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多様性

連載 | 標本バカ

専門家の不在、新人の着任

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僕は標本の神様の与えてくれた奇跡に感謝した。

年の暮れにあたり2021年最高によかったことといえば、4月から我々の博物館に爬虫類・両生類の専門家が常勤研究員として着任したことだ。僕がこれまで哺乳類担当のかたわら、これらの分類群も担当していたことは、かつてこのコラムでもオサガメの甲羅を標本にしたり、千石正一先生のコレクションを登録したりといった内容で紹介してきた。しかし昨年度で担当は終了、新人が頑張ってくれている。
 
かつて爬虫両生類担当だったころ、どこそこの国で撮影されたトカゲの種名を知りたいとか、ワニが主役の展示をやりたいので総合監修をよろしくとか、数々の無理難題を与えられてきた。思い出されるのは2005年に『国立科学博物館』に就職してすぐ、現在の「日本館」と呼ばれる展示をつくる際に、「島の動物の多様性を紹介するために、ハブを全種集めてくるように」との命を受け、琉球列島に命がけの採集旅行に出かけたことだ。トカラ列島の宝島でおっかなびっくりハブを捕える様子を自撮りした動画は、展示で爆笑映像として使用されたこともあった。そもそも哺乳類の担当者が爬虫両生類を担当するなんぞ、アスリートが別の種目で大会に出場するようなものだ。野球選手がサッカーを、というほどではなかろうが、フィギュアスケートの高橋大輔さんが男子シングルからアイスダンスに転向したような感じだろうか。彼が頑張っている姿を見ると、昨年までの苦労が思い出され、同じ岡山県出身者としてエールを送りたくなる。
 
およそ欧米の大博物館では、爬虫両生類分野とは「Herpetology」と称し、スタッフにもこの分野の専門家を擁している。この辺りにも国立科学博物館は欧米並みとは言えないところがあっただろう。そんなわけで、ずっと爬虫両生類担当者の必要性を訴えてきた。ただしこのご時世、そう簡単にポストが増えるようなものでもない。こうなれば力ずくでと、ひたすらアルコール漬けのカエルやヘビに標本ラベルを取り付けて、コレクションの登録数を増やすよう努めてきた。ある意味やけくそで、「こんなに仕事がたくさんあって、大変な作業なんだ!」と身をもって訴えてきたわけだ。その成果もあったのか、2020年末頃に動物研究部の公募が爬虫類・両生類担当で行われる旨、連絡があった。僕は「標本の神様の与えてくれた奇跡」に感謝した。
 
それからというもの、新人への引き継ぎの際にできるだけコレクションを整理しておこうと、さらに力が入った。これまでに標本番号を与えたものをチェックして、未記入になっていた台帳やラベルをアシスタントと共働して完全整備。最終的にコレクションは、標本番号「NSMT-H 15000番台」で打ち止め。僕が担当を始めたのは4600番台だったので、約1万点の爬虫両生類標本を登録したことになる。きっと博物館を定年で引退するときって、こんな気分なんだろうな。さて、爬虫両生類はこうして安心できるものとなったが、動物分野には、まだまだ専門家不在で整理がままならぬ分類群がたくさんある。これらをカバーする人員をどうするかは、今後も考えていかなければならない大問題なのである。
文●川田伸一郎
題字・金澤翔子
illustration by Fumihiko Asano
かわだ・しんいちろう●1973年、岡山県生まれ。農学博士。国立科学博物館動物研究部研究員。著書に『モグラ博士のモグラの話』(岩波書店)、『モグラ−見えないものへの探求心−』(東海大学出版会)、『標本バカ』(ブックマン社)など。
記事は雑誌ソトコト2022年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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