たとえば、あなたは普段、家の冷蔵庫の中身をすべて使い切っているだろうか? 使いきれずに腐らせてしまった野菜や、賞味期限切れの食品たち。ついつい買いすぎてしまって、そのまま食べる機会を逃して消費期限を迎えてしまう、なんてこともあるのでは?日本でも深刻な食品ロスの問題。家での食事が増えている今こそ、普段の食事や食べ物について、改めて考えてみよう。そうすれば、美味しく、ハッピーに、人生が変わるかも。
福島から鹿児島まで、1600kmのおいしい旅に出よう。
今年8月8日(土)から全国で公開される、映画『もったいないキッチン』。日本全国を巡り、日本の食品ロスの現状やその解決方法を探りながら、各地で美味しい料理に出会うロードムービーだ。
監督を務めるのは、食料救出人としても活動する、ダーヴィド・グロス。前作『0円キッチン』では、ヨーロッパ5カ国を旅しながら廃棄食材を美味しい料理に生まれ変わらせ、多くの人のお腹を満たしてきた彼が、今作では日本を舞台に、“食”に向き合う旅に出る。
世界的に深刻な社会課題でもある“食品ロス”だが、この映画が纏うのは、決して眉間にシワを寄せるシリアスさではない。日本各地で出会う人びととの食事を通して、“食”というものが本来持っているはずの豊かさ、その本当の意味に気づかせてくれる、ハッピーと楽しさに満ちた作品だ。
“もったいない”の発祥、日本の食品ロスは世界トップクラス。
今、世界では、全世界で生産される食料のおよそ3分の1が捨てられてしまっているという。その量は重さにして13億トンにもなる。一方、世界で飢餓に苦しむ人びとは8億人を超える。その捨てられてしまっている食料が、必要な人へ届くようにするにはどうしたら良いのだろうか?
こうした食品ロスの問題は、日本でも深刻だ。古くから“もったいない”という独自の考え方を持つ日本だが、食品ロスの量は世界トップクラス。国内の食品ロスは、年間643万トンと推計されており、これは国民一人あたり毎日おにぎり1個分が廃棄されていることになる。つまり、毎日1億2600万個のおにぎりに相当する量が廃棄されているのだ。また、年間643万トンのうち、その半分弱にあたる291万トンが、家庭から出される食品ロスだとされており、私たちが生活の中でできることも数多くありそうだ。
食品廃棄は、出荷しても売れない規格外野菜や、コンビニやスーパーなどで販売期限が過ぎてしまった商品、そして一般家庭でも買いすぎて食べきれなかった食品が廃棄されるなど、さまざまな場所と理由で起こっている。しかし同時に、日本古来の“もったいない”という精神を体現するように、日本各地では“食”や“環境”、“社会”に向き合う人びとがいる。映画の中では、精進料理を目隠しで食べる体験や、ねぎ坊主まで丸ごと使って調理するフレンチシェフ、野山が食在庫のおばあちゃんとの出会いなど、さまざまな人や食事との出会いを通して、食品ロスはもちろん、食や環境への向き合い方を考えるヒントをくれる。
これまで、さまざまな社会課題をテーマにした良質なドキュメンタリー映画を配給してきたユナイテッドピープル。この『もったいないキッチン』は、そんな彼らが初めてプロデュースし、制作にも関わった作品だ。ドキュメンタリー映画を約10年間配給してきて、なぜ今、映画の制作に至ったのか。その経緯や制作の様子、そして『もったいないキッチン』に込めた思いについて、プロデューサーの関根健次さんに話を訊いた。
関根さんが、映画に込めた思いとは
食材救出人・ダーヴィドと、“もったいない”精神の出会い。
前作の『0円キッチン』(2015年公開)もそうですが、今作も“食品ロス”という深刻な社会課題に対して、あくまで美味しくハッピーに解決方法を考える作品になっていて、本当に楽しく拝見しました。前作からの続編ということですが、今作『もったいないキッチン』の制作に至ったのはなぜだったのでしょうか。
一番大きいのは、監督、ダーヴィド・グロスとの出会いだと思います。『0円キッチン』で、世界の食品ロスを美味しく楽しく解決しようという彼の試みに、非常に僕自身も感銘を受けましたし、「こういうアプローチがあるのか」と心が躍る思いでした。そんな彼を日本にお招きしたときに、『0円キッチン』を観た方々から「この映画は“もったいない精神”についての映画だよね」と多くの方に言われて。そこで、ダーヴィド自身が“もったいない”という言葉と考え方に出会うんです。しかしながら、“もったいない精神”を大切にしてきたはずの日本で、年間600万トン以上の食品ロスが生まれているという状況がある。そういった日本の状況にふたりで同時に直面して、「なんとかしよう」と意気投合したことが大きかったと思います。
今作が初のプロデュース作品ということですが、なぜ今、ユナイテッドピープルとして映画制作に取り組もうと思われたのですか。
実は、過去にも「こんな映画を作ろう」っていうアイデアがちらほらと生まれてたんですね。しかし実際の着手に至れなかった理由というのは、やっぱり監督との出会いだったのかもしれないです。僕自身、プロデューサーになるつもりはあったんですが、監督そのものはできない。そのときに、ダーヴィド・グロスという信頼できるパートナーが見つかり、そしてふたりとも全力で向き合える日本の食品ロスの状況もあったので、すごく自然な流れで映画を作ろうとなったんです。
関根さんご自身としても、以前から食品ロスの問題に対する危機感があったのですか?
ユナイテッドピープルでは、映画配給を始める前から寄付のWEBサイトをずっと運営していたこともあって、常に食料支援、世界の貧困、飢餓といったことには、関心を強く持ち続けてきました。世界には、世界中すべての人たちが食
べるのに充分な量の食料が存在しているのに、さまざまな理由で食べ物を捨ててしまっている。でも、工夫すれば必要な人に必要な食べ物が届けられる。こういったことは今も考え続けています。
なるほど。では、常に問題意識があった中でダーヴィド監督と出会ったことで、自然と映画制作の道が開けていったのですね。
そうですね。ダーヴィドと「『もったいないキッチン』を作ろう」と決めたときは、本当に自然な流れだったので、ある意味何の気負いもなく「ああ、やるんだな、俺」みたいな(笑)。そんなノリに近い感じでしたね。でも、2017年10月に、ロケハンで実際に日本各地を旅していろんな方にお会いしたことで、映画制作の気持ちが確信に変わりました。世界中に伝えるべき、“もったいない”アイデアがたくさんあるなあ、と。これは本当に役に立つ映画ができるなと確信しましたね。
失敗に終わった、1度目のクラウドファンディング。
『もったいないキッチン』の制作にあたって、クラウドファンディングで資金集めもされていましたよね。
その2017年にロケハンをしながら、クラウドファンディングも同時に行っていたんですが、残念ながら失敗に終わってしまったんです。All or Nothing(※)でやっていたので、目標金額に達さず、結果0円になってしまって。それで、作る気はあるけどお金が集まらないっていうので、一旦は落胆するんですね。その間にも、ダーヴィドは『0円キッチン』のプロモーションで何回か日本に来ていたんですが、日本で廃棄食材を使ったクッキングイベントを開催したときに、ある日本人の女性と出会って、そのまま恋に落ちて結婚するんです。
(※)クラウドファンディングの募集方式のひとつ。目標金額を達成した場合のみ、支援金が受け取れる方式。
ええっ! すごい、運命的ですね。
一度は資金集めに失敗したんですが、彼らが『0円キッチン』を通じて愛を育んで結婚までしたので、そしたら今度は“映画”という果実を実らせなければいけないなと。そこで、僕の中ではさらなる決意が生まれたんです。そして、借金してでもこの映画を完成させるという気持ちを持って、もう一度、今度はクラウドファンディングサービスではなくて、ユナイテッドピープルのWEBサイトの中の1ページに、めちゃくちゃ気持ちを込めた長ったらしい文章をずらずらと書いて、再度呼びかけをして。そしたら、目標資金が集まったんです。
「スーパーで買うものは何もない」野山の野草と共に暮らす、おばあちゃん。
実際の制作では、4週間かけて日本中を巡り、“もったいない”を体現する方々にたくさん出会う中で、どんなことが印象に残っていますか?
本当に素晴らしいひとにたくさん出会ったので、どれかひとつを選ぶことはすごく難しいです。ただ、一番印象に残っているのは、京都で暮らす、当時82歳の若杉おばあちゃんですね。彼女は「野山が食材庫」と言っていて、歩いていると「あれも、これも食べられるのよ」と教えてくれるんです。現代人には、野草は食べられないという認識があるかもしれませんが、彼女にとっては宝の山。四季折々、自然の恵みとして勝手に生えてくる野草を、彼女は必要な量だけ摘んで、そして工夫して美味しい料理にして食べる。そうやって自然なリズムの中で生きるということが、実は健康につながっているんですよね。このおばあちゃんと出会ってから、僕も植物を写すと何の野草か教えてくれるアプリを入れて、野山に行っては食べられる野草を摘んで、実際に料理して食べてみたりしています。
ローソン役員の前で見せた、ダーヴィドの“食材救出人”としての顔。
4週間もずっと旅に出ていると、苦労も多かったのでは?
道中、やっぱり何かしら起こるんですけど、すごくラッキーが続いた撮影でした。天候も、取材が終わってから雨が降るとか、晴れてほしいときにはバッチリ晴れるとか、幸運が重なりましたね。
とはいえ、たしかにトラブル等もいくつかあって。現場が凍りついた瞬間が一度だけありました。それは、ローソンを訪問したときに、ダーヴィドが賞味期限切れのパスタを「まだ美味しそうじゃないか。僕だったら今すぐにでも食べるけどな」と言って、対応してくれた役員の前でパスタを手づかみして、上から口に入れるようにして食べて見せたんです。しかも、そのときに「何を恐れているんだ?」と挑戦的なことを言うんですよ。このときは現場が凍りつきましたね。もしかしたら、そのせいでローソンのシーンが使えなくなってしまう可能性もあったわけで。だからそのあとは、僕と喧嘩です。「なんてことするんだ、行き過ぎじゃないか」って。結果的には大丈夫だったのですが、この瞬間は、ダーヴィド・グロスが映画監督ではなくて、食材救出人としての顔を一番出したところなんですよね。なぜそんなに日本人は、賞味期限や消費期限にこだわっているのか、と。期限が切れても、まだ食べられるのであれば食べればいい、ということを彼は自然に考えているんですよね。
“食べる”ということは、“命をいただく”ということ。
『もったいないキッチン』では、日本各地で真摯に“食”と向き合う人びとの取り組みや考え方が数多く紹介される中で、自分でも「これならできそう」「こんな取り組みがあるんだ」と考えながら観られる映画だと感じました。制作の中で、何か意識されていたことはありますか?
一番は、命ある食べ物への畏敬の念、それこそ「もったいない」と思う気持ちや、命あるものを有り難くいただくという気持ちを思い出してもらえたら、ということですかね。そうすると、
自然と普段の行動が“もったいない”を解決する行動に変わっていくと思うんです。だから映画の中では、「こうするべきだ」というような、“食品ロス”に対する具体的な解決方法はあえて提示しないように意識したつもりです。映画の中で紹介している、さまざまな人との出会いや、食品ロスへのアプローチ方法から、「こういうやり方があるのか」というような気づきが生まれたらいいなと思っていますね。
『0円キッチン』の続編として制作された『もったいないキッチン』ですが、前作よりもさらに広いテーマを取り上げていますよね。
そうですね。同じ“食品ロス”をメインテーマに据えながらも、それに関連して、プラスチックのゴミ問題や地熱発電といった自然エネルギーにもフォーカスを当てています。食べ物をより美しく見せたり、保存効率を上げるためにプラスチックが使われることが多いですが、一方で、海洋プラスチックゴミの問題も生まれるわけです。そういう過剰なプラスチック包装などの“もったいない”にも踏み込んでいますし、地熱発電の自然エネルギーを活用しないことも“もったいない”ということで、熊本県小国町の地熱発電と蒸気を使った「地獄蒸し」という料理方法を取材しています。なので、今回は食品ロスだけではなく、サスティナブルなライフスタイルへの転換という意味でも、ヒントがある映画だと思います。
みんなで楽しく食べることが、食品ロスの解決にもつながる。
映画を観た人には、どんなことを感じてもらいたいですか?
“食品ロス”という社会課題をテーマにしていますが、この映画って、すごく楽しくて、美味しくて、お腹が空く映画なんですよね。この映画を見ると、きっと料理を作りたくなったり、作った料理を誰かと共有したくなったりすると思います。そうするとそこに出会いが生まれて、コミュニティが生まれて、そしてコミュニティから社会変革が生まれていくと思っていて。実際に残り物の食材を集めてみんなで料理してみると、「これはこんなふうに料理ができるんじゃない?」とか「このスパイスを加えたらどうなるんだろう?」とか、本当に楽しいんですよね。実はそんなことがたくさん表現されている映画でもあるので、そういった楽しさが伝わるといいなと思っています。
今は新型コロナウイルスの影響がまだ残る時代を私たちは生きていますが、いつか状況が改善されたときには、映画を観たみなさんと一緒に「もったいないキッチン・パーティー」が開催できたらいいなと思っています。みなさんと出会えることを楽しみにしています!
映画『もったいないキッチン』
2020年8月8日(土)より、シネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺他、全国順次ロードショー。
公式サイトはこちら
監督・脚本:ダーヴィド・グロス
出演: ダーヴィド・グロス、塚本 ニキ、井出 留美 他
プロデューサー:関根 健次
制作・配給:ユナイテッドピープル
配給協力・宣伝:クレストインターナショナル
2020年/日本/日本語・英語・ドイツ語/16:9/95分