津波で両親と弟を亡くし、広島に住む伯母・広子のもとに身を寄せているハル。東日本大震災から8年が過ぎ、ふたりは故郷の岩手県・大槌町に行くことを考えていたが、その矢先に広子が倒れてしまう。彼女が運ばれた病院を後にし、辿り着いた人けのない場所で、家族への想いを叫ぶハル。なぜ自分だけ、取り残されてしまうのか。おそらく胸中にそんな不安を抱えながら、彼女は動き出す。
泣き疲れて倒れていたハルのそばを、たまたま通りかかった縁で自宅に連れ帰り、「食え、食え」とご飯を食べさせる公平。いわゆるヒッチハイカーからはかけ離れたハルの様子を心配し、別れ際に電車賃を渡してくれた姉弟。夜、道の駅で、絡んできた若い男たちからハルを助け、そこから大槌町までの道行きを共にしてくれた森尾。森尾が探していた、被災地にボランティアに来ていたクルド人男性の仲間たち。今も福島に暮らし、故郷への想いを訥々と語る、森尾の友人の今田。
少し前まで赤の他人だった大人たちに手を差し伸べられ、少しずつ外の世界に目を向けるハル。制服姿でヒッチハイクする不安げな少女に事情を聞き、諭すよりも、大人たちはまずハルに食事を勧める。公平がいうように、人間は生きている限り、食って出す。共に食べることは、人と人をつなぐもっともシンプルな行為であることを、映像は物語っている。
自分と同じように、津波で家族を亡くした森尾の、かつて福島の原子力発電所で働いていたことへの後悔。帰る故郷はないのに、ある日、突然、不法滞在者として父親を入国管理局に連れて行かれてしまったクルド人家族の戸惑い。短くも濃い時間を経て、ハルはようやく大槌町に辿り着く。
「風の電話」は、大槌町在住のガーデンデザイナーの佐々木格さんが、2010年に死別した従兄ともう一度、話したいという想いから自宅の庭に設置した電話だ。東日本大震災以降、この場所に3万人を超える人々が訪れているという。人間が生きるうえで必要なもの。それはきっと、自分が立ち返ることができる、自分だけの物語を持つことなのかもしれない。
自然の脅威に晒され、生き残った者が裡に抱える喪失感、生きることへの困惑、不安、あるいは自責の念……。ひと色ではない彼らの感情の揺らぎを、諏訪敦彦監督はそのかたわらで静かに、けれど熱く見つめる。見えない力に導かれるままに移動を続け、多くの出会いによって変わってゆく主人公のハルと、彼女を見守る大人たちの佇まいや表情が、何げない瞬間に、ふと脳裏をよぎる。観る者の記憶に働きかける、そんな映画だと思う。
『風の電話』
1月24日(金)より、全国順次公開