2018年3月にリニューアルオープンした「博多南駅前ビル」、愛称は「ナカイチ」。2年が経とうとする今、何を一番大切にした場づくりを心がけているのか? 運営に携わる『ホーホゥ』の三人に聞きました。
住民のニーズを探りながら、リニューアルオープン!
福岡県福岡市近郊の“ベッドタウン”、那珂川市。博多駅と博多南駅を結ぶJR線が市民の通勤・通学の足となっているが、新幹線車両が在来線として走っていることに驚く。元々は博多駅で営業を終えた新幹線を那珂川市にある車両基地に運ぶ回送線だったが、住民の要望に応じて駅を設け、一部車両は在来線特急として運行しているという珍しい路線だ。
その博多南駅の駅前に、市所有の4階建てのビルが立っている。博多南駅前ビルだ。まだ那珂川市が町だった2004年にできたビルで、今は「ナカイチ」という愛称で親しまれているものの、長い間、利用者が少ない状態が続き、町民が離れてしまった時期もあった。
そこで、旧・那珂川町は18年10月に市になるにあたってビルのリニューアルを決定。「こととば那珂川」という事業名で3年間、社会実験的なイベントを重ね、住民のニーズを探り、リニューアル空間を設計。地域づくりに関心を持つプレイヤーを募りながら、18年3月にリニューアルオープンした。「こととば那珂川」は、宮崎県日南市の油津商店街再生事業で手腕を発揮した木藤亮太さんと、リニューアル事業開始当初から関わっている坂口麻衣子さん、一市民として活動に参画してきた森重裕喬さんが立ち上げた『ホーホゥ』が運営を引き継ぎ、カフェやレンタルスペース、ワークスペースなどの事業を展開している。今、「ナカイチ」には、どんなふうに人が集まっているのか? 新幹線に乗って訪ねてみた。
「ナカイチ」には、ユニークな仕掛けがいっぱい!
バスの待合室、インフォメーション・コーナーやギャラリーも!
ターミナルフロア(TERMINAL FLOOR)
1階は路線バスや、那珂川市や隣接する春日市を走るコミュニティバスの待合室。常に人々が行き交っている。リニューアル前から営業する洋服店とうどん屋も人気だ。駅に直結した便利な保育園もあり、園児たちが2階の公園で遊んでいる姿も見られ、微笑ましい。取り外し式の壁で仕切ることができる落ち着きのある空間を備えた多目的ホールでは、クラシックのコンサートや映画の上映会が開かれている。また、「こととば那珂川」のオフィスも1階にあり、レンタルスペースの受け付けや情報発信など、「ナカイチ」の活用に関する問い合わせ窓口として来客を迎える。
ホーホゥ’s eye
カフェ(くつろぐ)、イベントスペース(自由に使える)、ワークスペース(働く)、飲食店(飲める)。「ナカイチ」にもあるその4つのスペースが場づくりの基本!
『cafe Ruruq』、キッズスペース、レンタルスペースや博多南駅前公園で交流を!
パークフロア(PARK FLOOR)
レンタルスペースでは、ヨガや音楽、英会話教室などさまざまなイベントを開催。イベントのないときは、『cafe Ruruq』の客、勉強やおしゃべりをする中学生や高校生、買い物帰りの女性客が、奥のキッズスペースでは子連れのママやパパなど幅広い世代が思い思いの時間を過ごしている。また、地域づくりに関わりたい人がきっかけを持つのもカフェやイベントでの出会いから。『cafe Ruruq』でアルバイトをしながら音楽活動を行う林田彩花さんは、「クジラ踊り」という「ナカイチ」が立地する地域の歴史を歌詞に込めた民謡を森重さんらと制作。YouTubeでも見られる。
ホーホゥ’s eye
知り合いではないけど、「ここにいる人たち」というくくりで、気配を感じながら同じ空間で過ごすことで、安心感や、いつか一緒に何かするかもという予感が生まれたりするのです。
シェアオフィス、学習スペース、インターネットラジオの収録も!
ワークフロア(WORK FLOOR)
オフィスのほか、共用スペースやWi-Fi、ロッカー、郵便受けなどが利用でき、最小ブースは1万6000円で借りることができるシェアオフィス『博多南しごと荘』。福岡市から那珂川市南畑地区に家族で移住してきた田口浩さんはその一室を借り、Web制作や野菜や食品の卸・小売りを行う会社『JUSTA』を経営している。「那珂川市は人口も増えて発展していますが、中山間地域の南畑地区は人口が減少しています。南畑の新たな価値の発信のために仕事でもプライベートでも積極的に関わっていけたらと、事務所を移転してきました」と、新たな仕事や暮らしを楽しんでいる。
ホーホゥ’s eye
2階の『cafe Ruruq』と3階の窓際のソファで定点観測。「ナカイチ」を訪れる人が何を話し、どんな行動をしているか、プロデューサーとして観察しています。
九州新幹線がそばを走る屋上庭園と、『博多南ナチュラルビアガーデン』で賑わう!
ガーデンフロア(GARDEN FLOOR)
食材の多くは那珂川市内の生産者から仕入れ、地産地消を実践している『博多南ナチュラルビアガーデン』。地元野菜を中心としたメニューを食べることで、那珂川市での「暮らし」を体感することができる。夏は地元野菜を中心に、冬はお隣の糸島産の牡蠣が味わえるオイスターガーデンとして通年で営業している。「生産者から聞いた食べ方で調理して出したりすることも。素材の新鮮さが売りなので、あまり手を加えすぎないよう心がけています」と代表の坂口祐也さん。「駅と直結しているので、博多で飲んでこないで『ナカイチ』で食べて、飲んでほしいです」と笑顔で呼びかけた。
ホーホゥ’s eye
2階でのイベント後の打ち上げから3階のシェアオフィスでの仕事後のちょっと一杯まで、すぐに乾杯できる場所。「ナカイチ」のみんなの“御用達”です。もちろん僕も!
「ナカイチ」のキーパーソン・三人が語る、「人が集まっている場所づくり」論。
1万人から5万人へ、人口増加するまちの場づくり。
「ナカイチ」の事業を運営する『ホーホゥ』。代表取締役の木藤さんは福岡市生まれで、大学生の頃から那珂川市(当時は町)で暮らしている。宮崎県日南市に公募で選ばれて4年間、油津商店街の再生事業に携わり、その手腕を買われて「ナカイチ」の運営に参画することになった。「日南市と那珂川市の人口はほぼ同じで約5万人。ただ、日南市は約9万人から減少して約5万人になり、那珂川市は約1万人から増加して約5万人になっており、その過程がまったく違います」と木藤さんは言う。那珂川市には転勤や戸建て住宅の建築による移住者が多く、仕事や生活面で福岡市への依存度も高いため、地元の地域づくりに対して受け身になる住民が多いと木藤さんが感じていたのも、その違いからくるものかもしれない。
そこで、「ナカイチ」の事業においては、博多南駅の一日の乗降客約1万5000人を対象とするのではなく、「ナカイチ」に何らかの目的を持って集まる人たちを対象にしようと考えた。「ラジオ放送や『cafe Ruruq』の事業もそうですが、イベントやワークショップなどを自分たちで企画・運営する人たちを増やしたいです。主体的に関わることで、『ナカイチ』が普通の駅前ビルとは違う、自分ごとのビルでもあるんだという意識を持ってくださったらうれしいです」と呼びかける。
他方、坂口さんは以前から、「夜会」という勉強&交流会の幹事を務め、プレイヤーのネットワークを築きながら、「ナカイチ」にどんな機能が必要かとニーズを掘り起こしてきた。そのなかで、人が集まる場づくりに大切なのは、「そこが誰かのものにならないようにつくること」と話す。「軸を1本に決めず、できるだけ多くのきっかけを存在させ、多様な価値観を持つ人が気軽に入って来られる場になるよう心がけています」。
「そのためには」と森重さんが言葉をつなぐ。「『ここでつながろうぜ!』『いいね!』と応援し合うような関係ではなく、それぞれが違う価値観でいられ、互いの距離感を保ったまま認め合える状況にしておくことが大事。つながることや足並みを揃えることばかり考えていたら、ユニークな発想は生まれません。適度な距離感があるからこそ生まれる、自発的でおもしろい企画やまちへの思いを拾い上げていきたいです」。坂口さんは、「地域づくりに興味がなくても、単に『cafe Ruruq』にコーヒーを飲みに来てくださるだけで十分です。カウンターで会話して、少し那珂川を意識するきっかけになればそれだけで」と笑顔で話す。
「まちへの思いや、やってみたいことを、『夜会』などで培ったネットワークを生かして実現できれば」と木藤さんは言う。「市民だけでなく、那珂川市に興味を持つ市外・県外の人も大歓迎。ぜひ、遊びに来てください」。「ナカイチ」が関係案内所となって、まちへの思いを実現するためのチームを結成することも可能だ。今後の「ナカイチ」の展開に期待したい。
『ホーホゥ』代表取締役・木藤亮太さんの人が集まる場づくり3つのポイント
「看板」を外し、また、掛け直す。
「駅前ビルはこうあるべき」という看板を外し、自由な発想で場づくりを実践。その後、看板を掛け直せば新しい駅前ビルが生まれる。
場の空気感を大事にする。
集まっている人の動きや会話などによっても場の空気は変わる。ここでの活動によって生まれる空気感を大事にすること。
たかがハード、されどハード。
板張りの床、壁面のカラー、照明の当たり方、窓からの風景。機能性も含め、ハードが持つ力は大きい。デザインにも力を入れたい。
人が集まって生まれたこと、変わったこと。
自分たちの手でつくる楽しさ。
自分たちの手で、自主的に何かをつくり出す楽しさを体験できるようになった。