いくらがんばっても、この人には敵わないと思える人が何人か実在する。
『へんなものみっけ!』という博物館漫画がおもしろい。主人公の学芸員は哺乳類だけでなく、いろんな標本集めの達人で、僕など足元にも及ばない。これは架空の人物なのだが、いくらがんばっても、この人には敵わないと思える人が何人か実在する。『山階鳥類研究所』の岩見恭子さんは日本中から鳥の死体を集めていて、剥製技術や骨格標本の作製など、鳥が苦手な僕では敵わない。先日も「今日は67羽の鳥を処理しています」とメールがあった。ライバルのひとりと認識しているが、哺乳類を見つけたら僕のところに送ってくれるので、よき仲間でもある。
最近寄贈されたものに、香川県在住の川口敏さんのコレクションがある。川口さんは香川大学教育学部の研究室でモグラの研究をやっていた。僕が大学院博士課程に入って、本格的にモグラ研究を始める少し先輩という時期だ。彼に「敵わないな」と思うところはたくさんあるが、まずはその集中的なモグラのトラッピングと捕獲成績である。初めて学会でお会いしたのは1998年のことだと思うが、彼は10日間で100個体を超えるコウベモグラを捕獲したのだ。これはおそらくモグラ捕獲のギネス記録になると思う。しかもそれらの個体すべての体の計測を行い、標本として残しているのであるから、どれくらいの労力がかかったのか、経験した者なら察することができる。
そのコレクションが送られてきた。箱を開けるとモグラだけでなくさまざまな中型から小型の哺乳類の骨が詰められている。国立科学博物館の哺乳類標本は四国地方のものが非常に少ない。彼はモグラ以外にも交通事故で死亡した動物個体を、多くの情報提供者を経て収集しており、これらの標本はこの地域の哺乳類標本を充実させるものである。そして一番驚いたのは、その個体情報を記録したノートが20冊セットで同梱されていたことだ。標本に関する教科書的な文章では、「標本はフィールドノートと一緒に保管されるべき」と書かれるが、実際に標本を寄贈する際にノートの原本を一緒に寄贈する人がどれくらいいるだろうか。
すべての標本番号を確認したところ、1374点の標本があった。ページごとに記された記録には、詳細な個体の計測値だけでなく、写真が貼り付けられている。発見された状況や解剖時の所見についてもていねいな字で記されていた。こういった几帳面さにもとうてい敵わない。彼には素晴らしいイラストが満載の『死物学の観察ノート』や『哺乳類のかたち』という著作があるが、こうして日々積み重ねられた記録が結実したものであることがよく分かった。自分が観察した事象から哺乳類という分類群を見つめてきた、博物学の王道を行く人だ。
コレクションの整理がある程度終わったところで、川口さんに電話で報告した。ノートは返却不要。標本は自宅に保管していたが、手狭になったので古いものから寄贈する(まだたくさん標本がある)、とのこと。長い年月をかけて収集した標本には愛着があると思うが、その行き先として僕の管理する哺乳類コレクションを選んでくれたことが、何よりもうれしいことだ。