岡山県瀬戸内市をドライブしていた時のこと。おいしいと評判のうどん屋さんへ向かう途中、道路沿いに「福岡」の標識が。福岡出身・岡山在住歴3年のライターも思わず2度見!標識の下には「備前福岡郷土館」の案内もあります。でもここは、まぎれもなく岡山県。一体どういうことなのでしょう? 調べてみると、驚くべき史実がありました。
目次
なぜ岡山県に「福岡」が?その理由とは
岡山県にある「福岡」。現在の正確な地名は、岡山県瀬戸内市
長船町福岡(おさふねちょうふくおか)といいます。かつては「
備前福岡」と言われていたようで、実はその歴史も長いんです。一体なぜ、岡山に福岡が?
「瀬戸内市公式観光サイト 瀬戸内の旅」によると、この地域一帯は中世の城下町として栄えていたそうです。瀬戸内市観光協会が発行する「ぐるり福岡まち歩き一周ガイド」によれば、荘園「福岡の庄」として、1165年(永万元年)南部一乗院記録にその名が記されているとか。
一方、九州の「福岡」にその名がついた由来ですが、福岡市が運営するサイト「#FUKUOKA」(ハッシュフクオカ)によると
「福岡」の名前を持ち込んだのは、大河ドラマ『軍師官兵衛』で知られる黒田官兵衛(如水)の息子・黒田長政です。慶長6(1601)年、新しく領主となった長政は、古代鴻臚館のあった土地に城を築き、その周辺に町をつくりました。その町は黒田氏の父祖の地、備前福岡(現在の岡山県瀬戸内市長船町福岡)から名前を取って「福岡」と名付けられました。
とあります。つまり、九州にある「福岡」の名は、岡山の「福岡」がルーツだったというわけです。
黒田官兵衛の祖先の墓
現在の長船町福岡の町にも、「黒田家の父祖の地」であることがわかる場所が残されています。1403年に創建された歴史ある寺院「妙興寺」に、黒田高政・重隆(官兵衛の曾祖父・祖父)の墓所があるのです。
歴史情緒あふれる町並みを散策
現在、人口500万人を超える大都市となった九州の福岡。その名のルーツである岡山の備前福岡も、さかのぼること800年以上も前、”中世随一の商都”として発展していたそうです。現在の長船町福岡にも、歴史を感じる名所が残り、歩いて散策するのにぴったり。見どころをいくつかご紹介します。
備前福岡郷土館
「
備前福岡郷土館」は、大正時代に建てられた旧平井医院の建物をそのまま利用した資料館です。備前福岡の歴史に関する資料や平井家所蔵の古い医療関係、日常生活用具などの展示品のほか、一遍上人絵伝に描かれた『福岡の市』をデジタル版で見ることができます。
仲﨑邸
「仲﨑邸」は、明治から大正にかけて建てられた、築約100年の大地主の邸宅で、国登録有形文化財となっています。邸宅や地域の郷土資料などが公開されており、イベントや企画展示なども行われています。
七つ井戸
昔、備前福岡に暮らす人々によって管理されていた共同井戸。看板の説明書きには、以下のように書かれています。
吉井川の地下水のため、井戸水は涸れることなく、水質は極めてよく、大正の末ごろまでは、近くの村から酒造用にと牛車や大八車で水をくみに来ていたという。
中世の賑わいを現代に。備前福岡の市
かつての「中世随一の商都」としての繁栄を象徴するのが、鎌倉時代に開かれていた定期市のひとつ「福岡の市」。現在は、現代版「
備前福岡の市」として、地元生産者が多数出店する市場が月に一回開催され、賑わいを見せています。
市場や町歩きのあとは、うどんで〆
備前福岡の町歩きや市場を楽しんで小腹がすいたら、ぜひ立ち寄りたいのが
「一文字うどん」です。地元産の小麦を100%使ったうどんが、セルフまたはオーダーで味わえます。店内の一角には、備前福岡の常設市として「福の市」が設けられ、地元農産物などが販売されています。
九州・福岡の誕生に大きな役割を果たした、岡山の「福岡」。その歴史に触れられるプチトリップに、ぜひ出かけてみてはいかがでしょうか。
参考:
瀬戸内市公式観光サイト 瀬戸内の旅
瀬戸内市観光協会 発行「ぐるり福岡まち歩き一周ガイド」
#FUKUOKA
岡山県観光連盟 公式サイト
写真・文:西紀子
写真提供:一文字うどん
■ライタープロフィール
西紀子:福岡市出身。大学卒業後、フリーペーパー編集部や企画制作プロダクションにて編集・ライティング業務に従事。2017年よりフリーランス。2018年より岡山市在住。 2020年よりソトコトオンライン・ローカルライターとして記事執筆。現在に至る。