驚いたのは、この個体が神奈川県相模原市の某所にて発見されたという事実である。
昨年9月に博物館宛てに届いた、動物に関する質問には驚愕した。「飼育しているネコが小動物を捕まえてきたのだが、いったい何だろうか」というもので、写真が添付されていた。見てびっくり、全身をふさふさの毛におおわれ、背部には3本の濃い茶色の線がある。目はクリッと大きく鼻面は突出。何よりこの種を反映する最大の特徴が、手足の間に皮膜があるということだった。
皮膜がある小哺乳類といえばムササビやモモンガ、コウモリ類というのが思い浮かぶが、これらの背面には線は見受けられない。間違いない、フクロモモンガだ。「フクロ」と名のつく哺乳類は多々ある。フクロギツネにフクロモグラ、現在ではオポッサムと呼ばれる南米の動物も、かつてはフクロネズミなどと呼ばれていた。昨年、映画『ビルビー』の主人公になったビルビーという動物は、標準和名をミミナガバンディクートというが、明治時代に当館に所蔵された標本ではフクロウサギと書かれている。これらは「有袋類」として知られるグループで、主にオーストラリア大陸で多様化した。
彼らは、一つの系統からさまざまな形態的特徴を持つ種が多様化する「適応放散」の好例だ。別の大陸で出現したキツネやモグラやウサギといった真獣類との姿の類似から、その接頭語に「フクロ」をつけた名称が与えられた。有袋類はユーラシア大陸でも化石が発見されているので、かつては世界中に分布していたが、その後進化を遂げた真獣類によって駆逐されてしまった。フクロモモンガもオーストラリア大陸とニューギニアを含むオセアニア地域に分布する樹上性の有袋類で、木から木へと滑空する様子がモモンガに類似していることから名づけられた。
驚いたのは、この個体が神奈川県相模原市の某所にて発見されたことである。昆虫では国内にいないはずの種が台風の後に見つかることがある。僕も子どものころに、岡山県には分布していないウスイロコノマチョウという蝶が実家のクリーニング屋の店頭でバタバタしているのを見つけて大歓喜したことがあった。こういうのを「迷蝶」という。「迷哺乳類」または「迷有袋類」か。彼らは滑空できるから、オーストラリアから風に乗って日本までやってきたのだな、ということはなかろう。
かつてユーラシア大陸にいた有袋類の生き残りか? というのも乱暴な想像で、現在オーストラリアにいるものとまったく同じ種が生き残っているわけはない。この種はペットとして流通しており、ペット屋の広告では1万円ちょっとで購入できる。テレビの動物番組でも取り上げられて、人馴れもよく、結構な人気なのだとか。飼育されていた個体が逃げ出して、不幸にもネコに捕まってしまったのだろう。
質問してくださった方のご厚意で、個体は博物館に提供していただけることになった。送られてきた包みを開いて、まさにフクロモモンガのメスと確認した。腹部の袋に指を突っ込みながら、ひょっとしたら日本にも有袋類は生息しているのでは、とバカな妄想に耽る。仮剥製標本と全身骨格標本を作製し、神奈川県相模原市産のフクロモモンガとして登録した。