子どもと歩くと、日本中が学びの舞台になる。
音楽を届けに
先日、息子の通う保育園に招かれて、フルートを演奏してきました。園が大切にしているのは、イタリア発祥の「レッジョ・エミリア教育」の考え方です。子どもは教えられる存在ではなく、自ら世界を探究する存在。この教育では一人ひとりの「なぜ?」を出発点に、対話や多様な表現を重ねながら学びを深めていきます。
現在、クラスで「手」についての探究に取り組んでいるとのことで、音楽家が楽器を演奏するときの手の様子を実際に見せてほしい、とのことでした。
子どもたちとの隔たりをなくしたくて、演奏中に触れてもらってもいいぐらいの気持ちで、私も床にそのまま座り、みんなに周りを囲んでもらう形にしました。
息子は、「僕の学校にママが来てフルート吹いてるよ! 恥ずかしい! でも嬉しい!」と大興奮。
近くに子どもたちの体温の温かさと息づかいの柔らかさを感じながら、私はいつものコンサートと同じように、一音一音に心を込めて演奏しました。
この音色が、子どもたちのどこかに残ってくれたらいいと思いながら。
子どもたちは興味津々で、まるで全身で反応しながら音を追いかけているようです。
その目の輝きの美しいこと。
その姿を見ているうちに、子どもの学びの原点は好奇心なのだと改めて思ったのでした。

「もっと知りたい」の力
「知りたい」 「やってみたい」 「もっと見たい」 学びの始まりは、きっとそこにあるのでしょう。
本物の音に出会えば耳を澄ませる。
珍しいものを見れば近づいていく。
面白そうだと思えば夢中になる。
その姿は、私が息子と出かける先々でも同じです。
私は東京で子育てをしています。
東京は教育施設がとても充実していて、最近のお気に入りは国立科学博物館と上野動物園です。
三歳児は気まぐれな哲学者
国立科学博物館や上野動物園で過ごす中で、息子の目を通して世界を見直すことがよくあります。
「恐竜はどうして骨だけなの?」、「どうしてゾウの前に線(柵)があるの?」
三歳児の問いは、率直で思わず回答に困ります。
「ワニの歯は思ったより大きい」と言ったかと思えば、その後はゴリラの真似をしながら園内を歩き回っています。
どれも今しか聞けない言葉であり、今しか見られない姿なのだろうと微笑ましいです。
子どもと歩いていると、世界は思っていたよりずっと輝いていて、問いに満ちていることに気づきます。
そして、学びは東京だけにあるわけではないということにも。
東京には多くの知識や情報が集まっていますが、その先には必ず土地があり、歴史があり、人々の暮らしがあるからです。

神様って何?
先日、震度三~四ほどの地震がありました。
揺れが少し長く続き、私は息子を抱きしめながら、早く収まってほしくて思わず、「神様……」とつぶやいてしまいました。
すると息子が「かみさまって何?」と私に尋ねました。
よく私の話を聞いていたんですね。驚きました。
私はこの問いにはすぐには答えられませんでした。
祈りの土地へ
私は毎年、奈良で開かれる音楽祭に参加しています。
深い山々に囲まれた土地を訪れるたび、その場所に流れてきた長い時間に思いを馳せます。
自然を畏れ、祈り、季節の移ろいに耳を澄ませながら暮らしてきた土地には、祭りがあり、詩があり、土地ごとの物語があります。
今年の秋も息子を奈良へ連れて行きたいと思います。千年以上続く祈りの舞台に立ち、風を感じ、人々が守り続けてきた時間に触れ、何かを感じてくれたら嬉しいです。
奈良県 天川村 公式サイト はこちらから。

世界は問いで満ちてくる
AIがますます身近になる時代だからこそ、本物に会いに行く必要を感じます。
その土地を歩き、風を感じ、人と触れ合ったとき、はじめて心に残るものがある。
子どもと歩いていると、世界は問いで満ちてくる。
神様とは何なのか。この答えが見つかるのはもっとずっと先でしょう。
これからも息子と一緒に探究の旅を続けたい、保育園でフルートを吹きながら改めて感じた初夏の日でした。



















