【今月の憂いゴト】
東京大空襲の惨禍から、
日韓の関係悪化、
米大統領選候補、
イギリスのEU離脱まで。
東京・江東区の『東京大空襲・戦災資料センター』を訪れた田中・浅田両氏。当時を知る語り部の二瓶治代さんに実体験を交えながら案内してもらい、展示物を一つ一つ丁寧に見学。被害者であると同時に加害者でもある日本が、今、占領したアジアの国々と対すべき姿勢を対談で改めて指摘した。さらに、イギリスのEU離脱で混乱するヨーロッパ情勢や、2年後に行われるアメリカの大統領選挙についても論じ合った。
『東京大空襲・
戦災資料センター』を見学。
浅田 今日見学した『東京大空襲・戦災資料センター』は、太平洋戦争下の暮らしや空襲の惨禍を偲ぶ展示物が並んでて、一つ一つが印象的だったね。
田中 こういう記録こそ「戦時の生活芸術」としても重要だよ。敗戦を迎える5か月前の1945年3月9日深夜から10日未明、焼夷弾による無差別爆撃に12歳で直面した作家の早乙女勝元氏は、奇しくも「人類の進歩と調和」を掲げて大阪万博が開催された1970年に「東京空襲を記録する会」を結成し、100回以上もの空襲で市街地の5割が焼失した東京の空襲・戦災の文献や物品の蒐集を続ける。アメリカからの圧力もあって平和祈念館の建設を東京都が断念した1999年、クラウドファンディングという概念すらない中、多くの人々の募金によって今から17年前の3月9日に江東区北砂にセンターが開館した。一帯が激しい戦禍に見舞われた歴史を刻み続けてほしいと、土地も無償で篤志家が寄贈した経緯も知って、頭が下がる思いだ。
浅田 空襲のときに国民学校2年生だったという語り部の二瓶治代さんが、炎の海を逃げまどったあげく倒れた自分の上に折り重なった人たちが盾のようになり、焼死体の山の下から生きて這い出せたという想像を絶する体験を淡々と語ってくれたのも、感動的だった。民間人も空襲の炎から逃げず軍と一体となって消火活動にあたるよう義務付けた防空法ゆえに、消火活動を続けてるうち逃げ遅れて焼け死んだ人も大勢いたらしい。
田中 空襲で亡くなった10万人以上の犠牲者は公園に山積みにされ、一時的に仮埋葬されたんだね。その3年後に国の改葬事業で、両国駅北側の旧・陸軍被服廠跡の横網町公園に建立された東京都慰霊堂に関東大震災の身元不明の遺骨と共に納骨された。以前に浅田さんと訪れて、隣接する復興記念館で内務大臣兼帝都復興院総裁の後藤新平が19世紀のパリ大改造を参考に放射状道路と環状道路、公園を整備した震災復興計画の模型や写真を見たけど、青島を拠点としていた米国海軍と中華民国北京政府が医療支援団と食料を横浜に運び、大震災で甚大な津波被害を受けた神奈川県で救護活動を展開し、この「トモダチ作戦」で一時的に両国への親和的空気が醸成された96年前の史実に驚いたのを改めて思い出したよ。そこから歴史は一瀉千里に暗転し、中国に続いて米国、英国、オランダとも日本は戦争に突入する。
浅田 B29が落とした焼夷弾の模型もあったね。空軍は本来は精密爆撃が理想でさ。第一次世界大戦では多くの兵士が塹壕に籠って対峙し、砲弾や毒ガスで死んでいった。飛行機で敵の司令部を精密爆撃すれば、そういう無駄な犠牲は避けられる、と。日本への爆撃を指揮した米軍のヘイウッド・ハンセルも、軍の施設や軍需工場の精密爆撃を目指した。でも、対空砲火を避けるため上空1万メートルから爆撃を試みたものの、ジェット気流もあって全然命中しなかった。そこで、後任のカーチス・ルメイは、都市を絨毯爆撃して火の海にする戦術に転じ、それに適した焼夷弾を開発、危険を承知で2000メートルの低空から雨のように降らせて、日本のほとんどの都市を焼き尽くした──「俺自身も先頭で飛ぶからひるむな」って言って。日本でフランク・ロイド・ライトの助手を務めたアントニン・レイモンドも、アメリカで焼夷弾の実験のため日本風の木造プレハブ住宅をつくらされたんで、ルメイが確信犯だったことは確か。ヴェトナム戦争時の米国防長官ロバート・マクナマラにインタヴューした『フォッグ・オブ・ウォー』って映画で、ルメイの下で爆撃の効率を上げる研究をしてたマクナマラが回想するところでは、「万一負けたら俺たちは戦争犯罪者だな」って言ってたらしい。ただ、悲しいかな、ナチス・ドイツのゲルニカ爆撃に続き、日本も重慶で無差別爆撃の先鞭をつけてるから、アメリカを一方的に非難するわけにはいかないんだな。
田中 そのゲルニカや重慶の爆撃についても展示している。日本は戦争被害者である前に戦争加害者だという歴史を忘れているから、南京大虐殺なんてデッチ上げの虚構だと言う輩が出てくるわけだ。確かに犠牲者の規模については確定していないものの、大量殺人が行われたのは事実だもの。それをなかったとすることこそフェイクニュース。戦時中の朝鮮人の被害に触れている展示も意義深い。
1年半後の猛暑にはテニス、水泳、カヌー、体操と数多くの競技が江東区で開催されるらしいけど、開催都市のホステスとして2020年を迎えたいと張り切っている「ミドリのオバサマ首長」にはぜひともその前に、ここを訪れて歴史を直視してほしいぜ。石原慎太郎氏ですら都知事在職中は毎年、メッセージを寄せていた関東大震災時に虐殺された朝鮮人の追悼式典を無視し続ける彼女の口先だけの「東京大改革」に、後藤新平も泉下で嘆いてるよ。
浅田 ルメイは最終的に広島と長崎への原爆投下までいく。一発の原爆で広島では14万人、長崎では7万人が死んだわけで、「核兵器は絶対悪だ」って言いたくなるのもわかるけど、じゃあ東京大空襲で10万人の死者を出した焼夷弾の雨は相対的に罪が浅いのか。少なくとも、東京その他の都市にも、広島・長崎のような空襲の資料館があってしかるべきだと思うね。
いずれにせよ、サイパン島が陥落したときに降伏すべきだったんだよ。実際、無任所大臣兼軍需次官だった岸信介は、これで空襲にさらされることになったから軍需物資生産の保証はもうできない、早期の戦争終結が必要だと主張、東条英機内閣が閣内不統一で瓦解する。しかし、そこから終戦まで1年以上かかり、その間に空襲や沖縄戦で民間人の死者が激増する。「敵に一矢を報いたところで講和を」っていう軍部の幻想に引きずられた昭和天皇にも責任の一端はあると思うよ。
ともあれ、岸信介は優秀だったには違いないし、日本が強者であるがゆえにアジアの弱者を痛めつけたんだから謝罪するのも吝かじゃないっていう余裕はあった。対して、孫の安倍晋三は、たとえば韓国から謝罪を求められると「もう済んだ話なのに今更!」と、自分がいわれない非難を受けた弱者であるかのようにヒステリーを起こす。法的には日本政府が日韓請求権協定の線から譲歩する必要はないけれど、歴史的な責任は痛感してるってことを態度で示すことは大切だと思うよ。韓国の文喜相国会議長が「戦争犯罪の主犯の息子である天皇か首相が高齢の元・慰安婦の手を握って謝罪すれば、これを最後に問題は解決する」って趣旨の発言をしたことについて、日本政府は「甚だしく不適切な内容を含むもので極めて遺憾である旨を厳しく申し入れ、強く抗議した」と。確かに日本政府の立場では昭和天皇を戦犯とは認めがたいだろうけど、個人的に言えば、いたってまっとうな発言であって、他国を植民地化なんかすれば法定に決着しようが100年たっても恨まれて当然のところ、謝罪の態度を示してくれればそれで納得するってのはむしろありがたいことだと思うよ。天皇だって退位前にそれができれば本望じゃない?
田中 仰るとおり。国内各地の被災地と沖縄をはじめとする国内外の戦地に出掛け続けた、前号でも触れた30年間の「祈りの旅」の集大成として在位中に朝鮮半島の韓国に出向きたいと天皇・皇后は純粋な思いで切望しているのに、それを実現させない「政治的判断」こそ、「法治国家」として糾弾されるべき恣意的な「政治的利用」だよ。「私自身としては、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると続日本紀に記されていることに韓国とのゆかりを感じています」と日韓ワールドカップが共催された2002年の前年の誕生日に述べている今上天皇が在位中に韓国を訪れるのを日本が決断してこそ「人間的判断」であり「人間的利用」なのにね。
先日もテリー伊藤が日曜昼間のTV番組で、「ぶん殴った奴は直ぐに忘れても、ぶん殴られた側は忘れたりしない」と学生運動時代の自分の苦い体験を踏まえて日韓関係には日本側の冷静さが大切だと述べたら、他の出演者からフルボッコされていてビックリした。「国柄」を護ると声高に唱和する一方で、定見なき「移民政策」に大きく舵を切った出入国管理法「改正」を扱った1月号でも述べたけど、朝鮮総統府を設置した日韓併合から来年で110年、創氏改名を導入して今年で90年。「恥の文化」とやらを誇らしげに語る日本の「意識高い系」が、それらの押し付けを「恥の歴史」と認識していないんだから絶望的だ。
浅田 韓国海軍艦艇が自衛隊機にレーダー照射したとされる問題にしても、双方のプロ同士で穏便に話し合って再発防止で合意すればいいだけのことだったのに、日本政府が証拠映像なるものを公表しちゃったんで、収拾がつかなくなった。あらかじめ落としどころを考えとかないと。
田中 しかも近衛文麿が、抗日姿勢を貫いて重慶に遷都していた蒋介石政権を「帝国政府は爾後国民政府を相手にせず」と宣言したのと同じく、不毛な論争は相手にせずと一旦は日本が述べたのに、再び脊髄反射でワーウー言い出す醜態を演じてしまうんだから、トホホだよ。その一方で、韓国が発表した映像には韓国語(朝鮮語)と日本語に加えて、世界中のネット民を意識して国連公用語の英・仏・露・中・スペイン・アラビア語での説明が付いていた。慌てて日本も対応したみたいだけど、情報戦という兵站でも後れを取っている。
そうそう、この際、申し上げておきたいけど、「陛下」を付けずに「天皇・皇后」「今上天皇」と対談で「呼び捨て」するのは不敬罪だとメールを頂戴したけど、それこそ「おま言う」だよ。だったら、韓国への「祈りの旅」を今月中に実現させる「Change.Org」署名を始めなさいよ。
イギリスは
合意なきEU離脱へ?
浅田 前回、1979年に新自由主義政策が始まるって話をしたけど、それから40年たったいま不平等や移民の問題が世界を揺るがせてる。アメリカではメキシコとの国境に壁を建てることにこだわるドナルド・トランプ大統領が民主党と対立し、連邦政府の部分的閉鎖が史上最長の35日に及んだ。その後、壁ならぬフェンスをつくる予算を多少認める案で民主・共和両党が妥協、トランプもサインしたものの、同時に非常事態を宣言して国防予算から相当額を壁建設に流用することに。実際は犯罪者の大多数は空港で入国してるんで、国境に非常事態なんかない。トランプが大統領であることこそが非常事態だってのに。この件ではさすがにトランプ支持は少なく、勢いづいた民主党で大統領選挙出馬表明が相次いでる。トランプ人気は景気がいいからもってる面が強いんで、今後は景気も怪しくなってくるから、再選は流動的になってきたね。
田中 父親がジャマイカ出身、母親がインド出身でカリフォルニア州選出のカマラ・ハリス上院議員は、公民権運動の象徴的存在だったマーチン・ルーサー・キング牧師の生誕記念日に出馬表明した。
浅田 州の司法長官で強面だったから、中道の支持も得られる。他方、左派でいくなら、ヴァーモント州選出で無所属のバーニー・サンダースや、マサチューセッツ州選出のエリザベス・ウォーレンも富裕税の構想を具体的に示してるし、世論調査では富裕税を支持する声が多数を占めてる。候補の乱立をおそれる声もあるけれど、この段階から活発に議論したあげく、最後にまとまれば、民主党は思ったよりいい勝負をするんじゃないかな。
ただ、スターバックス元・CEOのハワード・シュルツが無所属の候補として出馬しようとしてる、あれは民主党の足を引っ張るだけだね。
田中 最終的にはトランプが共和党と決別してラルフ・ネーダーと同じように無所属で出馬するというどんでん返しもあり得るんじゃないかと僕は思ってるんだけど(笑)。もともとトランプは党派制を否定してきたんだからね。「サタデー・ナイト・ライブ」で人気を博したコメディアン出身でユダヤ教徒のミネソタ州選出のアル・フランケンにセクハラ疑惑が持ち上がった際に議員辞職を強く求めて「#Me Too」運動の旗頭に躍り出たニューヨーク州選出のキルステン・ジルブランドも時代を象徴している。その意味では男性も、テキサス州サンアントニオ市長からバラク・オバマ政権で住宅都市開発長官に転じたフリアン・カストロはメキシコ系。ニュージャージー州選出のコリー・ブッカーはアフリカ系と多様性に富んでいる。
そのほかにも正式立候補表明には至っていないけど、ジョン・フィッツジェラルド・ケネディと同じくアイルランド系カソリック教徒でオバマ政権の副大統領だったジョー・バイデン、昨年のテキサス州上院議員選で共和党のテッド・クルーズとデッド・ヒートを演じたベト・オルーク、経済金融情報通信社のブルームバーグを立ち上げた富豪でありながらニューヨーク市長時代には地下鉄で登庁していたマイケル・ブルームバーグと多士済々。
そうして、女性でも2月中旬に表明した中西部のミネソタ州選出で中道穏健派のエイミー・グロブチャーは、「ブルー・ステート」と呼ばれる東海岸、西海岸の「リベラル州」出身ではない点が注目を集めているみたいだね。しかも過去3回の選挙で共和党の対立候補に圧勝している。共和党の牙城である南部の「レッド・・ステート」に加えて「ラストベルト」の中西部でも次期大統領選で勝利したいトランプにとっては、心中穏やかでない候補だ。
浅田 他方、イギリスではEU離脱の国民投票を受けてテリーザ・メイ首相が2年間EUと交渉したあげく、離脱派も残留派もその妥協案を嫌って議会で大差で否決、合意なしのEU離脱の可能性が高まってきた。いったん民意が示された以上、国民投票のやり直しはできないっていうけど、2年間交渉してみて困難さがわかったから再度民意を問うってことでいいんじゃないの?
あるいは労働党党首のジェレミー・コービンがそれを提案すりゃいいんだ──メイを批判するだけじゃなく。
田中 「至らなさは改めるに如くなし」と良い意味で「君子豹変す」を決断してこそ真のリーダーなのにね。実際問題、EU元首に相当する欧州理事会議長を務めるポーランド出身のドナルド・トゥスクは「誰も合意なき離脱を望んでいないとしたら、前向きで現実的な解決法はただ一つ。問題は、それを言い出す勇気を誰が持ち得るかだ」とブレグジット協定が英国議会で否決された直後にツイートしている。つまり、百家争鳴な党内事情に引きずられて、再度の国民投票を表明できないメイも、提案できないコービンもチキンじゃないかとね。
浅田 ドイツのアンゲラ・メルケル首相は去年の選挙で負けた責任をとって与党党首を辞任、今年中に首相も辞めるし、フランスのエマニュエル・マクロン大統領は不平等に怒った「黄色いヴェスト」運動に直面、地方で対話集会を始め、7時間にわたって市町村長らの質問にメモなしで答え続けて聴衆を圧倒したものの、さてこれで事態が収拾できるかどうか。
田中 ただし、暴力的な抗議デモと見なせば規制可能だと「反カッスール(壊し屋)法」を可決したのはフランスらしからぬ裁量行政的な規制だと思うよ。
浅田 右翼ポピュリズムに対する警戒は当然だけど、じゃあ左翼ポピュリズムは野放しでいいのか。現に極右が「黄色いヴェスト」運動にすり寄ったりもしてる。難しいところだね。
ただ、逆にEU全体でエリート官僚組織が大きくなりすぎたのがそもそも大問題。欧州議会はあっても、実質的に官僚組織をコントロールする力はなく、一般市民からすれば「自分たちが選んだわけでもないEU官僚の決定に服従させられるのは嫌だ、主権を返せ」って話になるのも無理はないよ。ともあれ、各国で排外主義的ポピュリストが勢力を伸ばす中、ヨーロッパは波乱含みだね。アメリカは中国との対立を深める一方、中東へのコミットメントを弱めてあの地域の不安定性を高めてるし……。
田中 トランプは金正恩とハノイで会談するけど、どんな内容になるか。
浅田 今まで「良識」ある大統領が北朝鮮問題を解決できなかったんだから、非常識なトランプのおかげでちょっとでも平和が近づくならそれで結構。また、北朝鮮もこんな大統領は二度と現れないってわかってるから、誤魔化しながらであれ妥協する用意はあるんじゃないか。それにしても、米朝や南北が首脳会談を繰り返す中、金正恩と会うことすらできず、むしろ日韓の対立を煽って足を引っ張ってる安倍外交にはあきれる。
田中 「どのように拉致問題を解決するかという考え方を(私とドナルドの電話会談で)伝え、それを(金委員長に)伝えて貰いたいと考えている」と、2月19日の夕方に官邸で拉致被害者の家族に話した12時間後、そのドナルド自身に「私は最終的な非核化を見たいだけで、北朝鮮が核実験を行わない限り、早急な非核化実現を求めたりしない」とワシントンで記者団に語られてしまった。
浅田 他方、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と北方領土問題を解決するって意気込んでるけど、1956年の日ソ共同宣言に基づくって言っちゃったんで、プーチンは「領土問題が存在することを認める近年の一連の合意はもういいんだね、日ソ共同宣言は2島の引き渡しを謳ってるけど主権抜きでいいかな?」と居直る始末。それじゃ話にならないとすれば、0島の可能性も強い。なのに、どうしてこんなに期待を煽っちゃったのか。
協力:東京大空襲・戦災資料センター www.tokyo-sensai.net