みんなでフードロス問題を考えようと、2020年10月16日の「世界食料デー」にグランドオープンした『夜のパン屋さん』。ホームレスを経験するなどさまざまな境遇の人たちが関わっています!
TOP写真/JR田町駅の近くのビルの通路で営業する『夜のパン屋さん』。明日の朝のパンを買おうと帰宅途中の会社員が立ち寄る。
目次
残ったパンを集めて売る、『夜のパン屋さん』が誕生。
東京・港区のJR田町駅前、午後6時。仕事帰りの会社員がビルに挟まれた通路を駅へ向かう。通路には1台のキッチンカーがテーブルを出し、パンを並べて売っている。明日の朝のパンを求める人たちが足を止め、屋台のように賑わっている。『夜のパン屋さん』だ。
もともとこの活動は、ホームレス状態にある人たちが街角で販売する雑誌『ビッグイシュー』を発行している有限会社『ビッグイシュー』の新しいプロジェクトとして始まったもので、認定NPO法人『ビッグイシュー基金』の共同代表で、料理研究家の枝元なほみさんがプロジェクトリーダーを務めている。
「当時、ある篤志家から『循環するような形で使ってほしい』と、まとまった金額のご寄付をいただきました。私は雑誌『ビッグイシュー』のように、仕事の対価として生活資金を得られる形でお金を循環できないかと考え、思いついたのが『夜のパン屋さん』だったのです」。さらに、「北海道の『ますやパン』というパン屋さんが、その日残ったパンを6軒の支店から集めて販売していると知人から聞き、『これだ!』とひらめきました。私も料理研究家としてフードロスの問題は気になっていたので」と枝元さんは話す。
そうして、残ったパンをパン屋から集めて売る『夜のパン屋さん』が誕生した。
フードロス問題と働く場の提供。賛同する人たちに支えられて。
『夜のパン屋さん』では今、25店舗のパン屋から届く残ったパンを販売している。「オープン当初はなかなか賛同してもらえなくて」と当時の苦労を語る枝元さん。残ったパンを求めて何軒ものパン屋を訪ねたが、「営業マンの辛さがわかりました」と振り返るように、ほとんどの店に断られたそうだ。
そんななか、枝元さんの思いに耳を傾け、賛同したパン屋の一軒が『ラトリエコッコ』だった。「生産者さんが一生懸命つくられた食材を無駄にしたくはないので、当店もフードロスの解消に取り組んできました。ですから、『夜のパン屋さん』の思いにも共感できました」と話すオーナーの髙田麻友美さん。『ラトリエコッコ』の『三田店』と『白金本店』で残ったパンを急速冷凍して品質を維持し、週3回に分けて提供している。
フードロスの解消に加えて、『夜のパン屋さん』はいろいろな事情を抱えた人たちの働く場にしたいという目的もあった。「ただ、当時の私は『ビッグイシュー』を買ったこともなく、偏見もあったかもしれません。パンを販売するのに清潔さは重要ですから、その点を確かめると、『もちろん、きちっと対応します』と枝元さんがおっしゃってくださり、不安はなくなりました」とのこと。「それどころか、ホームレスだった方が『夜のパン屋さん』でお仕事されたことがきっかけで住まいを借りることができたと聞き、感動しました」と髙田さんは話す。
賛同するパン屋が徐々に増え、販売場所も、東京・新宿区にある書店『かもめブックス』の軒先の『神楽坂店』、新宿区のマンションの駐車場で販売する『飯田橋店』、JR田町駅近くの『新田町ビル』脇の通路の3か所になった。『新田町ビル』を所有する『田町ビル』の曽根慶則さんは、「フードロスの解消と事情を抱えた人たちの働く場の提供というコンセプトに共感しつつ、通路に賑わいを生むという面でも協力したいと思い、『この通路はいかがですか?』とインスタグラムで連絡しました」と経緯を話す。『夜のパン屋さん』事務局の光枝萌美さんは、「駅から近く、人通りの多い場所で、とても助かっています」と喜ぶ。
『田町店』の営業は、水曜と木曜の17時半から20時。この日はレジに行列ができるほどの繁盛ぶりで、『ラトリエ コッコ』からパンをピックアップした浜岡哲平さんも忙しそうだ。浜岡さんは高知県の生まれで、10代の頃はカツオの一本釣り漁師だった。漁師を辞めた後は大阪、東京へ出て工事現場で働くも、人づきあいに疲れて現場を離れ、『ビッグイシュー』の販売者になり、『夜のパン屋さん』で働くようになった。「フードロスをテーマにしているので、やはり完売したときはうれしいです。人と話したり、笑ったりするのは得意ではありませんでしたが、お客さんや販売者仲間と接するうちにできるようになりました。今は仕事が楽しいです」と笑顔で話した。
パンを売り、買うことで、人生の再スタートのきっかけに。
『夜のパン屋さん』では今、ホームレス状態にある人、生活に困難を抱える人、シングルマザー、コロナ禍でアルバイトを失った学生など14名が働いている。『神楽坂店』でレジを打つ西篤近さんはダンサーでもあるが、以前は新宿でホームレス生活をしていた。「『ビッグイシュー』の販売と『夜のパン屋さん』の両方の仕事に就いています。ある方の応援もあって、住まいを借りられるようになりました。この仕事だけで家賃のすべては払えませんが、人生の再スタートラインに立てたことに感謝しています」と話す。
『夜のパン屋さん』のパンは数個まとめて500円〜600円の価格帯が多い。仕入れ値はその5〜6割。人件費は、パンのピックアップが1軒で1500円(交通費込み)、販売者には時給1080円が支払われる。枝元さんは、「収支はトントン。パンを安売りしないのは、各店舗のパンへのこだわりやブランド価値を守るためと、人件費を捻出するためです」と価格の理由を語る。
右上/初めて購入した江澤誠さん。「フードロスや就労支援のコンセプトはSDGsにも合致し、いい活動だと思います」。右下/『ビッグイシュー』は450円。230円が販売者の収入に。左/犬の散歩中に立ち寄った女性客。
午後8時すぎ。パンは残り少なくなった。「残りものには福がある」というが、『夜のパン屋さん』のパンは、生産者やつくる人への感謝や応援が大きく膨らんだ残りもの。大事に食べようという思いになる。その気持ちが「福」なのだ。
『夜のパン屋さん』で買える25店舗のパン屋さんのうち、 『田町店』で買った6店舗のパンです!
『ラトリエ コッコ』(東京都港区)
国産小麦100パーセントのパン生地を天然酵母で発酵。生地に水分を多めに残すことで、もちっと焼き上がる。生産者の顔が見え、信頼のおける食材を使うよう心がけると同時に、フードロス問題にも開業当初から取り組んでいる。
『白くまのパン屋さん』(京都府京都市)
パン屋激戦区の京都で人気上位を誇るベーカリー。国産小麦を100パーセント使用し、具材やソースもできるかぎり自家製にこだわってつくる。定番から本格的なパンまで幅広く揃えるラインナップで地域に愛されている。
『茜パン工房』(東京都豊島区)
障害のある人たちが働く就労継続支援B型事業所として地域に開かれた施設『いけぶくろ茜の里』にあるパン工房。米粉を混ぜて焼き上げたふわふわでもちもちのミニ食パンは、昔ながらの懐かしい味わいのパン。おすすめ!
『チームむかご』(東京都港区)
畑にある「おいしい」「楽しい」「もったいない」を食卓へつなげようと、枝元さんが主催する『チームむかご』。そのスタッフが手づくりしている人気のマフィン。今日は自家製オレンジピールと紅茶、焼リンゴとくるみのマフィン。
『エスプリ ドゥ』(東京都江戸川区)
『ベーカリー サンクス』(埼玉県・小鹿野町)
『夜のパン屋さん』・枝元なほみさんの、 買い物にまつわるコンテンツ。
Website:道の駅
https://www.michi-no-eki.jp
仕事柄、食材の買い物は最重要事項。地方の「道の駅」は“宝の山”です。その土地で食べ、生きている人たちの暮らしを教えてもらいながら、思い出とともに“空気ごと”買います。食材に限らず、雑貨や本や服を買うのも楽しいです。
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仕事柄、食材の買い物は最重要事項。地方の「道の駅」は“宝の山”です。その土地で食べ、生きている人たちの暮らしを教えてもらいながら、思い出とともに“空気ごと”買います。食材に限らず、雑貨や本や服を買うのも楽しいです。
Facebook:Natural Foods, Deli & Cafe すいーとまむ
https://www.facebook.com/sweetmom.2001/?locale=ja_JP
静岡県浜松市にある自然食品店。商品のラインナップもセンスが合うし、地元の有機栽培農家や自然食品の生産者、ものづくりの方々と開くイベントの情報や、元気が出そうな活動を知ることができるのもうれしいです。
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Instagram:まるよ物産
https://www.instagram.com/maru4bussan
6月のサクランボから11月のリンゴまで、長野県北部の市場や直売所に並ぶおいしそうな野菜や果物が、週ごとのインスタグラムにアップされます。そのときどきで相談しながら、『夜パンB&Bカフェ』や、マフィンの材料を購入しています。
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6月のサクランボから11月のリンゴまで、長野県北部の市場や直売所に並ぶおいしそうな野菜や果物が、週ごとのインスタグラムにアップされます。そのときどきで相談しながら、『夜パンB&Bカフェ』や、マフィンの材料を購入しています。
photographs by Masaya Tanaka text by Kentaro Matsui
記事は雑誌ソトコト2023年8月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。