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特集 | まちをワクワクさせるローカルプロジェクト2

本業は横須賀市の職員、副業は一般社団法人の代表。すばやく、やわらかく、まちの課題に応える。

雑誌『ソトコト』編集部

雑誌『ソトコト』編集部

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主は横須賀市職員、副は『KAKEHASHI』でいる働き方。

地方公務員の自治体職員が副業として一般社団法人『KAKEHASHI』を立ち上げた。自分たちの働く環境をつくり、まちに出ることで可能性が広がっていく。

目次

市民の声を聞き続けて、まちに対する思いを知る。

柔軟な働き方が広まり、会社員の副業を認める企業が増えてきている。地方公務員の兼業・副業については許可が必要だ。2017年に兵庫県神戸市が副業に関する規定を独自に設けた先進的な事例があるものの、それに続く目覚ましい動きはあまり見られなかった。そんななか、20年5月に神奈川県横須賀市の職員が初めて一般社団法人『KAKEHASHI』を立ち上げて、副業を行っている。

約3260人が働く横須賀市役所。

高橋正和さんと山中靖さんが共同代表を務める『KAKEHASHI』の始まりは、設立2年前の同市職員を対象に実施された研修がきっかけだった。この研修は、まちの声から課題を見つけ出してそれらを解決するための政策提案を行うという内容で、高橋さんはさまざまな気づきがあったという。「私たち行政職員は、当たり前に安心して暮らせるためのルールづくりを行うのが仕事です。実際には事務的な作業をする時間が長いので、市民が活動する昼間に外出することが少なく、現実から課題を感じ取れないこの状況はよくないと思いました。そして、まちに暮らす人の声を聞く中で、同世代からは市政に対するお叱りの言葉を受けながらも前向きな意見もたくさん頂きました」。この活動に意義を感じて研修後も自主的に続けた。SNS上でDM(ダイレクトメッセージ)を送って直接会う約束をとりつけ、話を聞いた人の数およそ50人。これに加えて、横須賀市役所職員の有志と同市内で働く人・暮らす人を集めて定期的に勉強会を行い、それぞれの事業や活動について学び合った。

ラーニングワーケーション事業では、2023年8月に地域の海を守るために子ども向けイベント「海とミライのがっこう」が実施された。取材当日は、この事業の最終報告会が行われていた。

副業を認めてもらうため、市長に直談判。

この自主的な活動に対する熱い思いが増してくる一方で、高橋さんは自己資金で続けることの難しさも感じていた。継続性があり、またほかの公務員にも汎用性がある活動にするには? と悩んでいたところ、知人から法人化するアドバイスを受けた。「私自身、公務員が副業できるとは勉強不足で知らず、調べてみると各自治体の決定権を持つ人から許可を得られれば可能だと分かりました」と高橋さん。法人化すれば必要な経費は資金から捻出したり、法人名義の名刺を持って活動できる。さらには、一般社団法人にすることで、非営利でありながらしっかり“稼ぐ”ことを意識した。「私たち公務員は、弱い立場の人を救う社会福祉事業が優先されるべきだと思っています。それはお金を稼ぐ事業ではないので、資金源は住民税によるところが大きいのですが、人口減少が進むにつれて住民税が減っていったとしても社会福祉を削減するわけにはいきません。個人の自由が尊重されるべき結婚や出産を行政が勧めることはできず、人口を増やして住民税を維持することは不可能なため、新しい仕組みが必要だと感じました」。それは、“公務員ではない立場”からまちに対する思いがある人たちを応援して、事業や地域づくりを躍進させる仕組みだった。

「いいチームには自身とは全く違うタイプの人間が必要」という理由から、研修後の自主活動と勉強会にも参加していた同市職員の山中靖さんを共同代表に誘って、法人設立に向かって動き出した。同市長に会う機会を周到に整えてから、数枚にまとめた事業内容を市長に直接説明して、設立を認める返事をその場でもらった。その後、同市で副業認可の手続きに2か月ほどを要してから無事に法人を設立。熱い思いをつなげる“架け橋”
になりたいという思いを込めて、法人名は『KAKEHASHI』と命名した。

スピード感と柔軟性を持って、まちの課題に応えていく。

2020年5月に設立してから約3年半、『KAKEHASHI』はさまざまな事業に取り組んできた。最初の年は、自分たちで開発した商品第1弾としてニンジンとカボチャからつくった無添加・無着色のピュレ「SUCOYACA Puree」を販売。こだわって栽培したけれど大きく育ち過ぎたり、傷がついたりした地元野菜が適正価格で取り引きされていない課題と、子育て中の家庭では離乳食づくりに苦労しているという課題の両方を解決するために開発した。また、コロナ禍で売り先がなくなってしまった生花店を助けるため、自宅で生け花が楽しめる定期便サービスを実施したり、地域の産品をふんだんに使った「よこすか海軍カレー」の販売支援をしたり。さらには、幼少期から段階的に性について学ぶ「命の教育『命育R』」の実施も。社会で子どもや女性が被害を受けてしまう根本原因の一つには、性についての知識が身についていないと高橋さんは考えたからだった。

事業の一つ、性に関する知識を学ぶ「命育®」のWEBサイトとアプリ。画像提供:性教育サイト『命育®』

22年からは、企業の人材育成支援を行う『日本能率協会マネジメントセンター』からの依頼でラーニングワーケーション(越境学習)を実施。地域社会への貢献を事業の軸に据えて電子通信業を行う『NTT東日本』のメンバーが横須賀市を訪れて地域課題を探り、プロジェクトの実行を通じて社会課題起点のビジネスを経験するという取り組みだ。

ラーニングワーケーション事業に参加した『NTT東日本』の社員が、走水町内会の会長に地域活動について報告。

「『KAKEHASHI』は地域活動をする人や生産者を紹介するなど、企業と地域をつなぐ役割を事務局として果たしながら、地域側の視点の提供や問いかけも行っています。2年目になる今回は、漁師をしながら浜辺で『かねよ食堂』を営む金澤等さん(通称:ジョンさん)の地域の海岸を守りたいという思いを起点に、何ができるかを探りました」と山中さんは説明した。このような事業で”稼ぐ“仕事のほかにも、これまでの事業で得た利益を地域に還元する活動も行い、子育て関連施設に教育玩具を、市内すべての少年野球チームにはボールを寄付してきた。

ラーニングワーケーション事業の最終報告を行う参加者たち。
の最終報告会の会場になった『かねよ食堂』。地域の視点として、今回関わってもらっていた漁師のジョンさんが営む。

高橋さんに今後の目標について聞いてみると意外な答えが返ってきた。「数十年先を見据えた事業計画はありません。それは本業の公務員のほうで取り組んでいるので。『KAKEHASHI』は小さい法人であるがゆえにスピード感や柔軟性を持って、今の社会が必要としていることを感じ取って動くようにしています。私にとって最も大切なのは家族、次に仕事という順序があるから、活動にのめり込み過ぎないことも心がけています」。

『KAKEHASHI』での活動をあくまでも副業と位置づけるのは、地域を守り、応援する気持ちを持続させていきたいからこそ。副業というスタイルで取り組む公務員たちが、地域の未来を明るくしていきそうだ。

海とともに暮らす人たちがいる横須賀市の風景。当たり前の日常を維持することも課題の一つ。

『KAKEHASHI』のみなさんの、ローカルプロジェクトがひらめくコンテンツ。

Website:ダイアモンド・オンライン
一つのことを追究するより、広く吸収していくタイプなので、このwebsiteでいろんな情報を得ています。ライフハックのような内容も好きですね。何かを掛け合わせて新しいことを考える、そのヒントになっています。(高橋正和さん)

TV:家、ついて行ってイイですか?(テレビ東京)
この番組を放送する『テレビ東京』が手がける、一般の人を起用した番組づくりが好きで、ほかの番組もよく見ています。インタビューで一般の人の本音やおもしろさを引き出すディレクターの技や編集する人たちに感心しています。(高橋正和さん)

Audiobook:サピエンス全史 上・下
ユヴァル・ノア・ハラリ著、柴田裕之訳、和村康市ナレーション
人類史を紐解いた本を耳で聴くオーディオブック『audible』です。手軽さもあって、10回以上聴きました。限られた時間の中で質の高いコンテンツを得るように心がけて、世の中で起きていることを俯瞰するヒントを得ています。(山中 靖さん)

photographs by Mao Yamamoto text by Mari Kubota

記事は雑誌ソトコト2024年2月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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