少子高齢化や人口減少の波は、多くの文化団体での伝承・活用に深刻な影響を及ぼしています。北海道も例外ではなく、北海道文化財保存活用大綱でも取り上げられるなど傾向が顕著であり、後継者や指導者の育成が喫緊の課題となっています。そのなかで、北海道・道東地方の豊かな自然と歴史を背景に、地域の文化である「和太鼓」を力強く響かせ守り続けている2つの団体、別海町の「知床流一門会 風蓮湖上太鼓保存会」と釧路市の「北海道釧路江南高等学校 蝦夷太鼓部」を紹介します。
祖父母の代から受け継ぐ、地域の絆「風蓮湖上太鼓保存会」
北海道の東部・別海(べつかい)町。隣の根室市にまたがる風蓮湖(ふうれんこ)は豊かな自然に育まれるラムサール条約登録地で、渡り鳥を観察する多くの人たちが、世界各地から集まります。その湖のほとりにある上風連(かみふうれん)地区に、1984年に発足した「知床流一門会 風蓮湖上太鼓(ふうれんこじょうたいこ)保存会」があります。
※上風連地区については、過去にもサステナビリティの話題で紹介させていただきました。こちらもぜひご覧ください。
地域の催し物がある際に演奏するため結成されたこの保存会は、当時道東郷土芸能で活躍されていた故・稲毛三郎先生の指導を受けた有志メンバー5人が、地区の神社にある太鼓や手づくりのドラム缶太鼓で練習していたそうです。
会員の減少によって存続の危機に陥ったこともありましたが、中学校のクラブ活動や保育園で太鼓に触れてもらうなど、「地域を太鼓で活気づかせたい」という保存会の活動に地域の協力もあり、現在では小学生から成人まで30名を超える会員が所属しています。なかには「親子3代で会員」というメンバーもいます。
2015年から会長を務める早坂 一彦(はやさか かずひこ)さん(44)は、少年時代から保存会に所属しているメンバーの一人。「地域を活気づかせたいという諸先輩方の想いを引き継ぎ、それを支えていただいた地域の皆様の存在があったからこそ、郷土芸能として根付くことができたと感じています」と話します。上風連地区の基幹産業である酪農に従事する早坂さんですが、休む時間を削りながらも次世代の指導に時間を割き、ご自身の子どもを含め地域の子どもたちに文化の継承を行っています。
心で聴いてもらえるような、そんな太鼓を届けたい
発足から40年経つ風蓮湖上太鼓ですが、活動の場は上風連地域だけにとどまらず、近隣のまちの老人福祉施設や文化祭などに招かれるようになりました。日常生活のなかで地域文化に触れる機会が限られている方々に向けて演奏を披露しています。
早坂さんは「高齢者の皆さん方を前に演奏すると『手拍子する姿や、普段は見せない笑顔を見せてくれる入居者の変化に驚かされる』と施設の職員さんから感想をいただくことがあって、それがうれしいですね。例えば、耳は聞こえなくなっていても、太鼓の振動は伝わっている。心で聴いてもらって、心を震わせることができる。演奏する私たちも心が震えるし、純粋にいいなって思えるのです。私自身が少年時代に所属していたときが、会員不足で存続の危機に陥っていたときでした。その困難なときを支えてくれた方々が居たから今があることは、私自身がいちばんよくわかっています。困難なときを支えてくれた世代の方が高齢者となる今、恩返しを兼ねて太鼓を打ち続け、これからも風蓮湖上太鼓の文化を残していきたいと思っています」と話します。
全国大会常連の実力派。半世紀以上続く、公立高校の「蝦夷太鼓部」
北海道の東部、釧路市。釧路・根室地域の拠点都市として、道内6番目の人口規模となる15万3千人が暮らします。(2024年10月末現在:釧路市住民基本台帳から)
しかし少子高齢化の進展や大都市圏への人口流出、水産業・石炭産業・製紙産業の衰退の波が大きく押し寄せた釧路市は人口減少の歯止めがかかりません。1980年に22万7千人とピークを迎えた人口は、2050年には10万人を割り込むという試算があります。(国立社会保障・人口問題研究所資料より)
その釧路市にある道立高校の部活動として半世紀以上の歴史があり、人口減少の衰退を微塵も感じさせないのが「北海道釧路江南(くしろこうなん)高等学校」の蝦夷太鼓部です。
釧路市には1967年に発足した「くしろ蝦夷太鼓保存会」という、北海道では最も古いアマチュア太鼓集団が存在します。北海道の大自然に生きる人々の生活や祈りをテーマに取り入れた曲は、伊勢神宮での奉納演奏や海外公演で披露されるなど、民間外交にも大きな役割を果たしています。大人から子ども、障がいを持つ方、官民を問わない会員構成で、絆を地域に築き、釧路市内では広く存在の知られた団体です。
北海道釧路江南高等学校 蝦夷太鼓部は、1968年に同校の野球部の応援団として発足した「蝦夷太鼓同好会」が起源です。この同好会が前身となり、後に正式な蝦夷太鼓部が設立されました。蝦夷太鼓部は「くしろ蝦夷太鼓保存会」の支部として位置づけられています。部員たちは地域のイベントや大会を通じて、「聴く人に感動を与え、自らも感動する」演奏を追求しながら、地域の伝統文化の継承と太鼓の魅力発信に取り組んでいます。
部員の技術指導は、くしろ蝦夷太鼓保存会が行なっています。保存会の団員で日本太鼓財団一級公認指導員の故・塚原鼓童先生が蝦夷太鼓部の指導を行ない、没後も部のOB/OGである保存会会員が部の外部講師となって指導を継続。「礼節・品位・情熱」を大切にしながら、その技術を伝承しているのです。
高校生たちが蝦夷太鼓に魅力を感じて継承するその技と実力は、北海道代表として30数年連続で「文化部の甲子園」と呼ばれる「全国高等学校総合文化祭(総文)」に選抜されるほどレベルが高く、2002年と2007年には全国の代表校としても選抜され、国立劇場での発表を果たしました。
今年も予選会を勝ち抜き、目標としていた香川県で行われる総合文化祭「かがわ総文祭2025」への出場を決めています。
追う立場となって挑む総文・全国大会。目指すのは「国立劇場での演奏」
今回、釧路江南高校 蝦夷太鼓部を直接取材することができました。取材に向かったのは2024年の12月。凍てつく寒さのなか、半袖・素足の部員が集う部室内には熱気が漂い、寒さを感じさせません。
練習の合間を縫って、数名の部員に直接話を伺うことができました。
1年生の山下 紗英(やました さえ)さんは「入学時は放送部に入部することを考えていましたが、部活動の紹介のときに見た蝦夷太鼓部の迫力に魅了されて入部を決意しました。入部してからも本当に楽しくて。自分の打ち鳴らす太鼓の響きに、自分自身がわくわくしています」と笑顔で話してくれました。
そのなかにあって、厳しさについて話してくれたのが2年生の副部長・山﨑 遊(やまざき ゆう)さんです。「実は、今年の全国大会の北海道予選会は2位通過でした。全国大会には行けるので伝統は継承できましたが、いちばんを守れなかったことで悔しい思いをしました。だから、昨年より気合いが入っているんです」
同じく副部長で2年生の近藤 優芽(こんどう ゆめ)さんが続けて「追われる立場から追う立場に変わりましたが、むしろ悔しさをバネに変えることができる今回は、強くなれるチャンスだと思っています。目標はもちろん(総合文化祭の上位校から選抜される)国立劇場出場です」と力強く話してくれました。
部長の及川 禅太(おいかわ ぜんた)さんも「基礎を固めて体づくりを十分に整え、全国大会に望みたい。先人たちが頑張って作り上げてきた伝統を自分たちが継承し、経験したことを後の世代も経験できるよう残していきたいです」と話します。
地元・釧路の皆さんに、響きを伝え続けていきたい
蝦夷太鼓部顧問の舞鶴 遼佑(まいづる りょうすけ)先生は「入部直後はランニングや筋トレなども行ない、まずは体力づくりからスタートします。蝦夷太鼓部は、文化系運動部です」と目を細めます。
外部講師として指導に当たる、くしろ蝦夷太鼓保存会会員の坂野 真理(さかの まり)さんは「毎年10人前後の生徒たちが、興味を持って入部してくれています。ほとんどが入部をするまで太鼓に触れた経験のない子どもたちですが、興味を持ってくれることがうれしいですね。保護者のみなさんからも受けが良く、釧路に根付いた文化ということで後押ししてくれているのかもしれません」と話されました。
実は坂野さん自身も釧路江南高校蝦夷太鼓部のOG。日々の指導だけではなく、広い北海道の各地で行われる大会や全国大会にもボランティアとして同行し、伝統の継承に尽力されています。
1年生の那須野 壮磨(なすの そうま)さんは「長く釧路の人たちに、江南高校蝦夷太鼓部の響きを届け、伝えていきたい。その役割を果たせるよう頑張りたい」と意気込みを語ってくれました。
文化継承の課題と展望
人口減少という地方が直面する課題は、後継者不足にも直結し、現実のものとして避けることのできない問題です。ですが、地域や学校という身近なコミュニティを基盤に、若い世代に伝統文化への興味を喚起し継続的な活動の場を提供することは、担い手を育成し地域文化を継承することにつながります。これは、北海道文化財保存活用大綱が提唱する「まもり」「はぐくみ」「いかす」という方針に合致する取り組みといえるでしょう。
太鼓の力強い響きは北海道の豊かな自然と歴史、そして地域の人々の思いを体現しています。この音色がこれからも道東の大地に響き渡り、暮らす人々の心を震わせ、地域の誇りと活力を生み出し続けることを、地域の人たちも期待しています。
北海道釧路江南高等学校ホームページ
http://www.k-konan.hokkaido-c.ed.jp/
釧路江南高校蝦夷太鼓部Instagram
https://www.instagram.com/konan__ezo.214/