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連載 | 発酵文化人類学

種麹。微生物使いのリテラシー

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 日本の発酵食の基本となる麹。米や麦などの穀物にコウジカビをびっしりと生やした麹は、それ単体では食べられない。味噌や酒などを発酵させるためのスターターとして機能する「中間食材」だ。調味料や漬物などを手づくりしなくなった都会では麹自体を見たことのない人も少なくない。ところが地方には、今でも麹自体を売る麹屋と、麹をつくるためのカビ自体を売るもやし屋と呼ばれるメーカーが存在し、そして中間食材である麹を使いこなす、 “微生物リテラシー”高すぎの人々が存在しているのだ。

目次

スターターを売る麹屋

 秋田県の横手や福島県の会津若松には、今でも街場の人々が麹を加工して味噌や甘酒、麹漬けなどを手づくりする文化が消えずに残っている。この文化を支えているのが麹屋。自分の室で育てた麹を量り売りしたり、農家からお米を預かって麹にして返したりしている。つまり、横手や会津若松では何百年地域内で日々麹をつくりまくり、消費しまくっているわけだ。

 麹屋さんの軒先に座っていると、地元のお母さんやおじさん(最近は若い人も)がひっきりなしにやってきて「今年も手前味噌の季節になったわね〜」「夏野菜を収穫したから漬物にしようかな」と楽しげだ。麹屋の文化は、麹を使いこなせる市井の人々のリテラシーに支えられているんだね。

微生物を培養するもやし屋

 そしてだな。麹をつくるために必要な微生物=コウジカビを供給するもやし屋というバイオメーカーも日本全国に10社弱存在している。カビの種となる胞子の粉を袋にパックした、見た目的にはヤバい感じの粉を「もやし(種麹)」と言う。米にカビの胞子が草花のように「萌える」のでこの名がついた。この粉を米や麦に振りかけるとカビが繁殖し、麹になる。酒用、味噌用、醤油用など各用途に特化したものが、業務用として各地の醸造蔵向けに販売されている。もやし屋は、何千種類ものカビを培養し、分けて、用途に合わせてクライアントにカビの種類やブレンドを提案する。つまり「微生物のコンサルタント」だ。老舗の愛知の『糀屋三左衛門』や京都の『菱六』のように膨大なカタログを持つ総合メーカーもあれば、沖縄の『石川種麹店』のように、泡盛の醸造に使う黒いコウジカビの培養に特化したローカルメーカーもいる。それぞれが独自のノウハウとデータベースを持ち、日本の発酵文化を影で支え続けているんだね。

日本人驚異の微生物リテラシー

 日本各地、とりわけ辺境の地に行くと、醸造のプロではないおじい、おばあが種麹を使って手前麹をつくる現場を目撃したりする。麹屋すらない人里離れた場所では、貴重な種麹を自分たちの手で培養し、手づくりの麹をみんなで分けて使っていたらしい(なかには野生環境からカビを採取する強者もいた。フツーの素人は真似しないように)。

 僕自身も麹を研究し、家でつくりまくって実感したことなのだが、麹があれば、調味料も漬物もスイーツもパンも、なんなら酒だってつくれる(酒の自家醸造は違法になってしまったが)。つまり、己の手で「料理」ではなく「食材」そのものから生み出すことができるのだ。塩麹や甘酒あたりから入門した発酵ラバーは、やがて味噌や調味料を仕込み始め、そこに飽き足らないハードコア勢は、麹自体をつくりはじめる。そしてマイ麹でありとあらゆる食材を錬金術につくり出す快楽の虜になり、気づいたら発酵地獄の深い奈落の底に落ちていくのであるよ。地獄でなぜ悪い!?

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