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地域のPR術の秘訣は、「ディズニーアニメ」「タージ・マハル」「岡谷のうなぎ」にあり!

指出一正

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あらゆる世代に喜んでもらうためのPR術

先日、『インサイド・ヘッド2』というディズニー映画を観に行きました。すごく話題になっていて、興行収入は大ヒットした『アナと雪の女王』も超え、アニメーション映画としては史上最高記録を更新し続けているそうです。どんな映画かというと、主人公はライリーという13歳の女の子で、お父さんがサンフランシスコで起業するから家族みんなで移住し、ライリーは今作で高校に通うことになります。僕は前作の『インサイド・ヘッド』を観ていないのですが、この映画のおもしろいところは、ライリーの頭の中にあるいろいろな感情がキャラクターとなってライリーを応援したり、ドタバタ劇を展開したりする、ハートウォーミングな映画だということ。ライリーは幼い頃は5つくらいの感情で生きていました。いちばんにライリーを支えていたのが「ヨロコビ」というチャーミングなキャラクターで、ライリーの幸せな人生をつくっていたんですが、『インサイド・ヘッド2』で思春期を迎えたライリーの頭の中には、「シンパイ」とか大人の感情が新しく登場するのです。子どもの頃からいた感情チームと、大人に近づくにつれて現れた感情チームは、特別仲が悪いわけじゃないけれど、なんとなくぶつかり合ってしまいます。あまり話すとネタバレになってしまうので止めておきますが、子どもの頃の感情と、大人になるにつれて芽生える感情は、両方とも大事だということにライリーは気づくのです。そんな彼女の成長物語。サンフランシスコが舞台ということで、風景がすごいサンフランシスコっぽいなと思いながら観ていました。

この映画を観て思ったのが、みんな自分の略歴なんかを書くときに、「○○大学卒業」とか、「○○会社で活躍し○○賞を受賞」とか、いいことしか書かないじゃないですか。でも、人の成長というのはいいことばかりで遂げられているわけではなく、失敗したこと、恥ずかしかったこと、悔しかったこと、悲しくて何日間も泣いたことが、実は大人になるためにはとても大事なことなんだけど、そういうことは履歴書には書かないので、あまり表には出てきません。でも、人って悲喜交々であることが成長に向かうために大事なことなんじゃないか、そういうことももっと表に出していいんじゃないかなと教えてくれるのが『インサイド・ヘッド2』です。子ども向けの映画というよりも、大人も自分に照らし合わせて観ることができるので、ぜひご覧ください。

ディズニーの映画って、自分から率先して観に行くことはほとんどなかったのですが、1作だけひたすら魅せられた映画があります。『カーズ』です。 マックィーンという赤いスポーツカーが主人公で、もてはやされたり、叩かれたりしながら、他の車たちと一緒に青春を過ごす車の物語です。コミュニティービルディングというのか、友情を培ってレースで優勝するのですが、子ども、特に男の子はみんな通るような映画です。でも実は、地域創生の映画としても観れるんです。舞台はアメリカのアリゾナ州など、ルート66沿いの町かな。マックィーンは、かつては賑わっていたロードサイドのまち「ラジエーター・スプリングス」に迷い込んでしまいます。きらめくハイウェイができた途端、そのまちはゴーストタウンのようになってしまい、誰も来なくなってしまいました。ただ、「メーター」という名前のポンコツのトラックが仲間の車と一緒に活躍して、まちを復興させていくという……。やはりネタバレになるのでこれ以上は話しません。ぜひ観てもらいたいです。

『インサイド・ヘッド』にしても『カーズ』にしても、アメリカのアニメーション映画は、誰もが感動できるような方法論に則ってつくられているんだなと感じました。キャラクターの設定にしても、ハワイの女の子だったり、アジアの女の子だったり、多様性というか、ポリティカル・コレクトネスというか、世界中のみんなが見にきてくれるように考えていることに感心しますし、もう一つ感心するのは、子どもを映画に連れていく親を飽きさせない工夫も忘れていないこと。例えば「ミニオン」のキャラクターが人気の『怪盗グルー・シリーズ』もストーリーは確かにおもしろいから引き込まれるのですが、中には子どもの付き添いとして同伴し、そんなに映画に興味がない親御さんもいるかもしれません。そんな親御さんたちを惹きつけるために、映画のBGMに80年代や90年代の音楽を使っている。子どもたちにとっては何の音楽かわからなくても、親たちからしてみたら、自分の若い頃を想起させられる音楽が流れることで、映画を観る気分にさせられたりするんです。そんなふうに、世代を超えて楽しめる工夫を盛り込んでいるのがすごいなって思いました。ある世代だけにアプローチするのではなく、地域に来たあらゆる世代の人たちに喜んでもらうためのPR術を、アメリカのショウビズの世界から学べた気がしました。

祇園祭の宵山に感じた、平安の時空にたゆたう喜び

『ルックバック』という日本のアニメ映画も観ました。原作は『チェンソーマン』の藤本タツキさん。小学校から一緒に漫画を描いている2人の女の子の物語で、東北芸術工科大学がモチーフのひとつになっています。2人を囲む環境が、秋田と山形のまちや海や山だったり、冬の田んぼの帰り道だったり。藤本さんは秋田県にかほ市で生まれ育ったこともあって、東北っていう場所で、若い女の子たちが夢や思いを持って生きていくことの価値とか、友情みたいなことも含めて、映画に自分自身を重ね合わせているところがあるように思えます。「絵を上達させるためにはひたすら書くこと」みたいなフレーズがあるんですけど、芸工大で学ばれていたときの藤本さんのイメージもそこにあるのかなと。

僕自身は、芸工大のコミュニティデザイン学科の授業に特別講師みたいな形で参加させてもらったり、卒業展のトークイベントに招いていただいたり、建築・環境デザイン学科で教授を務めておられる『Open A』代表の馬場正尊さんとトークセッションをやらせてもらったりするなど芸工大から声をかけていただくことが多いのですが、そんな、よく足を運んだ場所が人気のアニメーションの舞台になっていることに親しみを感じました。地域活性のためのアニメーションではなく、アニメーションが地域を活性化することがある、アニメーションを見ているうちに自然とその地域に好意を抱くような、そんなローカルの良さみたいなものをアニメで描けるんだって、『ルックバック』を観て思いました。

東北の地名が固有名詞として強く出てくるわけではないのですが、たとえば芸工大の建物が登場すると、ひと目見てパッと「あ、芸工大だ」とわかります。山形県小国町の出身でもう亡くなられていますが、本間利雄さんという建築家がつくった建物です。僕は本間さんの建築が大好きで、「本間利雄建築」っていうジャンルがあるくらい山形には本間さんの公共建築物がたくさん見られます。建物もそうですが、映画の中ではにかほ市や山形市内の風景が描かれていたり、鳥海山がそびえていたり、東北の、特に秋田と山形の風景がたくさん出てくるので、それを知ってる人からすると答え合わせのように楽しめる面もあるかもしれません。

もう1本、加藤和彦さんの映画も観ました。『トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代』です。加藤さんはご存知のように、サディスティック・ミカ・バンドやザ・フォーク・クルセダーズを率いた時代のリーディング・パーソンで、僕も大好きな方でした。音楽的なセンスだけじゃなくて、ライフスタイルでもイギリスからロールス・ロイスを買ってきて乗ったり、とてもお洒落な方でした。

2003年、04年頃、僕は加藤さんと一緒に仕事をさせていただく機会に恵まれ、アジア人のためのライフスタイル雑誌『わーずわーす』の副編集長を担当させてもらいました。編集長が加藤さんだったので、加藤さんのご意見を伺いながら1冊、2冊とつくっていました。なので、妻の安井かずみさんと住んでおられた六本木のご自宅にも何度か打ち合わせで伺ったこともありました。加藤さんは料理が得意なので、つくってくださったパスタをいただいたりして、「なんて贅沢な時間を過ごさせてもらってるんだろう」とうれしく思ったこともありました。軽井沢で亡くなってしまいましたが、雑誌づくりをご一緒できたことは僕にとっても本当に成長につながるいい経験でした。

加藤さんは京都市生まれなので、なんとも言えない大人のフェロモンというのか、僕には到底出せない艶っぽさみたいなものを醸し出していました。『トノバン』は加藤さんの音楽家としての足跡を辿る映画で、加藤さんが音楽を担当された映画『パッチギ!』も紹介されていました。『パッチギ!』のモデルはマガジンハウスの編集者をされていた松山猛さんで、松山さんも一緒にお仕事をさせていただいたことがありますが、『パッチギ!』で表現されているような青春を過ごされていたんだなと、舞妓さんや清水寺で知られるオーバーツーリズムの京都とは別の匂いというのか、日本人の男子と朝鮮学校に通う女子の恋物語も描かれていて、違った京都が垣間見ることができました。加藤さんがザ・フォーク・クルセダーズ時代につくって、放送禁止にもなった「イムジン河」がテーマにもなっています。

僕は『トノバン』を神戸の元町の映画館で、家族3人で観ました。息子は今、バンドを始めていて、ベースを買って一生懸命練習しているので、音楽に関係するし、サディスティック・ミカ・バンドの音楽も流れるかなと思って連れて行ったんですけど、本人的には今の時代の音楽の方が興味があるような感じでした。でもまあいい経験だろうと思って連れて行きました。「おとうはこの人と仕事をしていたことがあるんだよ」って自慢したらびっくりしていました。

映画の始めあたりで京都の話も出てきます。それでというわけではないのですが、今年の夏、妻に誘われて祇園祭の宵山を見に行きました。妻は何度か見に行っていましたが、僕は初めてです。神戸で関係人口の講座をオンラインで発信した後、車で京都まで飛ばしました。さぞ混雑しているんだろうなと心配しながら京都市役所のあたりまで来ましたが、意外に空いていて驚きました。道路の渋滞もなかったし、歩いている人もそれほど多くはありません。あんなにオーバーツーリズムだと言われている京都ですが、それは局地的なものなのかもしれません。もちろん、山鉾巡行のメインの通りはものすごい人だかりで一歩も前に進めなかったりするのですが、裏道を上手に歩いて移動したら、京都のおでんを食べることもでき、快適に見物することができました。

京都に行きたいと思った理由は、宵山をリアルで見ることと、もう一つは、僕は仕事で中山間地域や地方都市をよく訪れますが、「自分のまちが、京都や軽井沢みたいになればいいな」と口にされる地域の方も少なくないので、京都の一番の盛り上がりを見ておきたいという気持ちがあったからです。宵山は正直、感動しました。何がすごいかというと、たとえばプロジェクション・マッピングのような新しいアートに若い人たちが飛びつく熱気とはまた違った、宵山の時間に浴衣を着て、通りに現れて、みんなで穏やかな時間を過ごすことの楽しさに重きを置いている姿がとても素敵に見えたのです。平安時代から続くお祭り、長く培われてきた時間の中に自分もたゆたっていることの喜びみたいなものを若い人たちが感じていて、僕も感じることができました。

長刀や三日月がついた山鉾や、屋根の上にカマキリが乗った山鉾もありました。からくり仕掛けでカマキリが動くんです。中国の故事「蟷螂の斧」から来ていて、蟷螂とはカマキリのことで、敵いそうにない相手にも臆せず立ち向かう様子を表しているらしく、南北朝時代からある山鉾だそうです。周囲にはモダンなビルやおしゃれなバーが建ち並ぶ中、長い歴史の名残や色あいを見せながらコンコンチキチンと巡行する山鉾を目にしたら、純粋に感動して、こんなふうに今の時代に伝統を連れてくることも大事なんだな、そして、一緒に未来に行くことも大事なんだなと激しく思いました。

「軽シン」にも描かれた、ネイチャーポジティブな軽井沢

京都もすごいですが、軽井沢も全国的に名の通った地域です。加藤和彦さんは軽井沢が好きだったらしく、しばしば訪れていたそうですが、僕も軽井沢とは古い縁があります。というのも、地元の群馬県高崎市で18歳になって免許を取ると、大体みんな最初に行くのが軽井沢です。碓氷峠のくねくねした国道18号のバイパスを男女のグループが乗った車で走り、旧軽井沢でコケモモソーダを飲んで、「軽井沢は賑やかだね」なんて言いながら、初めての長距離ドライブを楽しんだりしていました。

その軽井沢を舞台にした漫画『軽井沢シンドローム』、略して「軽シン」も中学生くらいだったかな、読んでいました。とんがった若者たちが軽井沢で恋愛をしたり、事件が起きたり、友情が生まれるみたいな、たがみよしひささんの青春群像漫画。キャラクターは8頭身や7頭身のスラッとしたかっこいい体型をしていますが、ギャグの場面では突然2頭身になるという新しい手法をつくった漫画家です。当時、漫画家は上京して東京で仕事をするのが普通でしたが、10代か20代だったたがみさんは一貫して小諸市に住んでこの作品を書いていました。絵のタッチも好きで、僕は全巻持っています。「軽シン」のほかにも、座敷童子や木霊といった、いわゆる精霊をテーマにした『精霊紀行』という、日本の地方に伝わる伝奇物語をモチーフにして描いた作品もあるので一度、読んでみてほしいです。

そんな感じで、僕と軽井沢の縁は18歳の頃に始まり、2003年には軽井沢で結婚式も挙げました。だから軽井沢には今でもよく行くのです。今年も行ったのですが、そのとき、なんで軽井沢がこんなに人気なのかなって改めて考えてみました。

理由の1つは、「星野温泉 トンボの湯」や「ピッキオ」の自然体験など、星野リゾートが軽井沢の自然を生かした地域づくりを行っているからでしょう。軽井沢は、まちの景観がしっかりしているんですよ。樹木の植生とかも。湿地なんですよ、軽井沢は。浅間の山岳に広がる針葉樹林の湿地だったところを、その雰囲気を残しながら、静かな別荘地に変えていったのです。軽井沢町がどこまで関与しているかは調べていないのでわかりませんが、ロードサイドを車で走るときにも、植生というのか、木々を大事に扱ったまちなみがつくられているように感じ取れます。軽井沢に来る人は必ず道路を走ります。だから、道路沿いの木々がまちなみと共生しているというのか、グリーンの使い方がとても上手だなと感じました。京都が歴史の使い方が上手だと思うのと同じように、軽井沢は自然の使い方が上手です。

「ネイチャーポジティブ」という、自然を再興させるために生物多様性の損失を止め、反転させる意味の言葉について議論が活発になっています。軽井沢は、まちに来る人やまちに宿泊する人、そして、まちに住んでいる人と行政のネイチャーポジティブ感がとても良く、この自然との共生感は各地でお手本にされるといいと思っています。看板1枚取ってみてもそう。軽井沢の別荘地ってわかりにくいんですよ、どこに行くのも迷うくらい。それは、文字情報が小さいから。目に飛び込んでくる文字を規制しているのが見て取れるし、「引きの風景」の美しさを大事にしているのがわかります。西武グループが開発した地域でもありますから、その美学が受け継がれているのかもしれません。そういう視点で軽井沢に遊びに行くのもおもしろいですよ。

軽井沢といえば、ジョン・レノンが愛したまちとしても有名です。オノ・ヨーコの別荘があったことから、息子のショーン・レノンも連れて3人で何度も軽井沢に避暑に訪れていたようです。浅間山の「鬼押出し園」にも遊びに行っていて、そこで撮った家族3人の写真はすごくかっこよくて、「鬼押出し園にこのファミリーが立てばおしゃれに見えるんだな」と群馬県出身の僕は思いました。こんなことを言うと群馬県民に叱られるかもしれませんが、鬼押出し園は軽井沢じゃないんですよね。広く「北軽井沢」とされていますが、群馬県嬬恋村です。でも、北軽井沢という地域名は全国的に市民権を得ていて、「北軽」という愛称で呼ばれて、そこに別荘を持っていることもステータスだったりします。実はこれも、地域のPR術として大事な手法なのです。

というのもこの間、ある相談を受けたのです。「日本には築地や豊洲に引けを取らないいい魚市場があるのに、インバウンドを含めて観光客は来ません。なんかいい方法はありませんかね?」という相談に、僕は即答しました。「『築地○○市場』というように、市場の名前の頭に築地をつければいいんですよ」と。僕がカレー屋さんを探すとき、店名にタージ・マハルとついていたら間違いなくおいしいと思ってしまう、あれと同じです。タージ・マハルがインドのどこにあるかほとんどの人が知らないのに、カレー屋さんの店名になっていたら、まちの匂いまで湧き立つような強い誘引力を持つのですから不思議です。日本でその誘引力を持っているのは築地です。だから、「築地◯◯市場」と書けばいいんです。法律的に問題があるならダメですけど。

京都や軽井沢も、スキー場のニセコも同じ誘引力を持っています。だから今、群馬の北軽井沢のように、長野の御代田というまちを「西軽井沢町」と呼ぼうとしているそうです。僕は御代田が大好きです。名前も綺麗ですから、そのままの地名でPRすればいいのにと思う一方で、西軽井沢からムーブメントが生まれる可能性もあると思いながらそのニュースを聞いていました。

岡谷といえば、シルク、うなぎ、釣りの餌

その軽井沢へ、神戸から車で訪れる途中、諏訪湖に隣接する岡谷市に立ち寄りました。岡谷は僕の中でとてもおもしろいまちなのです。岡谷の市議会議員に今井浩一さんという方がおられ、その方に今年の春に招かれ、まちづくりの勉強会の講師をさせてもらいました。今井さんは地域のカルチャー活動にも力を入れられて、『ソトコト』にも共感していただいているのですが、元は演劇情報誌『シアターガイド』の編集長をされていたという経歴の持ち主です。その岡谷は、実は僕にとってルーツの場所で、子どもの頃によく来ていた地域なのです。

何をしに来ていたかというと、僕の父はボイラーをつくる小さな会社を高崎で経営していたのですが、僕が小学校の頃に、「これから岡谷に行くけど一緒に行くか」と声をかけられて、「うん、行く」ってよく連れて来てもらっていたのです。別に岡谷に興味があったわけではなく、ただお父さんと一緒に出かけるのが楽しみで、途中でゲームセンターでクレイジークライマーをさせてもらえるかもしれないとか、ほかほか弁当で唐揚げ弁当と海苔弁当を2つ買ってもらえるかもしれないとか、その程度の楽しみで付いていっていたのです。父は仕事に来ていました。岡谷の製糸工場をはじめ、現場のボイラーの見回りをしていました。つまり、お得意先の営業ですね。そんな思い出もあったので、家族と一緒に岡谷に立ち寄ることにしたのです。

岡谷は、隣の諏訪市にある諏訪大社の文化が色濃い地域です。諏訪大社は縄文がルーツで、掘り下げると非常におもしろい。諏訪湖のエリアって縄文文化なんですよね。縄文時代の遺跡もたくさんあります。それほど古くから人が暮らし、独自の文化を築いている地域なのです。また、製糸やシルク産業が盛んで、経済もそれで潤った地域なのですが、僕にとっては見逃せない日本を代表する企業がここをルーツとして操業しているんです。それは『マルキユー』っていう会社です。今は埼玉県に本社があり、さいたま新都心に「マルキユー」って書かれた大きなビルが立っていて、この前、仕事で近くに行ったときに、そびえ立つマルキユービルを見て、拝みたくなるくらいの神々しさを感じたのですが、そのマルキユーが創業したルーツの場所が岡谷。そしてマルキユーがなんの会社かというと、釣りの餌をつくっている会社なんです。

岡谷は明治時代から製糸産業が盛んです。映画にもなった有名な小説『あゝ野麦峠〜ある製糸工女哀史〜』の野麦峠はもう少し西の方ですが、岡谷にはこの野麦峠を越えてやって来た工女さんがたくさん働いていたようです。工場では蚕の繭からシルクの糸を取るのですが、繭の中にいるサナギは必要ありません。その廃棄されるサナギを仕入れて釣りの餌に活用したのが『マルキユー』でした。僕にとっては、まさにローカルベンチャーの元祖と言える会社。

そういうことも含めて、岡谷は親しみを持っている地域なのですが、先ほどの勉強会に来られていた『やなのうなぎ 観光荘』といううなぎ料理店の3代目の宮澤健さんがお土産をくださったのです。それが、JAXAに認証された宇宙食の「スペースうなぎ」。僕はとてもうれしくて、お店にも食べに行きたかったのですが、そのときは時間がなく、残念ながら行けませんでした。宮澤さんは「シルクうなぎ」というメニューも開発していて、『マルキユー』と同様、シルク工場から出る蚕のサナギをブレンドした餌をうなぎに与えていて、やわらかで、ふっくらとした食感のおいしいうなぎに育つそうです。

そんな観光荘のうなぎを家族で食べることができました。ものすごい人気で、1時間以上待ってようやく席につけたのですが、宮澤さんが僕のことを覚えてくださっていて、連絡もしていなかったのに見つけて、すぐに声をかけてくださいました。ご両親も優しく声をかけてくださり、愛される老舗なんだなと実感しました。そんなうなぎ料理店が岡谷には何軒もあり、岡谷はうなぎのまちとして売り出しているのです。「うなぎ音頭」もありますよ。おもしろいのは、うなぎの焼き方。関東は背開きで白焼きにした後、蒸してから再び焼き、関西は腹開きで蒸さずに焼きますが、岡谷はそのハイブリッド、背開きで蒸さずに焼く。東と西の交通や文化が交わる地域ならではの食文化を体感しました。甘めのタレで、とってもおいしかったです。

諏訪湖に近い岡谷では、元々、諏訪湖でうなぎが水揚げされていた時代が長かったのでうなぎの文化が息づいているのです。うなぎをはじめ、川魚文化があったわけですが、今は日本全体、世界全体として天然うなぎの資源が減少していますから、諏訪湖でのうなぎの水揚げが岡谷のうなぎ料理店を存続させるだけの規模を維持することができなくなってしまっています。うなぎは豊橋など、良質なうなぎの産地で育てているそうです。でも、週末になると、そこここのうなぎ料理店には開店と同時にお客さんが並んで予約を取り、おそらく1時間以内に「今日のうなぎは終わりました」みたいな紙が貼られるくらいに大盛況でした。若い人も、先輩世代も、遠くは関西からもお客さんが来ています。その場所では獲れなくなったけれど、地産地消でなくてもその地域らしい食文化として名物を残し続けることができるということを岡谷のうなぎから学びました。

お腹がいっぱいになったところで、『岡谷蚕糸博物館 シルクファクトおかや』に足を運びました。現在もシルクを紡いでいる工場そのものがミュージアムになっていて、働いている方々の後ろを通ったり、その方に質問したりすることもでき、臨場感がありました。シルクについて学び、しかもシルク製品がアウトレット価格で買えるとあって、機織りをやっている妻は満面の笑顔で機織りのための生糸を買っていました。岡谷、とてもいいまちです。

関わりの起点となる「地域のベースキャンプ」をつくろう

2024年9月から、秋田県鹿角市で「かづコトアカデミー」という関係人口の講座がスタートしました。鹿角は「花輪ばやし」という屋台行事でも知られるまちで、旧関善酒店という1983年まで酒造りを営んでいた築100年を超える立派な建物も残されています。ほかにも、縄文の遺跡もあるし、地熱発電所もあるし、見たいもの、行きたいところがたくさんあって訪れるのを楽しみにしているのですが、旅行プランのように細かく調べてから行くというよりも、僕はまず旧関善酒店に行くことだけを目的にしようと思っています。後の行き先は旧関善酒店に着地してから決めればいいと。地域のPRもそうするべきというのが僕の考えです。「ここに行ってみたいな」と思ってもらえるような、滞留時間が長く取れる場所をいちばんにPRして、そこに来てもらったところから旅やまちとの関わりがスタートする。そこで人と出会い、好みの場所をリサーチしながら次の場所、また次の場所を見つけて訪れる。そんな関わり方が僕は好きです。地域としては、「これもあるよ」「あそこもいいよ」とたくさんの情報をPRしたいという気持ちは強くあるでしょうけれど、「コスパ(コストパフォーマンス)」とか「タイパ(タイムパフォーマンス)」っていう言葉が重要とされている今、みんなは情報処理をする時間がそこまで十分に取れないんじゃないかというのが僕の考えです。

たとえば、東北のあるまちをPRするときに、最初からそのまちのPRをすることももちろん大事なんですが、大きな分母として東北が好きな人たちに伝えるってことも必要なんじゃないのかなと思います。同じように、まちの中にはたくさんのいいものがあって、それを見てもらうための算段としては、まちの中で「椅子」となるような場所の魅力をまず伝え、そこに座ってもらって、その後にたとえば、「地元の日本酒の角打ちができるところがありますよ」みたいに伝えて、「そこ、行ってみたいな」と思ってもらう。そんなふうに地域を紐解いていく方法もありなんじゃないかな。鹿角の「椅子」になり得るのは旧関善酒店かもしれません。荷物をデポジットするように、自分をデポジットする場所。その場所から、思考できる場所とか、人とふれあえる場所とか、おいしいものが味わえる場所とか、まちに点在する素敵な場所に行ってもらうのです。

山登りにたとえると、「ベースキャンプ」かな。たとえば、南アルプスには「広河原」というベースキャンプがあります。目的とする高い山に登る前に、広河原という大きな広場のような場所で一息つき、体調を整え、高揚感を感じながら、翌日は自分が目指す山へ登る。北アルプスだと上高地の「徳沢」。そんなベースキャンプがまちの中にあれば来た人は安心でき、山にも登りやすくなる、つまり、まちを歩きやすくなるような気がします。団子の串みたいに、「1日しかないのでこの3か所を見ましょう」でもいいとは思いますが、地域の中のベースキャンプに集い、そこから自分の行きたいところへ出かけていく方が、地域に来る人たちも迷わないというか、計画も立てやすいんじゃないのでしょうか。

釣りの世界だと、ボート屋さんなんかが経営している喫茶店とか食堂がそれに当たります。朝一にボートを漕ぎ出して、「午前中はワカサギがいっぱい釣れた」みたいな感じで、お昼になるとボート屋さんの食堂へ行って、休憩がてらゆっくりしながら情報交換を行い、「じゃあ、午後からは湖の西側に行ってみようかな」みたいな話をして、出かけ直すみたいなことが往々にしてあります。ボート屋さんではなく、漁業協同組合がつくっている休憩場所みたいなところだったりもします。そこで休憩しながら情報を得て、自分の計画に組み込んで次の場所に行くみたいなことをやるので、もしかしたら関係人口や地域を訪れる人たちも、そんなふうに地域の中に気軽に戻ってこられる場所があると、地域内の複数の場所を回遊しやすいんじゃないのかな。関係案内所やコワーキングスペースや道の駅がそれに近い役割を果たしているかもしれませんが、もうちょっと、旅や関わりのベースキャンプみたいな、地域のベースキャンプみたいな、そういうものが生まれてもいいかもしれませんね。

ほかにも例えば、まちの中の入浴施設って、ひとしきり湯船に浸かった後、熱くなると出てきて休憩できる畳の部屋があって、そこに寝転がって漫画読んだりして休んで、またお風呂に戻ったりするじゃないですか。「今度は電気風呂に入ろうかな」って。あの畳の部屋と似たような感じで、行きつ戻りつできる場所を地域で用意しておけば、単純な線形の移動ではなくなるので、まちの中に滞留する人たちが増える可能性もあるんじゃないかなという気がします。

岐阜県飛騨市には「ヒダスケ!」というマッチングサイトがあります。飛騨市の人(ヌシ・プログラム主催者)がちょっとやってみたいことや困りごとや、手伝ってほしいことやプロジェクトをプログラムとしてサイトに掲載し、それを見た人が「ヒダスケ」というプログラム参加者になるという、関係人口をつくるユニークな仕組みです。

たとえば、あるきっかけを通じて飛騨市のお土産屋さんの女性と知り合い、その女性と話すのがとても楽しくなって飛騨に通うようになった男性がいます。飛騨に行ったらまずそのお土産屋さんを訪ねて女性と話すことで飛騨の1日が始まるそうです。そのお土産屋さんの女性は、男性にとって「ベースキャンプ」になっているわけです。考え方としてはそういうことです。何も襟を正して地域のベースキャンプを新たに設ける必要はありません。今まちにある場所や、元気を届けている人たちが地域のベースキャンプになればいいのです。関係案内所の次のステップとなり得る地域のベースキャンプをつくることも、地域をPRする手法として効果的な一歩になるはずです。(つづく)

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