学生時代の研究フィールドとして住み始めた宇都宮市の釜川エリア。その魅力にどっぷりとはまってしまった建築家の中村周さんは、東京で就職してからも関係人口として釜川エリアに足繁く通い、今は「ゴールドコレクションビル」を拠点に活動を展開しています!
関係人口として、2歩目の階段を上る。
栃木県宇都宮市の中心市街地を斜めに横断するように流れる釜川。その周辺には、空き家をリノベーションしたいい感じの飲食店やセレクトショップが点在し、クリエイティブな若者たちが集まるエリアとして注目されている。
そんな釜川エリアの賑わいをつくってきた一人が、『ビルトザリガニ』代表の中村周さんだ。東京都出身で、宇都宮大学大学院で空き家・空き地を研究し、そのフィールドとして釜川エリアを選び、空きバラックをリノベーションして「KAMAGAWA POCKET」と名づけ、イベントやワークショップを実施。東京で就職後も週末に通い、釜川エリアを盛り上げ、地域住民との関わりを深めてきた。
それが中村さんの関係人口としての1歩目の階段だとすると、「ゴールドコレクションビル」は2歩目になる。釜川沿いにある築50年のビルをリノベーションし、カルチャーの拠点をつくろうというプロジェクトだ。元々ビルの2階は、鹿沼市出身の建築家・佐藤貴洋さんが事務所兼住居として使い、2階から上の階の管理をオーナーから任されていたが、「3階から5階が廃墟みたいで寂しいから」と中村さんに声をかけ、宇都宮市出身の建築家・城生一葉さんも巻き込んで、三人で『ビルトザリガニまちづくり合同会社』を立ち上げ、2階以上を借りて、少しずつリノベーションを進めている。
ザリガニのように、いざりながら前進を!
『ビルトザリガニ』とは、中村さんたち三人が設立した合同会社の名前であり、クリエイターや地域の人たちが自由に出入りできるプラットフォームでもあり、そこから立ち上がるプロジェクトの総称でもある。中村さんが代表を務める『釜川から育む会』が釜川の生物調査を行った際、源流近くにたくさんいたアメリカザリガニを捕まえて、みんなでバーベキューをして食べたことがきっかけでその名がついた。
「ザリガニの語源は『いざり蟹』という説も。『いざる』とは後ろ向きに進むこと。宇都宮の中心部も人口減少や若者の流出で経済は停滞気味。まさに“いざる”まち。でも後ろ向きの時代だからこそ空き家が生まれ、新しいまちづくりのチャンスがあるわけです。いざりながらもビルを構築(ビルト)し、前進する。そんなイメージを共有したいです」と『ビルトザリガニ』に込めた思いを語った。
ビルのリノベーションが始まった2018年、中村さんたちの思いに共感した栃木県や宇都宮にゆかりのあるアーティストやデザイナー、一般の人たち20組が、リノベーション前に開催した「ゴールドコレクション展」に出展。ビルの壁に絵を描いたり、釜川沿いに作品を展示したり、ユニークな空間が2週間にわたって出現した。
「協賛も、より多くの方に関わってほしくて1口2000円に設定し、釜川エリアや宇都宮で募りました」と中村さん。ビルのリノベーションのための寄付は、ふるさと納税を活用したクラウドファンディングでも募り、後輩の宇都宮大学の学生たちが、「壊すことは、つくること!」という合言葉のもと、室内の解体を行った。今、2階は『珈琲屋とモノ屋 satori』、3階は佐藤さんの住まい、4階はシェアオフィス、5階は「まだ廃墟です」と中村さんが笑うように“絶賛”リノベーション中だが、しばらくは廃墟の雰囲気を残したままイベントスペースやスタジオとして貸し出すことにするそうだ。
また、宇都宮には工業団地があり、大手製造会社の研究開発センターや工場に多くのエンジニアが勤めている。なかには、「休日も何かつくりたい!」というものづくりのオタクもいて、「シェアガレージ」というコミュニティをつくり、4階のシェアオフィスの1区画を借りて3Dプリンターやレーザーカッターを置いてものづくりを行い、オフ会やワークショップを開催している。「思う存分、ものをつくれる居場所ができてうれしいです」「他社のエンジニアとの交流が生まれ、刺激し合っています」「ワークショップを開き、地域の子どもたちにものづくりの楽しさを伝えています」とメンバーたちは笑顔で話す。
宇都宮大学の学生たちが主体となって釜川エリアの未来を考える「KAMAGAWA DESIGN CLASS」も開催し、「景観形成重点地区」の指定を目指す釜川エリアのビジョンブックをつくろうとしている。「そんな、多様な人たちがそれぞれの目的や“温度感”で『ビルトザリガニ』と関わることで、釜川エリアの関係人口を増やし、魅力ある地域にしていきたいです」と、中村さんは釜川エリアの未来を見据える。
「ここ、何ですか?」と、コミュニケーションを誘発。
大学院を出て4年。中村さんは東京の有名建築事務所でビッグ・プロジェクトを担当しながら、休日は釜川エリアや宇都宮市の関係人口になり、複業として仲間とエリアづくりに励んでいる。「最近の建築家は特定のフィールドに関心を持っています。僕は若くして釜川というフィールドに飛び込み、一足飛びで経験を積ませてもらっているのはとてもラッキーです。建物単体というよりも、エリアの全体像を描きながら、理想の方向を模索することに建築家の役割があると考えています」と言って、さらに続けた。「古き良き時代の建築家はパトロンから仕事を受け、最初は住宅の設計を手がけ、次に商業施設、公共施設、最後は大学教授になって後進の指導に当たるという『王道』を歩むのが理想でしたが、今の時代はそれも難しくなりました」と、ザリガニのように「いざる」時代にふさわしい建築家のスタイルを模索する。
「ここ、何ですか?」と、オブジェクト作家がリノベーション中のビルに入って階段を上ってくる。『珈琲屋とモノ屋 satori』の好奇心旺盛な客も帰り際に4階まで上ってきて、「ここ、何ですか?」と。そんな、場とのコミュニケーションを誘発する建物が点在するエリアはおもしろいはず。「まちの人口を増やすよりも、関係性を増やすことで仕事や遊び、プロジェクトと遭遇する確率を上げる、そんな建築家を目指したいです」。
「KAMAGAWA POCKET」や「ゴールドコレクションビル」が関係案内所として機能することで、関心を持って階段を上ってきた人が役割を得たり、つながりを深めたりできる遭遇が連鎖的に起こるような釜川エリアをつくりたいと、中村さんは3歩目、4歩目と、関係人口の階段を上り続けている。
『ビルトザリガニ』代表・中村 周さんに聞きました。
Q:関係人口になって、得たことは?
A:メンバー“越し”の仲間に出会えた。
『ビルトザリガニ』のメンバーの佐藤さん“越し”の仲間や、城生さん“越し”の仲間に出会えたことで、プロジェクトがよりおもしろく発展しています。
Q:関係人口になるコツは?
A:住民票を移すこともコツの一つ。
2拠点居住で移住していなくても、住民票を移せば地域の人からの信用度は大きくアップするはずです。僕はまだ移していませんが。
記者の目
関係人口の現場を取材して。
中村さんのように地方で仕事を兼業する場合にネックとなるのが、交通費。東京〜宇都宮の在来線往復は1日約4000円で、毎週1回なら月に約1万6000円。それを、政府が支援する制度が始まるとか。関係人口の皆さんには朗報ですね!
カオスとアートとローカルがいっぱい!