「日本一寒い町」とされる北海道・陸別町。ほかにはない寒さと自分の経験とを掛け合わせ、ユニークな仕事を次々と生み出しているのが秋庭智也さんです。「生きることが『仕事』になる」を理想として、妻・ひとみさんとともにシンプルな暮らしから生まれる仕事、働き方を実践しています。
日本一寒い町の強みを活かして働く。
厳冬期にはマイナス30度以下になることもある「日本一寒い町」の北海道・陸別町。秋庭智也さんはこの町で、人生経験を活かしたさまざまな仕事を生み出している。寒さを強みにしたマーケティングやPR支援を行う『寒冷地デザインセンター』の運営、特産品や観光資源を利用した商品開発に携わる「陸別町地域ブランドプロデューサー」、「旅するように働く」をコンセプトに、自らのキャンピングカー『akivan』を「移動式オフィス&PRメディア」と位置づけ、「旅する『sigotoba akivan』ツアー」として全国を旅することなどだ。
秋庭さんは東京都荒川区出身だが、子どもの頃には夏休みのたびに母親の出身地である陸別町に遊びに来て、自然を満喫する日々を送った。
大学生になると発展途上国の支援ができる仕事を就職先として考えるように。しかし結果的に就職したのは、当時黎明期だったIT企業『サイバーエージェント』。留学をしたイギリスの大学院での学びと、趣味だったアジア、ヨーロッパ、北米などの旅を通し、これからの時代はネットが社会のインフラになり、どんなことにせよ不可欠になるだろうと考えたのだ。同社では3年弱働き、ウェブプロデューサーとして、数百万人規模のユーザーを対象としたビジネスモデルを開発した。
「仕事はエキサイティングで楽しかったです。ですが、もっと実体を感じられることをしたくて退職しました」。
その後は1年かけて中米諸国を旅し、学生時代から興味を持っていたフェアトレードへの関心が高まった。求人メールマガジンでフェアトレードを打ち出している国際協力NGOを見つけ、すぐに応募した。
「その求人内容が、『インターネットが得意な人』で、大好きな南アジア諸国のネパール、バングラデシュがプロジェクト地。これこそ自分の仕事だ、と思いました」。そうして就職したのが、日本の途上国支援の草分け的存在ともいえる『シャプラニール』。性産業に従事する女性の収入確保のための手工芸品や、その場所の資源を使った商品をフェアトレードで販売する活動などを行った。
約10年働き、やりがいも感じていたが、少しずつもっと自給自足的な生活をしたいと思うようになった。そんなとき、陸別町が「地域資源を活かした特産品開発」ができる地域おこし協力隊隊員を募集していると知り、コンタクトを取った。
海外支援の価値観を、日本の町おこしに。
「途上国も大変ですが、日本国内も過疎化や職人、後継者不足などで大変な状況になっています。海外の仕事で得た経験を、日本の、縁のある地域の課題解決に活かしたいと思いました」。こうして2012年10月から、陸別町で暮らし始めた。
陸別町の地域おこし協力隊隊員となった秋庭さんは、求められていた「特産品開発」に、「海外協力の経験」や「フェアトレードの考え方」を足して、自分にしかできない、新しい付加価値のある商品をつくろうと考えた。コンセプトは「地域ファーストで、海外も元気にする」だ。
13年4月にまず販売を行ったのは、不用資源とされていた鹿肉を使った「りくべつ鹿ジャーキー」だ。「原材料には、日高の昆布や十勝のワインなど、北海道の素材を選びました。北海道にないスパイスなどはフェアトレードで輸入された海外のものを使いました」。
同年12月には、フェアトレードのチョコレートを仕入れ、公募した陸別町の風景写真をパッケージにした「りくべつまちチョコ」を発売。パッケージの写真は町の小・中学生の人気投票で決め、彼らの絵も使った。
これらと同時進行で挑戦していたのが、冬でも暖房を使わない「無暖房生活」だ。登山が好きで、冬山に慣れようと以前から無暖房生活を送っていたが、陸別町でも同じことを続けた。
「与えられた環境を工夫して楽しみたい、できるだけシンプルに暮らして四季の移り変わりを感じたいという理由のほか、誰にも負けない何かを持って自信にしたかったこともあります」。
15年に協力隊を卒業後も、無農薬の完熟えびすかぼちゃを利用した「陸別産えびすかぼちゃのポタージュスープ」などの商品開発に携わったが、転機となったのが、大阪府にある肌着メーカー『アズ』の「粋肌着」との出合いだ。
「陸別町外の近隣スーパーで偶然見つけて、暖かさに驚きました。無暖房生活を送っている僕なら説得力のある宣伝ができると考えました」。
『アズ』へメールを送ると、「ぜひお願いしたい」と返事が。町内の約40人にもモニターになってもらい、「日本一寒い町『北海道・陸別町』で認められたあたたかさ」というキャッチコピーで宣伝した。この活動をきっかけに『寒冷地デザインセンター』を立ち上げ、ほかの商品や企画も取り扱うようになった。
「生きる=仕事」を、旅をして実践。
「この経験から、理想の働き方は時間と枠に縛られず、『生きること』そのものが『仕事になること』だと考えるようになりました」。
そのひとつの実践として、2017年から毎年、キャンピングカー『akivan』で全国を回っている。旅するライフスタイルを見せ、自身が請け負っている商品や陸別町のPRなどを行っている。
「登山や無暖房生活もそうですが、旅を続けていると、『生きるために本当に必要なもの』とは何かがわかります。登山を重ねて『冬山には最低、これくらいの装備が必要』と実感するのと同じように、生活には最低限どれくらいのお金が必要なのかがわかったり、『シンプルな暮らしで十分だ』と気づけます。そんな暮らしから、『豊かな生活』や『自分にしかできない仕事』が生まれると感じました」
そんな秋庭さんだが、18年2月にもうひとつ転機が訪れていた。陸別町の極寒を体験できる「しばれフェスティバル」のボランティアだった益子ひとみさんと出会い、同年5月に結婚したことだ。
「これまで社会のため、地域のため、自分のためと、フォーカスするポイントをどんどん小さくシンプルにしていった結果、無暖房生活やキャンピングカー生活をするようになりました。それで満足はしていましたが、どこか極端だとも感じていました。今は『二人のため』という新たな視点が生まれ、感動を分かち合いながら生きることを模索しています」。
秋庭さんが手がける仕事です。
陸別町に地域おこし協力隊隊員として移住した秋庭さん。それから7年。協力隊卒業後もいろいろな「仕事」をつくってきました。
陸別町地域ブランドプロデューサー
『陸別町振興公社』から業務委託を受け、特産品や資源を利活用した商品開発やプロデュースをする。町の人々と協働することも。加工も町で行い、雇用を生むようにしている。
『寒冷地デザインセンター』代表理事
陸別町ならではの寒さを活かしたPRなどを行う活動を法人化。『アズ』の「粋肌着」、凍らず、アウトドアにも向いた、天然素材由来の歯磨きペースト「ORALPEACE」(開発・販売『トライフ』)などを扱う。
『akivan』オーナー
キャンピングカー『akivan』で全国を旅し、イベント参加や講演、地域や関係商品のPR、ワークショップを行うほか、車自体を住まいや仕事場所とする。今年からひとみさんも同行。
ラジオ・パーソナリティ
帯広のコミュニティFM『FM JAGA』で月1回、パーソナリティを務める。アウトドアの魅力などを伝える。
『Outdoor Neighborhood』役員
クッション付きの矢で対戦するスポーツ「アーチェリータグ」の公認ライセンスを日本で初めて取得し、普及に務める。