リンリンは死後、剥製と骨格になってからも、展示のために何度も旅をしている。
国立科学博物館の剥製標本室には、約1000点に上る剥製が収蔵されており、当館の企画展や特別展に利用されるだけでなく、他館への無償貸し出しも行っている。今年の夏もたくさんの剥製が展示に利用されることになった。貸し出し希望のあった博物館は、異例の7館。6月末から3週間ほどの間、その業務で大忙しだった。収蔵庫に眠っている剥製は、今か今かと出番を待っている。彼らが多くの方の目に触れて楽しませてくれるのは喜ばしい。
標本の借用には、借り受ける側の博物館から学芸員や研究者が事前に当館を訪問し、どの剥製を利用するか、大きさや重量はどれくらいか、どのようにして輸送するかといったチェックが行われる。剥製は壊れやすいので、通常、美術梱包と呼ばれる特殊な梱包がなされ、エアサスペンション搭載の大型トラックによる輸送が行われる。輸送業者が円滑に作業を行えるように、剥製の計測と写真の撮影は必須だ。このような対応を7館に対して行い、貸し出し希望を募ったのだが、人気商品には複数の希望が集中してしまう。頭の中では整理しきれず、最終的には希望館へ一斉メールを送付して展示の内容とその必要性を述べてもらい、譲り合いの精神で調整していただいた。このような事態は初めてである。
人気商品の代表的なものは、ジャイアントパンダのリンリンだ。上野動物園で飼育されたこの個体は、死後、当館に譲渡されて、剥製と全身骨格として保管されている。上野にある常設展では3点のジャイアントパンダの剥製が展示されているが、リンリンは収蔵庫に保管して、各地で行われる展示への貸し出し用として利用している。彼は生前中国から日本へ、また日本から繁殖計画のためにメキシコへ数回と、最も飛行機に乗ったジャイアントパンダだった。死後、剥製と骨格になってからも、北は青森から南は沖縄まで、展示のために何度も旅をしている。
各館への標本の輸送が始まると、おのおのが依頼した輸送会社がやってきて、剥製を梱包していく。美術梱包というのはその名のとおり美術品を輸送するためのものだから、剥製を扱う場合のマニュアルはない。立体的な骨董品などを扱う手技から、各社が改良してきた。ケースや木枠に剥製を慎重に載せて、倒れないように養生を施していく。新米だったころは、見ているだけの作業だったが、これまでにいろいろな会社がやっているのを見てきて、要領は得ている。時には「この剥製はツノが大きくて頭が重いので、ここにもう一本『綿布団』(緩衝材)を巻いた材を渡して、『うす』(薄葉紙)で頭をくるんで固定したらどうでしょう?」といった感じで、業界用語交じりに提案することもできるようになった。彼らは剥製がどのような構造でできているかを知らないので、時には実物標本を使った内部構造の解説を始めたりして、今後の参考にしていただく。
すべての搬出作業が終わったのが7月9日。剥製たちよ、ひと夏の晴れ舞台を楽しんできておくれ。普段の業務に戻ったのも束の間、9月になれば標本が続々と返却されてくる。また忙しくなりそうだ。