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サスティナビリティ

連載 | テクノロジーは、人間をどこへつれていくのか

仮想オフィス

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 現実の世界にはオフィスがない。オフィスがあるのは仮想空間(Web)の中。1万2000人を超える従業員はアバターとなり、仮想オフィスに出社。会議や研修、同僚とのコミュニケーションは顔を合わせずに行う。北米の不動産会社『eXp Realty』はナスダックに上場する現実の企業で、このスタイルで業績も株価も急成長させている。

 業務だけではなく、アバターとして会議の合間に同僚と雑談したり、フリースペースで休憩時間を楽しむ。居住地の制限や通勤の負担をなくし、物理的なオフィスよりもエネルギーを節約できる。

 夢物語ではなく、実践して成果も伴っている同社は、未来の働き方そのものだ。

 電話が誕生して以降、特にインターネットが普及してからは、対面でなくても一定の仕事が成り立つことは誰しもが体感している。オンラインサービスをフル活用すれば、直接会うよりもむしろ効率的に業務を遂行できる。僕も遠隔会議が人一倍多く、遠く離れた海外にいる従業員との打ち合わせの大半がWebを介している。

 画面を通して互いの顔も見えるし、資料の共有にも不便がない。だったらいっそのこと、ビルの中にオフィスを持たなくても、わざわざ海外出張しなくても済むのではないか。周囲のビジネスマンは仮想オフィスで働くことをどう思うか、聞いてみた。

 「おもしろいけど、オフィスがなくても仕事が成り立つかが不安」「通勤ラッシュを回避できるのはうれしいものの、同僚と会わないで毎日過ごすのも寂しい(一方では嫌いな上司と顔を合わせずに済む)」「顔を合わせてやり取りすると仕事がるんですよね」など、期待しつつもね懐疑的。

 もちろん、『eXp Realty』にも課題がないわけではない。同社幹部は、仮想オフィス内の従業員は自分の仕事だけに集中しがちで、同僚との会話量が少ないことを指摘している。オフィス環境にバーをつくるなど、互いのつながりを強める改善を続けているので、乗り越えられそうな課題ではある。何しろ、これほど多くの従業員が勤め、ちゃんと結果を出していることは紛れもない事実だ。仕事が成り立つかを不安視したところで、『eXp Realty』には「チャレンジしないものは負けですよ」と失笑されそうだ。生身の人間が寄り添うための物理的なオフィスが省略されただけで、オフィス自体がなくなったわけではない。仕事やコミュニケーションを共有する場として機能している以上、仮想空間だからといって揶揄できない。

 仮想オフィスは、とどのつまり成り立つのだ。僕もきっと有効に使う。ただし、人間同士が触れ合う空間は残し、仮想オフィスと併用する。生身の人間が集まる場を絶対ゼロにしない理由は気配の力を信じるからだ。気配は身体の周りにある電気の膜。身体が動く時、脳から筋肉に信号が送られて筋肉が動く。この際に弱い電気が発生して皮膚の表面に「準静電界」がしみ出す。心臓などの臓器が働いたり、細胞が情報伝達する場合にも電気信号が発生する。体内発の電気信号は生命活動そのものであり、身体の外側にあふれた見えない電気の膜となり全身を包む。

 身体の周囲にとどまりながら、強まったり弱まったりの変化が繰り返され、離れた人が感じると気配になると言われている。気配のすべてが解明されているわけではないが、科学的なアプローチによって姿を露わにしつつある。気配、そして気配を外へと出す皮膚は、人間の行動や心理に影響を与えている。直接触れ合うだけではなく、寄り添ったり、そばにいることで安心感や癒しの源になることは、みな自覚があるだろう。医療や介護の現場でも触れることがケアにつながると考えられているが、確かにロボットドクターやロボット介護士のみの施設のお世話になりたいとは思わない。

 気配、触れ合い不足はストレスにつながり、気配が絆を深める。人間が気配を求める限り、物理的な集合空間は捨てきれない。効率は捨てられても、人間のを捨てることは難しいから。

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