発酵の大本となる漢字を1つ挙げるとするなら「酉」になります。中国最古の王朝・殷の時代にできたこの古代文字は、象形でいうと瓷のカタチです。ポイントは先が尖っている=自立しないということです。自立しないということはつまり、地中に埋めるということ。現代においても老舗の酢や泡盛の醸造蔵では地中に埋める瓷で発酵を行っているところがあるように、埋める瓷には発酵のコンディション管理がしやすいメリットがありました。
原料を詰めて発酵を促す瓷=酉が「醸」をはじめ「酒」「醤」などの発酵を表す漢字に発展していきます。ここまでは現代の僕たちにも理解できますが、話はこれで終わらないのだな。
発酵を促す壺=酉
地中に埋める瓷は、同時に死者を埋葬する棺を意味します。「釀」という文字を分解すると、左は瓷、右は死者の白装束の袂に呪具を入れて胸が盛り上がった様子を指します(漢字学者・白川静さんの説。異論もあり)。この「胸が盛り上がる」というのが、酒を釀す時の「泡が盛り上がる」に、さらに言えば「生命が再生する」という意味にかかっているようなのです。
瓷に穀物を入れて釀すと、腐らずにありがたいものが出来上がる。それと同様に、棺に死者を入れて埋葬すると、その生命が腐ることなく再生する。そんなイメージなんですね。
「酉」にはもうひとつ、渡り鳥という意味があります。干支の酉ですね。酉の季節は、穀物が実り、同時に渡り鳥が飛んでくる時期でもあります。古代アジアの世界観において、この渡り鳥は「故郷を偲んで帰ってくる先祖の霊」の象徴でもあります。
ほら、ここでも「生命の再生」が出てくるんだよ。「瓷」「棺」「鳥」。このトリプルミーニングを僕なりに解釈してみると、渡り鳥が来る時期に収穫した穀物を瓷に入れて発酵させ、また渡り鳥が戻ってくる次の収穫までの備えとする。それは同時に、棺に死者を埋葬し、その生命が渡り鳥になって帰ってくることを願う。そんなイメージの多重性があったのだと想像できます。
発酵のコスモロジー
このように、古代において発酵には単なる食の加工技術以上の意味が込められているようです。古代の日本においても、酒は人間が飲む前にまず神様に奉納されるお供え物であり、その年の豊作を願い、天変地異を忌諱するための「超自然的なものへのメッセージ」であったわけなんだね。魂や水のようにかたちがなく移ろっていくものを器のなかににとどめ、質的な転換をもたらす。これが古代アジアにおける発酵のイメージです。
そして今僕が気になっているのはだな。「酉」が「西」の方角を指しているということ。これは原初の発酵の世界観と技術は、西からもたらされたのではないか……ということなのだな(詳しくは前号の連載をお読みいただきたい)。いったいどこでこのようなイメージが生まれたのか? 西って具体的にはどこらへん? 「酉」を巡る旅は日本ではとうてい終わらないのだな。