ばしく焼き上げたワッフルを提供してくれます。2020年10月にオープンし、小さいお店ながらも町中の若者からご近所さんまで、様々な人が集う賑やかな場所となりました。

大瀬さんと店舗内観
大瀬さんの気さくな人柄と、どこか都会の雰囲気を感じさせるお店はあっという間に人気店へ。

 

大瀬さんの出身地は青森県。コーヒーの夢を追いかけて、26歳で東京移住しました。それから数年後、遠く離れた長崎へやってきて、ついに自分のカフェを開業!時には大好きなコーヒーを遠ざけてしまう時期もありましたが、持ち前のユーモアあふれる性格で乗り越えてきたそうです。

時間をかけて「自分が叶えたい夢」に辿り着いた大瀬さんの長崎移住物語は、ドラマあり!紆余曲折あり!なユニークなものでした。2回の移住を経て、地元・青森や東京に戻ることなく、長崎でカフェを開いたその理由とは?

目次

カフェとコーヒーが持つ不思議な魅力に気付く。

大瀬さんは、高校卒業後の進路は就職を選択。自衛隊に始まり、カメラレンズの工場、新しくできる焼き鳥屋の雇われ店長など、18歳から20歳までの2年間で転々とします。

その後、医療器具を取り扱う地元企業に営業職で勤め、26歳までの6年間を過ごしました。専門知識も勉強し、お客さんであるお医者さんとも深い信頼関係を築いて、順風満帆に仕事をこなし続けます。

大瀬さんとお客さんの談笑風景
大瀬さんの軽快なトークで会話が弾む、いつも賑やかな店内。

ある日、地元・青森県の弘前市を車で移動しながら、信号待ちをしていた大瀬さん。ふと、車の窓から喫茶店に目を向けました。

昔から喫茶店文化が根付く弘前市。公園の近くにある喫茶店には、たくさんのお客さんが入れかわり立ちかわり、スルスルと。大瀬さんにとってカフェといえば、出張先などでたまにふらっと入るくらい。それまでコーヒーのことなんて特に気にしたこともなかったのに、なぜか目が離せませんでした。

ビルアンドベンの外観
店舗を構えるのは細長いビルの1階。

大瀬さん「カフェやコーヒーってこんな魅力があるんだ!面白い!って気付きました。そしたら、もう居ても立っても居られなくなってきて(笑)仕事も早めに切り上げてその足で本屋さんに向かい、気付いたらコーヒーの本を読んでいましたね。」

人を自然と引き寄せるカフェやコーヒーの魅力を知ったのは、何気ない仕事中のワンシーンだったのです。

20代半ばで芽生え始めた、「コーヒーで町を変えてやろう」という夢。

医療系の業界ということもあり、学会が開催されるときには東京や福岡への出張もしばしば。東京への出張時には、事前にカフェを調べてから行くようになりました。好奇心が大瀬さんを動かし、人生がコーヒー色に染まり始めます。

大瀬さん「地元でも喫茶店に入り浸るようになって。東京の「BEAR POND ESPRESSO」というカフェで飲んだエスプレッソは、なんだこれ!地元で飲むものと全然違う!って驚きました(笑)それから東京へ行くたびに通った大好きなお店です。」

コーヒーを淹れる大瀬さん
注文が入ってから丁寧にドリップ。

「コーヒーで地元を変えてやる!」

そんな気持ちが沸々と込み上げてきた24、25歳の頃。そのためにも、憧れの東京へ行きたい。出張のたびにリサーチしたカフェを巡っては、悶々とする日々を過ごします。

親友に自分の夢を打ち明ける。20代後半、決断の時。

どうすべきか悩みに悩み、大瀬さんは友人に打ち明けました。「東京でコーヒーの仕事がしたい。いつか、地元でお店を開くために。」と。

もしコーヒーの夢を追いかけるなら、今のライフスタイルはガラッと変わり、地元・弘前市ともしばらくの間お別れしなければいけません。それから悩む大瀬さんを見て、友人が言葉を掛けてくれました。

大瀬さん「今の生活を選ぶか、コーヒーを選ぶか。天秤にかけている時点で、もう自分の中で答えは決まっているんじゃないの?って。その決定的な一言にハッとしました。今思うと、あれは背中を押してくれていたんだなって。感謝しています。」

開店準備をする大瀬さん

もしカフェで働く夢を諦めたとして、後から思い返すのはきっと、「あの時、地元を選んだから」という後悔であり、夢を諦めた「言い訳」…。揺れる心で踏み出せなかった大瀬さんは、ついに東京へ行く覚悟を決めました。

26歳で地元を離れ、東京へ。

転職するために、本格的に大瀬さんは動き始めます。東京出張のたびにリサーチしては、情報を集めました。その中で、偶然にも「ブルーボトルコーヒー」が東京へ進出してくることを知ったのです。

雑誌で見たことのある、あの有名なブルーボトルコーヒー。大瀬さんは求人情報を見逃すまいと待ち続けました。

そして、ついに求人情報が出たと分かったら、その日のうちに応募書類を書き上げて投函。さらに、結果も待たず会社の退職を決めるなど、熱く大胆に夢の方向へと舵を切っていきます…!

ビルベンの窓の外から
面接のために東京へ行く夜行バスで財布を忘れるハプニングも、たまたま乗り合わせた知人のおかげで事なきを得る。熱意は運も味方に!

書類審査を通過し、面接試験も大瀬さんのユニークな人柄で面接官と意気投合。晴れて、日本初出店のブルーボトルコーヒー清澄白河店のオープニングスタッフとして、東京行きのチケットを手に入れたのでした。いつかは地元で自分のお店を開きたいという夢を抱きながら…。


ついに手にした念願の東京コーヒーライフ。ところが…?

東京で過ごす、苦悩の日々。

東京のブルーボトルコーヒーで働き始めた大瀬さん。憧れの東京、そして念願のコーヒーに携わる仕事に就き、充実した日々を送ります。ところが、じわじわと“好きなことを仕事にする”が故の苦しさを感じるようになっていきました。

生計を立てるため・開業資金を貯めるために、本業のカフェに加えて派遣の仕事もこなすハードワーク。しかし、なかなかお金は貯まりません。決意を新たに、ブルーボトルコーヒーを退社し、次なるステップへと進む予定でした。

大瀬さん「でも結局、東京での生活が楽しすぎてかなり散財していましたね(笑)食べたいもの、行きたいところ、会いたい人、自分の目で見たいこと。求めるままに従った結果、気付いたら車一台分くらいの借金してました(笑)」

この“車一台分の借金”が理由で、生活と心のバランスを崩していった大瀬さん。いつしか自らコーヒーから離れるようになり、そしてついには体調を崩してしまいます。

ビルベンのお店の中

大瀬さん「この頃、実は人間関係も全く上手くいってなかったんです。全部他人のせいにしたり、他人が羨ましく思ったり…。自暴自棄でした。何をやっても続かないし、何をするにしてもやる気が起きませんでした。」

兼ねてからコーヒーの仕事と並行して続けていた建築関係のアルバイトで生活を繋いでいましたが、ついには働くのも嫌になり…。自分は何のために東京に来たのか。完全に目標を見失った大瀬さん。

心機一転!長崎に電撃移住。

そんな日々に舞い込んできたのが、長崎で新しくオープンするカフェの話でした。「店長として長崎へ来ないか?」という急展開。大瀬さんが30歳になる年です。

ワッフルをかじる大瀬さん
なんだか面白そうだ!

大瀬さん「面白そうだったので、知人からの電話にその場でOKしました(笑)数日後から豊洲市場で働くことが決まってたんですけど、お断りして。その時は東京に住み続ける理由もなくて身軽だったので、すぐに飛んで行きました!」

初めての長崎の地。方言も全く理解できず、右も左も分からないまま奔走する日々。

大瀬さん「路面電車なんてほぼ初めて乗りましたからね!どこでどう降りたらいいのか分からず、偶然降りたのが実は今の店の前、石橋電停だったんですよ!(笑)」

愛されるキャラクターは長崎でも受け入れられ、カフェと共に大瀬さんは長崎に馴染んでいきます。素敵なパートナーも見つけ、結婚。まさに充実の日々でした。気付けば、カフェの立ち上げから始まった長崎での生活は、あっという間に2年が経っていました。

自分のお店を開く場所は、長崎で。

見知らぬ地域へやってきて、大瀬さんは役目を果たしました。さて、これからどうしようか。改めて、自分の気持ちを見つめ直します。

大瀬さん「自分にできることは何だろうって考えたら、やっぱりコーヒーしかないなって。地元に帰ろうかとも思いましたが、ここは人もいいし、気候も暖かい。なにより若い人が頑張っている。カフェを開くなら長崎だな、と。」

ビルベンの内装、商品など
東京の思い出や、大瀬さんが好きなものをお店作りに活かす。

かねてより思い描いていた自分のお店は、長崎で開くことに決めました。東京でもなく、地元・青森でもない、全く知らない土地で自分自身のカラーを出せる方が、きっと面白い。そうして出来たお店が、コーヒーとワッフルの店「BILL & BEN」でした。

東京時代、職場のコーヒーと近所のお店で買ったワッフルを手に、毎日のように通ったベアポンドエスプレッソ。「いつか自分がお店を開いたら、ここの豆を使わせて欲しい。」その言葉と思い出が、ビル&ベン人気メニューの原点です。

長崎で挑戦する理由、町の中でカフェを営む感覚

長崎の中でも、この町・大浦を選んだのには理由があったという大瀬さん。

お店の前で手を振る大瀬さん

かつて、栃木県の黒磯という町にある「1988 CAFE SHOZO」を目当てに訪れた時のこと。辿り着いた先に待っていたのは、エリア一帯がそのカフェを中心にして活気づく姿でした。この町を盛り上げたい。そんな想いに共感し集う人たちが次々と開業し、訪れる人を歓迎してくれていたのです。

大瀬さん「僕のお店も、こんな風にしたいなって想いがありました。自分たちだけで楽しむんじゃなくて、町を巻き込んでいきたい。僕がやりたいことは、コーヒー1杯を全力で売ることよりも、新しいカルチャーを作っていくことなんです。」

ビルベンの看板

2回の移住を経て、長崎で自分のお店を開いた大瀬さん。色んな道を辿りながら行き着いたのは、地域の中でお店を営むという感覚でした。今まで自分がご縁の連続で数々の局面を乗り越えてきたからこそ、面白い波がこの地域へ広がっていけるようにとお客さんを迎えます。

もちろん、お店を持つことがゴールではなく、長崎での第2章はまだ始まったばかり。ここから始まる物語は、この町に何を運んできてくれるのでしょう。

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