「ガンマラカントゥスキトデルモガンマルス・ロリカトバイカレンシス」
「寿限無」といえば古典落語から知られる話で、我が子に長生きしてほしいという思いから付けた、覚えるのも呼ぶのも大変な長い名前だ。NHK Eテレの「にほんごであそぼ」を見ていると、この難解な名前を年端もいかぬ子どもたちがすらすらと暗唱していて、驚かされる。僕も子どものころは、やれ「祇園精舎の鐘の声」やら「月日は百代の過客にして」といったものを泣く泣く暗唱させられたが、きっと皆さんも同じような経験があるだろう。
それに比べれば動物の名前を覚えるのは楽なものだが、こちらは数が多い。哺乳類だけで約6000種の名前があるから、これを和名・学名と合わせて暗記するとなると、簡単なものではない。そこで学生の頃は40種程度のモグラや日本に生息する約100種くらいは覚えていようと自習する。今はプロの哺乳類学者として、世界中の哺乳類についても覚えようと、また自習するが、すべて覚えられているわけではない。途方もなく長い名前は覚えるのが大変である。
そもそも和名が付けられていない哺乳類が1500種くらいあるので、現在、僕が中心となって「世界の哺乳類に和名を付けよう」というプロジェクトを行っている。一番文字数が多い学名は31文字が2つあり、そのひとつSalino-ctomys loschalchalerosorumというネズミの和名はチャルチャレーロビスカーチャネズミで、舌を噛みそうだ。和名では19文字が4種ある。和名は、グループ名を示す名前の後ろの語に、特徴を表す名前の前の語が付加されて成立する場合が多い。マダガスカルに生息するグランディディエリフデオアシナガマウスはアシナガマウスの仲間で、尾が筆のようになっている10種のうち、この地の動物学に貢献したアルフレッド・グランディディエルに献名されたものだ。ちなみに、一番短い学名はこの連載でも紹介したIa ioという4文字で示されるコウモリ。和名では「ヒト」など、2文字がたくさんある。
広く動物界を見渡すともっと複雑かつ長大な学名というものが存在する。これまでにつけられた学名で最も長いとされるものは51文字のGammaracan-thuskytodermogammarus loricatobaical-ensisという甲殻類ヨコエビの仲間だ。発音すれば「ガンマラカントゥスキトデルモガンマルス・ロリカトバイカレンシス」となる。命名者はポーランドのベネディクト・ディボウスキーという人で、こちらの名前はそれほど長くもなく覚えられる。彼は1833年生まれで、これを命名した1927年には95歳前後と思われる。この年でこのような名前を考案して論文を執筆していたということに驚かされる。しかし残念ながらこの学名はあまりに長すぎるためか、命名のルール上不適格な名前になっているのだそうな。
息子たちに、この名前を覚えることができたら1000円お小遣いをあげよう、と提案してみた。するとあっという間に暗唱できるようになり、「寿限無」ほどではないにせよ、子どもの暗記力というものはすごいな、と感心した。ところが彼らはまだこの難しい横文字を記すことはできない。それができたら報酬を与えようと思う。