<前回までのお話>映画をまちおこしに活かそうと結成した「つぎの民話」は、地域で今起こっていることを短編ドキュメンタリー映画にし、現場のご近所さんたち見てもらう上映会を開催するために結成したチーム。撮影場所である西会津町(福島県)での滞在制作を終えて、いよいよ上映会へ(全3回・最終回)
恐い手順を踏む理由は
2023年11月上旬、僕は西会津町の作家滞在施設のキッチンで、翌日の仕事へ向け緊張しながら山形の郷土料理「芋煮」を作っていました。僕と松井監督の2人は山形の美術大学時代に会っていたので、この日は地元郷土料理の安心感が欲しいと思い芋煮をチョイスしました。
ちなみにいつもは、松井監督がスパイスとセロリがたくさん入ったカレーとか、具が入ってないのにやたらと旨いチャーハンとかを作ってくれます。そして、制作をサポートしてくれたメンバーも呼んで大量に作った芋煮を食べながら、迫る関係者試写会へ想いを馳せていました。
緊張のいちばんの理由は、この試写会に制作の関係者だけでなく、出演してくれた方々も招待していることにあります。
本来ならば、撮られた人々みんなに事前に映像を見せると、自分の見え方などに様々な意見が出て混乱を招きやすいので、完成映像は一部の上役やスポンサーなどで確認するに留めるのが一般的です。テレビ取材を過去に受けたことがある方ならご存知かもしれませんが、自分達がどのように番組で切り取られて放送されるのかわからない、あの感じです。「つぎの民話」ではあえて、出た人みなさんに観てもらって、これでいいか意見をもらうという大変リスクの高く、恐ろしい手順を踏むことを選んだのです。
わざわざそんなことをする理由はシンプルで、映画に写っている人たちに不幸な誤解を生まないためです。時に過度な美化で、時に作為的な扇動で、視聴者の印象を強調してしまう映像メディアだからこそ、この見え方で本当にいいのかを主役達に観てもらいたかったのです。
地域で頑張っている人たちが、公開後に地域の人たちからあらぬ誤解を受けてしまうことは、いちばん避けたい事態なのです。メディアに出ると広く認知されるメリットはありますが、切り取り方と見方次第で近隣の人にネガティブな感情を持たれてしまうこともあるので、どうしてもこの確認手順だけは踏もうと実行したのでした。
場合によっては、「こんなの私じゃない」と言われて、映画そのものが撮り直しになる危険性まであったこの試写会の時間でしたが、修正箇所は無しで上映OKの許可が出ました。監督である松井さんが、写る方一人ひとりと丁寧にコミュニケーションをとってきた成果は、映画で見せたい人物像と、本人の納得できる自分の姿が確かに重なり合っていたことが、この試写会で証明でき、何よりも嬉しかったです。
僕が言えなかった姿を撮ってくくれてありがとう。と、帰り際に米農家さんがおっしゃっていたのが心にささりました。
映画いよいよお披露目
2023年12月10日、雪は降らなかったものの、ロケ滞在をしていた頃よりもぐっと冷え込んだ西会津町の役場奥川支所で、映画「つぎの民話」のお披露目の上映会を迎えました。
今回の映画制作は、全国の映画館公開のために作ったわけではありません。町の中にある人口が500名ほどしかいない地域の中で、集落の維持や保全のために奮闘する有志たちの頑張りを、ご近所さんに理解してもらうための映画会です。多くの人に届くのではなく、近くの人に知ってもらう、そのことを考え作ってきた映画だからこそ、この上映会こそがプロジェクトの集大成となります。
何人の人が来てくれるのだろう、ちゃんと上映会のお知らせは届いているだろうか、そんなことばかり心配しながら迎えた当日ですが、会場の駐車場には少しずつ車が埋まり、作業を終えた軽トラックや、楽しそうに話しながら入ってくるおばあちゃん達の姿も。上映時間を迎えるころには、なんと席を増設しないと座れないくらい、120名を超える地元の方が集まってくれました。
会場で映画の制作を受け入れてくれた(制作のために助成金を採ってきてくれた)奥川地域づくり協議会の会長の武藤さんは
「まずは、あらためて(今の)奥川を知ろう、そしてみんなの意見を聞きながらつぎの奥川を考えよう。」
と集まった地域のみなさんに説明。そうなんです、映画「つぎの民話」は、観た後でつぎの未来を住民みんなで話すこと、まちおこしにドキュメンタリーを活かすことを考え作ってきました。
この日は制作した3本の映画の中から、集落の維持と関係人口を撮った「奥川〜未来の結〜」と米作りをしながら景観を護る人たちを追った「田んぼに還る」の2本を上映しました。そして、上映終了後に参加者の皆さんで車座になってもらい、観ての感想を話し合ってもらう時間を取りました。
頑張る人に、地域の風景に、自分達のこれまでの経験に、映画をきっかけに様々なことがらを想起しながら、15分ほどの予定だった感想会は30分を超えました。誰しもが自由に、自分の住む奥川地区を語るかけがえのない時間でした。
この上映会の様子はこちらでご覧いただけます。
「つぎの民話」のそれから
こうして無事に上映会を終えた西会津の「つぎの民話」ですが、その後も、町内、町外で上映会が開かれています。
町内ならどこでも無料で上映会をしてくださいと、地域づくり協議会のみなさんに上映用DVDを預けたのですが、会長の武藤さんと国際芸術村の矢部さんはじめ、協議会のみなさんのおかげで、地区の公民館などで自主上映会を開催くれているそうです。
その結果として、映画の中で出てきた未来型結の町外から来ている学生を受け入れたいと手を上げる地区が、なんと6地区に増えたそうです。活動への理解が深まり、どんな人がどうやって関わっているのか見当ががついたことが、結果へとつながっています。
僕と松井監督のユニット「つぎの民話」では、町外での上映依頼に合わせて、映像と語り合いのワークショップを行なっています。福島県庁や総務省の地域自立応援課など公官庁での研修上映、これから地域づくりのための自治組織を立ち上げたい地区の有志の勉強会、大学や高校での授業などにも活用いただいています。
撮った地域の中で見ることを目指して作った作品ではありますが、日本全国で多くの自治体が西会津と似た課題を抱えながら、日々奮闘しています。みんなで観て語るという行動そのものは、いまの日本の課題を考えることであり場所を問わず効果があります。
本やニュースで見るよりも更にリアルな現状に踏み込んだ映画を見て、同じものを見た状態をスタートにしてそれぞれの想いを語り合う時間は多くの学びを生み出しています。
1作品30分なので、観てから感想を話し合ってまでがちょうど1つの授業時間で収まる、ちょうど良い長さもポイントになっています。
町外での上映は有料開催となっていますが、この収益の一部は奥川地域づくり協議会に入るようになっているので、外で上映が行われるたびに、地域づくりのためのちょっとしたサポートになるという仕組みになっています。
この仕組みはその後に撮った映画でも続けていこうと考えており、実際に今年の2月に群馬県前橋市で撮った「うたうかなた」も同じような料金設定にしてあります。
現在、僕達は3つ目のロケ地として山梨県北杜市でロボットをテーマに新しい映画の制作に取り組んでいます。また、西会津町からもう1作品、より山奥にある地域で、自然と人間の生活の循環について撮っていうこう撮影が進んでいます。ぜひどちらもご期待ください。
「観てもらいたい映画」という武器
映画「つぎの民話」が出来るまでを3回にわたって書かせていただきましたが、最後に「観てもらいたい映画」について話したいと思います。
ドキュメンタリー映画は私たち制作者側にとってもちろん「作品」ではありますが、今回「つぎの民話」を作るにあたっては、同時に「武器」としての役目を意識しながら作ろうということを、監督と常々話しながら進めてきました。
誰が使う武器かというと、
・地域で頑張っている人
・地域の誇りや原風景を大切にしたい人
・住んでいる場所の美しさや潜在価値を知ってもらいたい人
そんな人たちが、まずはこれをみて一緒に語ろうよと世間に向かって問いかけやすい、便利で効果的な武器こそがこの映画です。明確な敵がいないなくても、いまの社会に向き合って立ち向かう人たちが安心して大冒険できるための武器でありたいです。
地域で撮って「これを地域で観たい」と思う気持ちが住民に湧き上がる映画づくりは、まちおこしに間違いなく役立つ武器になったと自負しています。
引き続き全国のさまざまな地域にお邪魔しながら、その場所だからこそ伝えたい今を「つぎの民話」へと編んでいく活動を僕達は続けていきます。