「問い」を持ち、「行動する」生徒たちをアジテート。
この春から『新渡戸文化小中学校・高等学校』の理科を受け持つ山藤旅聞先生。
SDGsをどんなふうに授業に取り入れているのか、いないのか。
「不要なら取り入れなくてもいいよ」。生徒にそう語りかける真意とは?
SDGsは、未来を実現する「手段」。
教育の分野では、SDGsが「教材」に取り入れられている。東京都中野区にある『新渡戸文化小中学校・高等学校』に2019年度から着任し、理科(生物)を担当する山藤旅聞先生も、SDGsを授業で活用している。
ただ、山藤先生はSDGsそのものを教えてはいない。「SDGsが何年に採択され、何か国がサインして、目標やターゲットは何個あってというテストに出そうな知識よりも、大事なのは、生徒が自分の未来をつくるためにSDGsの目標が必要かどうかを考えること。SDGsは目的ではなく、あくまで理想の未来を実現するための手段の一つですから」と山藤先生は言う。自身の未来を設計し、そこで幸せな暮らしを送れるかどうかを測る世界共通の「モノサシ」に、SDGsを使うのだ。
「幸せな未来を描くには、時流を読み解くことも大切です」と山藤先生。「社会はこれからどんな動きをするのか。人生100歳時代の長寿命社会、リアル感が増してきた気候変動、AI(人工知能)や自動走行車、IoTなどの活用で社会課題を克服するソサエティ5.0の社会。そんな時流の一つに、SDGsも挙げられます。世界の誰かの笑顔を奪っている17の課題の何番が気になるのか。みんなで話し合ったら、理科の教科書を開き、関連している部分に付箋を貼ります。一通り教科書にマークし終えたら、SDGsを使った授業はいったんおしまいです」。おしまいにはなるものの、生徒たちは教科書を開くたびに、その学びがSDGsという世界共通の課題につながっていることを意識する。「学びの先に、どんな世界が広がっているのだろう?」と。その先は、生徒一人ひとりが考えることになる。山藤先生は、「僕はあえて声をかけません。SDGsに関心を持った生徒が、『先生、SDGsの12番について考えたんだけど』と言ってくるのをひたすら待ちます」と笑顔で話す。
必要以上に介入せず、生徒を「手放し」にするのも山藤先生のスタイル。ブータンへ研修に行った際に学んだ教育方法だそうだ。「全員が理解できる楽しい授業を目指すあまり、僕は教えすぎていたのです。手放しにすることで、僕が教室にいなくても自分で考え、行動できる力を身につけてくれたら」と言う。
この日は、着任後初めての授業。長きにわたって同じ学校で教鞭を執ってきた先輩教諭、英語担当の山本崇雄先生と一緒に行う「英語×理科」の共同授業だ。「1年後、どんな自分になりたいですか?」と生徒に問いかけたのも、大きな未来を描くための予行演習と言えそうだ。
「手放し」にすることで、生徒が自ら動き出す。
SDGsが必要かどうかも、生徒の判断に委ねる。
つくるのは自分の未来だから。
生徒たちが発案する、
ユニークなプロジェクト。
生徒たちがどうすれば地球のことを考え、生物の学びを自分事化できるのか。それは、山藤先生の教育者としてのテーマだ。答えはなかなか見つからなかったが、あるとき、世界一周途上国の旅から帰ってきた、大学生になった教え子が山藤先生にこう言った。「社会課題のすべてがボルネオにあります」と。その言葉に導かれ、山藤先生はボルネオ島を訪れた。「ボルネオ、とんでもなかったです。伐採された熱帯雨林と野生動物、地平線まで広がるアブラヤシのプランテーション。それを消費する日本と、経済が潤うマレーシア。さまざまな社会課題が混在していることに気づき、考えが一変しました」と山藤先生。
国連がSDGsを採択したのもその頃で、「これは活かせる」と山藤先生はSDGsを授業に取り入れつつ、生徒を募ってボルネオのスタディツアーに出かけた。「僕が変わったことで、授業を受ける生徒たちの反応も変わりました。生徒が自分で動き始め、ユニークなプロジェクトが立ち上がり始めたのです」。
例えば、脱プラスチックに関心を持つ生徒が、自動販売機を使って消費者を啓発できないかと、寄附型の自販機を考案。マイボトルに飲料を注ぐ設計に変えることで、浮いたペットボトル代を寄附できる。たまった寄附でボルネオの森をトラストし、野生動物の生息地を守るというアイデアだ。「今、どれくらいの広さの森を購入できるかというメーターもついた自販機の製作を、大手清涼飲料メーカーへプレゼンに行きました」。
寄附型の自販機、徹底的なトレーサビリティ。
数々のプロジェクトが、高校生から発案される。
小学生の案も乞うご期待!
また、トレーサビリティに興味を持った生徒は、商品につけるQRコードから、その商品の生産に携わった農家や漁師、運搬した運転手や卸業者の社員の年収、陳列したアルバイト店員の時給、さらには商品を廃棄して堆肥にする場合はそのコストなど、お金の流れをすべて見える化するというアイデアを発案。「一つの商品に多くの人の手がかかり、お金が動いていることを知れば、食品ロスできないでしょうと、日本サステイナブル・ラベル協会にプレゼンしました」。そんな、生物の授業と社会課題とを紐付けたプロジェクトが30も40も動いているという。これらは以前に勤めていた都立高等学校・附属中学校の生徒の例だが、新たに着任した『新渡戸文化小中学校・高等学校』の生徒にも、そうしたプロジェクトを立ち上げてほしいと期待を寄せる。その土壌をつくるためにも、山藤先生は自らに「学校デザイナー」という肩書をつけて活動している。従来のカリキュラムに固執しない、教科を横断したプロジェクトベースの授業が実施できるよう、学園に働きかけていくそうだ。「3年ほどかけてアップデートしていくつもりです。授業や学校のあり方をデザインすると同時に、先生の働き方もリデザインしたいと考えています」。
SDGsが幸せな未来をつくるための手段であるように、山藤先生自身と生徒が学び、成長するためのこれも一つの手段なのかもしれない。「はい、手段です」と笑みを浮かべる山藤先生。持続可能な社会を実現させるために、SDGsも、学校も、あらゆる手段として生徒は利用してかまわないのだ。未来は大人のためではなく、彼ら彼女らのためにあるのだから。