本誌で6年間にわたり、連載「こといづ」の執筆を続ける高木正勝さん。その色彩豊かな描写を読んで心が震えた人も多いはず。自由に跳びはねるようなその言葉たちはどのようにして生まれるのか、伺ってきました。
似ているけれど違う、言葉と音楽の生まれ方。
どんなふうに文章を書いているか。みんながイメージしている感じではないかもしれません。「こといづ」の場合は、いつも妻のみかをちゃんの「明日が締切日じゃない?」という言葉で「ほんまや! 何書こう!」となって、朝ごはんを食べながら話すんです。「今月何があったっけ?」と、3つくらいは思い出せるんですけれど、どこかネガティヴなものがあったり、何かを訴えかけるようなものは候補から外れていきます。これは書けそうかなと残るものは、お隣に住むハマちゃんとの笑い話だったりします。
それで書こうとしてもやっぱり進まないもので、諦めて、だいたい景色のことを書き始めます。景色がああ見えた、こう見えたと何回も書き直しているうちに、くどくどと説明的になって書くのも嫌になってくるんですけれど、ふと、その月に起こった出来事と、描こうとしていた景色がつながってくるんです。その途端、それまで書いてきたのとは、まるで関係のない文章がひゃーっと出てくるんです。それは、なんだか自分で読んでても感動します(笑)。自分じゃないものが書いている感じです。ちょっと憑依のような、その感覚に入らなければ書けない文章。入ったらわかるんです。これは曲がやってくる時にもあって、ずっとそこに入っていられたら幸せだろうなと思います。いくらでも新しい音を奏でられるし、いくらでも文章を書けるというか、そんな気持ちになるんです。
でも、音楽と文章では生まれる時の感覚が似ているようで少し違います。音楽の場合は、例えば(外の木々の間から見える空を指して)「この時間の、あの辺りの光の色ならこの響きやなあ」って思った時にピアノを弾くと、景色と音が結びついて、それが「ドミソ」でも「ファラレ」でも幾らでも組み合わせが考えられそうな心になれます。でも、「曲ができた」と思ってその感覚から抜けてしまうと、だんだん楽譜に書けるくらい一本の旋律や定まった組み合わせに落ち着いてしまいます。それが嫌で、最近は最初の1回目、無限の可能性と交わった時の5分間を録音して曲として発表しています。
これが文章の場合は逆で、「どんな組み合わせでもできる」というよりは「ここしかない」というところに収まっていく感覚。景色のことを書き始めて、書きながら「あっそういえば」と思い出したことを続けていくと、いつの間にか終わりの段落にたどり着いて、そうしたら最初に書いた景色のことやその月に起こったことがぐるっと全部同じに思えてきて腑に落ちて、一つの文章が完成します。書くことで初めてそれが生まれてくるんです。
本から得たものが、次に進める飛び石になる。
僕は本が好きで、枕元にはいつも5冊くらい置いています。寝る前は必ず本を読みます、読まないと眠れない。街に行くと、本屋に立ち寄ります。「何に悩んでいるのかもわからない感じ」の時が多いのですが、そこに並んでいる本をぱーっと見て、何かに惹かれて手にとって最初に開いたページに、だいたいその時に必要なことが書いてあるんです。〟おまじない〝みたいなものですね。信じるようにしています。
本って一冊読むごとに、庭に置かれている飛び石が一つ増えるイメージなんです。飛び石がないと先には行けない。けれど、本を読んで新しい飛び石ができたら次の石に移れる。しかも、その先には5つも6つも飛び石が用意されていることもあって、選ぶこともできる。そんなふうに進んでいくと、いつか飛び石がない行き止まりもあって立ち止まるけれど、また別の本が新たな飛び石になる。そうやって世界が広がっていく。
今年の11月、「こといづ」が本になりました。よくキュンとして泣きそうになっています。せっかくならたくさんの人に読んでほしい。もしこの本が誰かの飛び石になれたとしたら、とてもうれしいです。
背中を押してもらった5冊!
巡礼の旅路を綴る、実体験に基づく自伝本。
20歳の頃、当時組んでいたコンビがうまくいかなくなり始めた頃に読んで、音楽家として独立を決意しました。「歩く速度を半分にして受け取るものを感じる」など、ガイドが主人公に与えるレッスンがおもしろく、今も実践しています。
ネイティブアメリカンの教えが、美しくまとめられた文庫本。
ネイティブアメリカンの呪術師・ドンファンの「自然の中で自分がどうあるべきか」という教えを学びました。動物や植物と会話する為に歌う、描く、踊る。昔から人がやってきたことの一番底には、切なる思いがあると思います。
舞踏家・大野一雄の稽古の言葉が込められた一冊。
コンサートの時に絶対に持っていく本です。舞踏家の大野さんが生前、稽古の時に言われた言葉の数々が収録されています。僕も本番の前、開いたところを読んで、そのとおりにやってみたりしています。おすすめです。
翻訳・谷川俊太郎。言わずと知れたスヌーピーの漫画本。
新聞に掲載されていたスヌーピーの漫画ですが、毎日つくって毎日出すってそれだけでおもしろいです。「MOTHER」というゲームと共に子どもの頃からずっと影響されているいとおしい作品です。アメリカに家出するきっかけになりました。
昔の日本の暮らしを感じられる、自伝的物語。
この本があまりによかったので、片っ端から石牟礼さんの著書を集めました。ご本人が子どもの頃に触れた、大きすぎる自然のことや村人の生き様が鮮やかに描かれています。僕はずっと昔の日本が見たかったんだと気づかされました。