「2050年の脱炭素社会に向けて……」という言葉を最近よく聞くようになったが、つまりはどういう社会のことなんだろうか。地球環境を考えるうえで知っておきたいキーワードとその解説を『地球環境戦略研究機関(IGES)』参与の西岡秀三さんに伺いました。
地球環境という大きな問題に、 どう取り組むか。
地球環境という大きな問題に、個人としてどうアプローチできるのか。「今見えているゴールとして、温暖化を止める、二酸化炭素排出をゼロにするなどが挙げられていますが、最終的な目的は、すべての人の、そして地球のウェルビーイングを守ること。とにかく行動しないと人類に未来はないのですから、だったら楽しく、前向きに取り組んでみてはどうでしょう」。なんと心強いお言葉。西岡先生、よろしくお願いします!
keyword 01 生態系
さらに重要なことは、人間は生態系の一員であるということ。人間は海や陸や空など、地球の自然の理のもとで生存していて、その中でしか生きられない存在です。安定した気候は人類、そして生態系の生存基盤であり、生態系を守ることが人類に課せられた大きな使命なのです。
keyword 02 プラネタリー・バウンダリー
この図を見ると、ほかにも多くの問題があるということがわかると思います。たとえば突出している「生物種の絶滅率」は、生物多様性が危機的状況であるということ。気候変動をはじめ、さまざまな要因が挙げられるでしょう。また、「生物地球科学的循環(窒素・リン)」とは、もともと自然界で循環していた窒素とリンが、過剰に放出されていることを示し、結果として海洋汚染や酸性雨、PM2.5などの大気汚染に影響を与えてしまうのです。「?」になっているところは、十分な数値がまだ揃っていないため判断がつかないもの。それぞれで完結することなく、相互に作用し合うことも理解しておいてください。
keyword 03 地球温暖化
産業革命以前には、温度変化はほとんどなかったのですが、化石エネルギーを使うようになって、気温はどんどん上がりはじめ、地球全体に不具合が起きるまでになってしまいました。この地球温暖化を一定に抑える、つまり気温が上がらないようにするには、人為的な排出を止めることが不可欠です。
keyword 04 化石エネルギー
もし人間がこれからも二酸化炭素を出し続けると何が起こるのか。出した半分が大気中に残り、それに比例して地球の表面温度が上がります。結果、世界中の気候が変調をきたし、農作物を損ない、洪水が居住地を襲い、経済活動をも脅かします。多少の温度上昇であれば人間が手を打てば止められるのでしょうが、このまま温度が上がってゆくと、たとえばシベリアでは、これまで凍土に閉じ込められていたメタンが噴出して人力では止めようがなくなり、ついには灼熱の地球になってしまう。仮に温度上昇を2度以内で止めても、そのような危機は起こりかねない、といった警告も出ています。
keyword 05 気候変動リスク
植生が変わり、食料不足は人間を移動させます。彼らは難民となり、国際問題にまで発展する。再び強調しておきたいのは、気候変動は不可逆性の問題を抱えていること。今、仮に気温が2度上がったときに、南極の氷がどんどん解けだしますが、それらは元に戻せないのです。次の世代に対して、大変なリスクを負わせてしまうと考えたら、もはや一刻の猶予もありません。
keyword 06 炭素循環
気温上昇がまだ人間が生活できる範囲で留まっているのは、自然がなんとか調整してくれているから。でも、それももう限界です。工業化以降、人類が石油や石炭、天然ガスなど化石燃料を膨大に消費し、二酸化炭素を吸収してくれる大切な存在である森林を、食糧生産などのために過剰に伐採しています。また土地利用のため切り落とされ放置された木々からも朽ちていく中で二酸化炭素が出るなど、大気中の二酸化炭素濃度は、今この瞬間も増加の一途をたどっているのです。では、どうすればよいか。答えはシンプル。化石燃料の利用や森林の開発などによる二酸化炭素の排出をゼロにする以外、私たちに選択肢はありません。
今、社会システム全体の「リデザイン」が模索されている。
UNFCCC、そしてCOPプロセスの中で、地球温暖化は確実に人間の経済活動に由来するということ、温暖化が地球と人類の持続可能性を脅かすことが明らかとなり、2013年にはIPCCが気候変動を止める手段は、ゼロ・エミッション以外ないことを示し、「パリ協定」へとつながった。「ここで初めて、世界が一丸となってゼロ・エミッションを目指そうとなりました。パリ協定の中で気温上昇を2度に抑えることを世界共通の目標として設定し、さらには1.5度以内に抑える努力を追求することとしています。なかなか難しい目標ではあるのですが……」。目指すのは、「脱炭素社会」。社会システム全体のリデザインが模索されている。
keyword 07 ゼロ・エミッション
ゼロ・エミッションがなぜ必要なのかはもうお分かりだと思いますが、「二酸化炭素を出している限り温度が上がる」ということは、「一切出さなくする以外に止めようがない」ということ。これは自然の掟、自然の理。正確には温室効果ガスの排出と吸収・蓄積を同じにして「実質ゼロ排出」にすることでもあります。「炭素中立」「ネット・ゼロ」など、さまざまな呼び方がありますが、ゼロ・エミッションへの転換は、人類が200年で築き上げた化石エネルギー時代を大急ぎで“店じまい”し、新しい世界(生活様式)をつくるという人類生存を懸けた歴史的大事業なのです。
keyword 08 脱炭素社会
個人の暮らしの選択肢として特に注目されているのは、断熱性能を向上させたうえで、発電設備の導入や省エネを図り、その建物で消費する年間の一次エネルギーの収支をゼロにすることを目指した「ZEH(net Zero Energy House)」や、「EV(Electric Vehicle)」、さらにはEVに蓄電された電力を家庭用に給電できたりする「V2H(Vehicle to Home)」と呼ばれる仕組み。脱炭素社会を目指すうえで重要な要素とされています。
keyword 09 IPCC
世界中から、政府の推薦などで選ばれた専門家3000人ほどが参加し、約6年ごとに気候変動の最新科学成果報告書を公表します。これまで第5次報告書まで作成され、私も第4次報告書まで参加していました。参加するのは科学者だけでなく、政府の関係者も入っています。この報告書は対策などを決める国際交渉の場などで強い影響力を持っています。
keyword 10 UNFCCC
地球温暖化防止について、締約国の一般的な義務などを規定したものではありますが、具体的な削減義務までは規定されていません。それは条約の締約国が集まって開催される年次の締約国会議(COP:Conference Of the Parties)で定められる仕組みになっています。京都府にある『国立京都国際会館』で開催された第3回締約国会議(COP3)で採択された、世界で初めての国際協定、京都議定書(1997年)や、第21回締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定(2015年)はその一つです。
keyword 11 パリ協定
世界共通の長期目標として、平均気温の上昇を産業革命以前に比べて2度ないし1.5度に抑える努力を追求すること。そして途上国を含むすべての参加国が二酸化炭素の排出を減らす努力をして、5年ごとに進展報告することなどが決まりました。
keyword 12 1.5度/2度
最近のレポートでは、あと4、5年の間に40パーセントくらいの確率で1.5度にまで上昇するというものもあるほど。X度以下に止めるまでに出せる二酸化炭素排出量は「X度までの『炭素予算(carbon budget)』」と呼ばれていますが、これはいわば「世界が使える財布の中身」です。今の排出量のままで1.5度に止めたければ、2030年の大晦日あたりには財布の中身はなんと空に!ゆえに日本政府も2030年の温室効果ガス目標を2013年度比から46パーセントの削減、さらに50パーセントを目指していくとも表明しましたが、これを達成するためにどれほどの努力が必要か……。
keyword 13 省エネ
具体的な対策の一つが、この「省エネ」。僕は「節エネ」とも言っていますが、注意すべきは、従来の省エネだと、たとえば自動車の燃費効率や、クーラーなど家電の消費電力の話題に進んでしまいがち。それだけでなく、消費するエネルギーの総量自体を減らすという考え方が省エネ(節エネ)です。これは個人はもちろん、企業やコミュニティベースでも考える必要があります。
keyword 14 自然エネルギー
自然エネルギーを積極的に活用していくことを最優先に、脱炭素社会に向け、実際にどこまで自然エネルギーでまかなえるのかを早急に見極めることが大切です。
keyword 15 土地利用
森林などによる二酸化炭素の吸収によって、温室効果ガスの排出を相殺する「カーボン・ニュートラル」の考え方からも森林は重要。脱炭素社会、ゼロ・エミッションなど、さまざまな表現がありますが、2050年に向けたこれらの目標は、すべて森林などによる除去量が前提となっています。森林を伐採すれば二酸化炭素が大気中に放出されますから、間違いなく維持は不可欠。伐採しても植林をすれば安心かというと、木々が成長するまでの当面の間の吸収はゆっくりで、30年かかるとも言われていますので、その管理・運用には注意が必要です。
keyword 16 気候正義
また、世代間の不公正もあります。気温が上昇し続け、地球全体に不具合を起こしている世界を生み出したのは、若い世代ではなくその前の世代。さらに、低所得層や高齢者などは、気候変動による気象災害や環境変化などで不利益を被りやすい傾向にあります。こうした気候変動によって引き起こされる不公正から、社会的弱者の権利を保護するという考え方を「気候正義」と言います。
keyword 17 カーボンプライシング
このほか、企業活動の中で事業所ごとの排出量を制限し、超えた場合は上限に余裕のある企業から買い取る「排出量取引制度」や、製品の製造段階における二酸化炭素の量に応じて課税する「炭素国境調整措置」なども海外では積極的に導入・検討されていますが、日本では経済界の反発もあり、本格的な導入には至っていません。
keyword 18 地域循環共生圏
昨今、二酸化炭素排出ゼロを目指す「ネット・ゼロ宣言」や、気候危機を受けた「気候非常事態宣言」などをする自治体も増えています。単独の自治体で二酸化炭素の排出をゼロにすることを目指すことは大変素晴らしいですが、たとえば都市部と地方の市町村が連携して、生産プロセスにおける二酸化炭素などの排出と、森林など広大な土地による吸収などを包摂的に捉え、地域連携によって脱炭素社会を実現していくことも考えられます。地域資源を近隣地域と補完し合い、より広域的なネットワークを構築していくという、地域循環共生圏の創造が急務となっています。
次世代が希望を持ち生きられる環境を、みんなで守る。
ハードかつ、そして達成しなければならない課題が山積みであり、悲観しそうになってしまう……。が、西岡さんはあくまでもポジティブだ。「これまでは人間が好き勝手やっていてもなんとかうまくいっていた気候や環境というものが、手の負えない時代になってしまいました。若い人は特に、そういう世界を生きていかないといけない。それは大変なこと。でも、自然とのつき合い方も含めて、この大問題にぜひ挑戦してもらいたい。どうせ生きるんだったら、人類のためにやったほうが楽しいし、元気が出ます。僕も、もうちょっと遅れて生まれて、みなさんともっと一緒に取り組みたかったなあって思ってますよ!」。西岡先生、ありがとうございました!
にしおか・しゅうぞう●『地球環境戦略研究機関(IGES)』参与。工学博士。地球温暖化の科学・影響評価・対応政策研究に従事。専門は環境システム学、地球環境学など。