特集 | SDGs~地球環境編~|これからの世代につなぐ、地球環境について考えてみる!
三玉璃紗さんが案内する、埼玉県・小川町の今。
埼玉県・小川町の地域おこし協力隊隊員として活動する三玉璃紗さんが、有機農業のまちとして強くイメージされる従来の小川町を超える新しい小川町をつくろうと頑張る人たちを巡り、未来を見つめました!
有機農業とは、自然とつながるシステム!
有機農業が盛んな埼玉県・小川町。若い世代の有機農家も増え、それぞれが自分流のやり方で有機作物を育てている。三玉璃紗さんが大学で在来品種の継承と保全について研究していたときに取材した『横田農場』の横田岳さん・海さんの兄弟もそうだ。両親とともに年間約100品種もの多様な作物を有機栽培で育て、飲食店や提携会員の個人客に販売している。
目次
横田 岳さん、横田 海さん
有機栽培の作物は、食べる人の体にも、地球環境にもいいものとして価値を高めている。ただ、岳さんは、「有機栽培だからと言って100パーセント自然の作物というわけではありません」と指摘する。「ビニールハウスは石油製品だし、野菜を車で配送するのにもCO2を出します。種だって」と示す、なばなの種が入った袋にはアメリカ産と記されている。「小川町産の有機野菜であっても種は海外産だったりするのです」。さらに、有機農業に限らず日本の農業全般が補助金によって守られている事実。「そういう部分は多くの農家は触れずに、有機作物は自然の恵みだとアピールします。曖昧にせず、説明する必要もあると思います」と岳さんは語る。「なぜなら、地域に残る食文化を未来へ向けて受け継ぎたいから」と、手ですくって見せてくれたのは、小川町産の青山在来大豆。昔から小川町の青山地区のおばあさんたちが自家製の味噌用に栽培していたものだが、味噌がスーパーで売られるようになり、自家製味噌がつくられなくなるとともに青山在来大豆の栽培も減少した。
物流が発達し、社会が便利になるほど非効率な食文化は消えていく。青山在来大豆のように地域の価値ある作物や食文化を残すためにも、有機農業とは何かを消費者に理解してもらうことは大事だ。「有機農業は手間がかかるもの。だけど、自然とのつながりのなかで人間らしく生きていける、持続可能なシステムでもあるのです」。
岳さんと海さんは現状をそんなふうに説明しながら、さらに自分たち流の有機農業を追求している。
黒礒由起子さん、西 沙耶香さん
石蔵をリノベーションした、小川町らしい集いの場。
築約100年の石蔵をリノベーションしたコワーキングロビー『NESTo』。コワーキングスペース、イベントスペース、カフェスペースという“働く・集う・憩う”の3つの場を備えた「まちのロビー」としてオープンし、人気を呼んでいる。「ネストは、英語で巣のこと。巣ごもりというように、ここで作業や勉強に集中したり、まちに巣立っていっておもしろい人や場所を発見したり。町内外の利用者がそれぞれの創造力を開放し、多くの人と交流できる場になればうれしいです」と、スタッフの黒礒由起子さんは話す。
ひときわ目を引くのが、長い木のテーブル。小川町の腰越地区の山で見つかった樹齢約100年のスギの一枚板で、天板の厚さは11センチ。天板が汚れたり、傷ついても、それだけの厚みがあれば研磨して一新できる。「天然素材に囲まれて仕事や交流を楽しめるのも小川町ならではのスタイル。新しいムーブメントやコミュニティが生まれていくのが楽しみです」と黒礒さん。ちなみに、NESToを並び替えるとSTONE(石)になり、NESTの最後についている「o」は小川町の「o」だとか。なんともユニークで、クリエイティビティを刺激してくれそうな空間だ。
谷口西欧さん
都市のエアポケットで、自分を取り戻す。
空き家を民泊施設にリノベーションし、地域の飲食店や温泉、歴史や人をつなぎ、まち全体を一軒の宿に見立てて小さな経済を回す「まちやど構想」。その1軒目が『まちやどツキ』だ。「眼下を流れる槻川の眺めにちなんで名づけました」と話すのは、運営するNPO法人『あかりえ』代表の谷口西欧さん。『NESTo』の運営や企業向けSDGsツアー、小川高校でSDGsをテーマにした授業を企画するなど多様な活動を行っている。「スペインで生まれ、10代後半は小川町で有機農家の野菜を食べて育ちました。長く東京の環境系NPOで働いた後、自ら土に触れ、暮らしを手づくりする時間を増やしたいと感じ、小川町にUターンしました」。
2019年にNPO法人『あかりえ』を設立し、主にまちづくり関連の仕事に従事している。「10代の頃の小川町とはずいぶん変わりました。オーガニックレストランができたり、若い移住者が持続可能な暮らしを無理なく実践していたり、世代や出自を超えたコミュニティの拠点が生まれたり。そんな小川町や『まちやどツキ』が、都市のエアポケットのような場になって、訪れた人が自分の創造性を取り戻すきっかけを見つけてほしいですね」。
笠原和樹さん、鈴木貴之さん、木谷海斗さん
若者のやる気を応援する、まちの先輩!
オーダーメイド家具のデザインと製造・施工などを行う『センティード』代表の笠原和樹さんは小川町のキーパーソンで、若者の起業や活動を応援している。例えば、『センティード』の工場では、クラフト作家や有名アーティストに工房スペースをリーズナブルな賃料で貸したり、2階はマッサージ店に貸したりしている。横浜国立大学大学院で建築を学んだ3人組『KIWI architects』には住居兼工房の建物を貸し、キャンプ場経営を夢見ていた鈴木貴之さんには、所有する山裾の空き地を無償で貸し、キャンプ場『Ogawa Plum Garden for campers』の経営を後押しした。当初、空き地のある集落の人たちはキャンプ場ができることを不安視したが、笠原さんが良好な関係づくりに尽力。今ではキャンプ場で販売する規格外野菜や畑で育てる野菜の苗を提供してくれるなど協力的だ。
若い人たちの活動を応援する理由を尋ねると、笠原さんは、「僕自身も『センティード』の起業で苦労しましたが、父に製材所の空きスペースを貸してもらい経済的に助かりました」と振り返る。「さまざまな分野の可能性を秘めた若者をサポートすることで、有機農業だけではない多様な産業や文化が育てば」。
そう言う笠原さんを兄貴的存在として慕うのは、『Ogawa Plum Garden for campers』代表の鈴木さんだ。「キャンプを楽しみつつ、まちで食事をしたり、興味のある場所に出かけたり。ここが、小川町を知るためのハブとしての役割を担えたら。そのためには、まちの人との関係性をもっと強めることが必要。ここで小川町の地酒なども提供したいです」と話す。
『KIWI architects』のメンバーで、小川町の地域おこし協力隊隊員としても活動する木谷海斗さんは、「今、『旧比企銀行再生プロジェクト』に取り組んでいます。うまく進められたら、町に残る歴史的な建物や古民家の再生にも携わりたいです」と意気込む。そんな、若い移住者のやる気とアイデアが小川町で実を結ぼうとしている。
赤堀敬祐さん・香弥さん、藤野真也さん・かおるさん
自然とともに、暮らしを手づくりする喜びを実感。
自然との距離が近い暮らしを求めて東京から移住した赤堀敬祐さん・香弥さん夫妻と、藤野真也さん・かおるさん夫妻。赤堀さん夫妻は『だいこんや農園』という屋号で有機農業を営み、敬祐さんは最近、木質チップをつくる仕事も始めた。香弥さんは、「東京で忙しく働いていましたが、暮らし方を変えようと移住しました。そんな移住者がつながって、暮らしを手づくりする楽しさをシェアしています」と話す。藤野真也さんは、ランドスケープデザインの設計の仕事をしながら、『竹やふじの』という屋号で竹細工をつくり、販売している。紐の部分は、柿渋染めで布小物をつくるかおるさんが染める。「地元の方々と話すのが楽しいです。山を見て明日の天気を予想するとか、日常のそんな会話が新鮮」とかおるさん。真也さんは、「小川町は山に囲まれていて、自然との関係性を持ちやすいスケール感があります。子どもたちと登って、山頂から自分の家を探したり」。香弥さんは、「畑に向かう途中、子どもたちは野イチゴを採って食べています。この頃は桑の実を、おやつ代わりに」と。かおるさんも、「うちの子もそう。あそこの桑の実は採りやすいとか言って」と笑顔。
真也さんは、「東京まで電車で1時間半というほどよい距離感も心地いいし、行き来するなかで両方の利点と欠点が見えてきます。自然と都市の両輪を回して暮らせば、新しい価値を発見できそう」と話した。
最後に敬祐さんが、「人間も生き物。自然のなかで生きていくことが理にかなっているとわかりました。猟友会の罠猟に参加し、獲れたシカの肉を捌いています。妻は苦手なようですが、子どもたちは喜んでいます。私も自然の恵みを直接、受け取ることができる暮らしに幸せを感じています。足りないものは、友達やご近所の方がくださるので、収穫した野菜をお返しする。自分の手で暮らしをつくることが毎日の喜びです。そのためのフィールドが小川町にはあります」と、充実した暮らしぶりを話した。
尾島満矢さん
手指を動かし、成長を促す「農家保育」を実践!
2021年4月に開園した『小川っ子保育園』では、子どもたちが泥んこになって遊んでいる。ひとしきり遊んだ後は水道で手足を洗うが、「蛇口は自動で水が出るタイプではなく、あえて指で捻るタイプのものを設置しています」と園長の尾島満矢さんは話す。「手指は“突き出た脳”と言われるほど神経回路が集まっています。それを刺激することで発達を促そうと考えています」。園舎の木の床を裸足で駆け回るのも足裏を刺激するためだし、「地域の農家さんから田畑を借り、子どもたちが野菜を育てる『農家保育』を実践しているのも手指の刺激のため」と尾島さんは言う。畦塗り、田植え、草刈り、バケツで水を運んだり、梅ジュースをつくったりなど、子どもたちは手指を動かしながら農作業を楽しんでいる。
食堂の壁に貼られた「保育目標」の4つ目に、「自然との触れ合いにより豊かな感性を育む」とある。「田植えや山登りをしたら、田んぼや山を意識する子どもになります。田んぼは米を育てるだけでなく、カエルやトンボとも遊べる場。遊びを通して、生物多様性や地球環境の大切さを意識する人間に育ってほしいです」と、尾島さんは未来をつくる子どもたちを温かい眼差しで見つめた。
三玉さんと巡った、 新しい小川町。
今日は小川町で暮らし、働く人たちを訪ねました。小川町は“有機の里”としてよく知られており、以前からサスティナブルな活動が当たり前のように各々で取り組まれてきました。最近では民間と行政が連携した「小川町SDGsまち×ひとプロジェクト」や森の中で音楽と小川町の食を楽しむイベント「小川町オーガニックフェス」のような新しい動きも見られます。少し硬派なイメージがあった小川町で、「ちょっと興味がある!」というような人も交流しやすい場所や、ナチュラルな暮らしを軽やかに楽しむ子育て世代が増えてきています。かつて無機質な都心部での仕事に疲弊していたときに、小川町の豊かな自然に触れては自分らしさを取り戻していました。自然のそばに拠点を移し、心に余裕を持ちながら、ていねいに暮らしていく。そんな人が増えることが地球環境にもいいことと確信しています。
photographs by Hiroshi Takaoka text by Kentaro Matsui