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特集 | 地方のデザイン集

『上出長右衛門窯』 6代目・上出惠悟さんの、みずみずしい九谷焼。

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 九谷焼中興の祖・九谷庄三の出生地である石川県能美郡寺井村(現・能美市寺井町)。ここに『長右衛門窯』が創業されたのは明治12年(1879年)。6代目となる上出惠悟さんのさまざまな活動から、伝統を活かしたデザインの可能性を探る。

目次

産地、そして手仕事の危機を知り、実家の窯元へ帰郷した。

 上出さんは、石川県立工業高校デザイン科を卒業したのち、東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻へ進学した。大学3年の終わりに制作活動に行き詰まり、自分のルーツである九谷焼に向き合おうと1年間休学。産地の危機的状況を知り、上出さんは実家に戻ることを決意する。

 食生活、ライフスタイルの変化などにより、各地の伝統工芸も同じように衰退し、息子の帰郷を素直に喜べない父の気持ちも知った。だが、「まだ、終わってはいない」という確たる思いとそして不安もまた、同時にあった。上出さんが地元・石川に戻ったのは2006年のこと。ここから数々の取り組みが始まっていく。

 
「九谷焼の歴史に“想いを馳せる”感覚。それが大事だなあって思っています」と、上出惠悟さん。

伝統的なモチーフを現代に合わせ再整理した「笛吹」。

 上出さんの仕事の中で、もっとも印象的な仕事だと感じるのは「笛吹」だ。中国の明の時代の文人を描いた古染付を、祖父・兼太郎さんが気に入り、以来『上出長右衛門窯』で制作を続けているロングセラー。この伝統的なデザインに、上出さんは新風を吹き込んだ。縦笛の絵柄が特徴であったそれに、現代的な楽器を持たせたのだ。「パロディと言われることもあるけど、僕はこれをパロディとは思っていません。本質的にはそれほど変えていないと思っているから。まあ、スケボーとかは、楽器ですらないんですけどね(苦笑)」。

 
歴代長右衛門の姿も「笛吹」に。山高帽に羽織袴の二代目と、ウグイスの飼育が趣味だった三代目のミックス長右衛門。

 2020年のコロナ禍、マスクを装着し、怒りながら銅鑼を鳴らす新たな「笛吹」も模索したが、すぐに断念したという。「歴史的に見たら、この時代はほんの少しかもしれない。そのうち懐かしく感じるんじゃないか。そんなことを思っていたら、『ああ、違うことをしていたな』って。刹那的ではなく、すぐに古びてしまわないような普遍的なモノを作ることが大事なんだなって」。

焼き上がった時の驚きや発見。その美しさをデザインに落とし込む。

 上出さんにはパッケージやロゴなど、アウトプットが“焼き物でない”ものの制作も少なくない。そこでも大事にしているのは九谷焼のアイデンティティ。

「焼き物というか、陶工は、丹精込めて作ったものを、最後は窯に預けないといけない。自分の手から離れて“焼く”という過程を経ることで、なにか火の神様がマジックをかけてくれるような感覚がある。そういう驚きや発見、思いもよらない美しさを、焼き物以外のデザインの中にも落とし込めないかなと思って」

 デザインしたものを実際に九谷焼の陶板に描き、焼き上げる工程を経て、撮影したものを納品物としたり、筒描きという染色技法を用いてデザインを手がけたり。「なるべくデジタルデータをそのまま出力したりってことはしたくなくて、ちょっとこうアナログ的な手法で、窯に預け入れたときと同じような変化みたいなことを、なるべく自然に起こせたらいいなと思いながらやっています」。

 
「結わえる」の商品「寝かせ玄米」のパッケージデザインでは、和紙に糊で線を伏せて染色する「筒描き」という、染織技法で描いている。

自身が代表を務める『合同会社上出瓷藝』のこと。

 2016年、上出さんは『合同会社上出瓷藝』を立ち上げている。現在はプロジェクトマネージャーや販売企画担当、デザインアシスタントなど、複数名が所属。商品企画、販売などを担う会社で、『上出長右衛門窯』の商品デザインも仕事として受ける。「法人を立ち上げた大きな理由は、家業に入ってやっていたけど、古い体質の中で、もがいている感じがしていたことが大きいですね。古いコトは必ずしもよいコトとは限らない。しがらみもあるし、そこから脱却するには、新しい母体が必要だったと思います。新しいビジョンを描くのって、僕らみたいな伝統工芸の業界では難しくって。だから明るい未来を描くためにも、会社を立ち上げたり、社名を考えたりするのはおすすめです(笑)」。

 ちなみに、社名にある「瓷」には、中国では「釉薬のかかった焼きもの」という意味があるという。焼き物において、釉薬の発見は大きい。水が漏れない、中のものが腐りにくい、という作用。さらに「瓷」は「次」と「瓦」が合わさり、上出さんには「次世代の焼き物」という磁器が誕生した当時の状況が重なるようにも思えたという。「“九谷焼の瑞々しさ”みたいなものをもう一度呼び戻したい」という、上出さんの思いが宿る。

 
『上出長右衛門窯』では素地づくりをはじめ、九谷焼の工程を一貫して行っている。

磁器の歴史と“線”。その上でなにができるか。

 上出さんは、もともとは加賀藩により始まった九谷焼という伝統を、趣味的なものに捉えられるようになった現代に合わせ、整理し直している。これこそが革新か。

「よくメディアとかで、『伝統と革新という切り口でなんか語ってください』ってあるけど、僕はそんなに革新って好きじゃなくて。活用くらいでいいんじゃないかって思う。“生きている伝統”を作るってことのほうが大事で、伝統工芸として守られる立場にあるけど、お役御免になった産業がいつまでも残ってなきゃいけないのは傲慢かもと思っているので、それを現代に活かしていくって考え方のほうが、自分は好きっていうか、やる意味があると思うので。自分が新鮮だと感じないものしか作れなくなった時には、それは終わっていいのかなって。それまではいろいろやっていきたい」と思う。

 
九谷焼の転写技術を活かした『KUTANI SEAL』シリーズ。「伝統の九谷焼を気軽に」がコンセプト。シールを貼るだけで「自分だけの九谷焼が作れる」ワークショップも開催している。

 東洋から始まった磁器の歴史と”線“。その上でなにができるか。飄々と、そして着々と。上出さんの活動は続く。

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