故郷へUターンで家業を受け継ぐ。佐々木翔さんが仕掛ける、土地をミカタにする建築設計事務所とは

故郷へUターンで家業を受け継ぐ。佐々木翔さんが仕掛ける、土地をミカタにする建築設計事務所とは

長崎県島原市という自然豊かな地域で建築設計事務所「INTERMEDIA」を構える佐々木翔さん。東京の設計事務所での勤務経験を経て、地元にUターンして5年、数々の実績を残している。またオープンデスクやアルバイトで、県内外から若者が地方にあるこの事務所にやってくる。なぜUターンしたのか?どうして人が集まるのか?建築業界注目の若手建築家に聞く、専門職×地方移住のカタチ。

どうして地元にUターン?


長崎県の南側に位置する、雄大な自然に囲まれた島原半島。島原市内には城下町の名残で武家屋敷がならび、町中に湧き水が流れる歴史と水の都だ。アクセスは長崎市内から車で2時間弱、もしくは熊本県の熊本港や天草からフェリーで30分。豊かな自然や絶景、美味しい食材に恵まれているが、決していつでも気軽に行ける場所ではない。


島原・武家屋敷の風景
武家屋敷群が連なる通りに、清らかな湧き水が流れる

建築設計事務所「INTERMEDIA」(以下、インターメディア)は、そんな場所にある。代表の佐々木信明さんと、息子の佐々木翔さんを中心に組織・事業を展開。翔さんは18歳まで島原市で過ごし、大学進学を機に福岡へ。大学院進学や1年間の休学などを経て25歳で卒業し、東京の建築事務所「SUEP.」に就職する。在学期間中も含めて約5年働いたのちに、30歳で地元・島原へとUターン、父・信明さんが経営するインターメディアに合流した。


佐々木翔さん
佐々木翔さん。背景には、生まれ育ち、そしてまた戻ってきた島原の原風景が

翔さんは、ベテラン信明さんのサポートも借りながら、故郷に戻ってからも数々の実績を残す。また、長崎大学や九州大学の非常勤講師を務め、来年度からは福岡大学でも講師になる予定。加えて、翔さんの交流関係や公の場での接点を通じて、定期的に学生が事務所住み込みのオープンデスクに訪れる。地方であっても様々な功績があり、社会との繋がりが豊富なのだ。このような故郷での働き方と、組織の体制づくりの秘密を紐解いてみた。


湧水と土間の家
活動拠点の島原にて、地域資源である湧水を活用した住宅「湧水と土間の家」(写真:中村絵)

東京じゃなくても、やっていける。


東京の設計事務所に就職したと言っても、実はそのうちの約半分は九州にいた。長崎のお隣、佐賀県嬉野市での大きなプロジェクトを担当した翔さん。スムーズな遂行のためにも、2013年から住居を嬉野市に移していたのだ。また、そのプロジェクトはインターメディアとSUEP.の共同事業だった。嬉野市のプロジェクトは、実績がある地場の建築事務所でないと受けられない要件があったため、同じ九州の長崎に事務所を構えるインターメディアと取り組むこととなった。


インターメディア事務所の様子
インターメディアの事務所・内観

翔さんは、島原のインターメディアに打ち合わせなどで通いながら仕事を進めた。その度に島原の事務所で作業もするし、事業パートナーであるインターメディアの働き方も見れる。また、比較的に若手なSUEP.と、経験豊富なインターメディアのタッグということで、ベテランが若手を支えるという構図でもあった。このような状況下で、「地方でやっていく」ことのシミュレーションができた、というのがUターンを決めた理由だった。そして結論を言えば、「地方でもできる」が答えだったのだ。


翔さん:通販サイトで物資を注文すれば、早くて翌日には島原にも届きます。もちろん、通信環境も問題ないので、7年前の時点でもデータのやり取りには支障がありませんでした。そんな東京と同じ条件下で、こっちでは自然豊かな環境を目の前にして製作に励むことができるんです。


島原の風景
翔さんが日常的に見ている風景

 図面を書くという仕事は、創作的な側面を持つ。作業に没入して作品を生み出すには、情報量の多い都市よりも、幼少期より育ってきた地元・島原の空気のほうが性に合っていたようだ。業務の環境には差が無くとも、よりパフォーマンスが上がる場所を選ぶ他にない。また、次々に情報が飛び込んでくる都会とは程よく距離を保ちながら、たまに自分の興味・関心が向くままにインプットの機会を選択できるほうがストレスがなかった。そうして、嬉野市の建築物が竣工後、SUEP.を卒業し、2015年に故郷へ帰ってきた。


敷地内の湧き水で麦茶を冷やす
事務所の敷地内にも湧き水が流れる。麦茶を冷やして飲むのが日課だ

外から若者が集まる場所にするために

地方にいるからこそ、あえて開く。


インターメディアには、定期的にオープンデスク中の学生がいる。長崎県内からはもちろん、佐賀、富山、名古屋からなど、ここ最近で挙げられた地名は日本全国に広がった。特に最近みなが揃って口にするのは、「地方で活躍する人を見てみたいから」。建築設計事務所によってオープンデスクでやることは様々だが、ここインターメディアでは、実際に進行しているプロジェクトに入ってもらう。模型を作ってもらったり、プランニングを一緒に検討したり。学校では積めない実務経験と、設計したものが後になって仮想ではなく現実に建てられる光景は、かけがえのない財産になるのだ。


学生を交えて事務所で作業をする風景
学生、スタッフが交わって検討を深めていく

学生がオープンデスクの事務所を選ぶ際、意外にネックとなるのが泊まるところだ。長い間そこに滞在するとなると、知人のツテでもない限り宿泊場所は無いし、そんなにたくさんお金も無い。そんな学生あるあるを解決してくれるのが、2018年から借り始めた武家屋敷オフィス。


武家屋敷の内観
ここ島原で働くこと自体の意味を考え、体感するためのワークスペース

ここの2階は学生が泊まれる住居スペースになっているのだ。そうなれば、インターメディアが気になる学生は「とにかく行ってみよう!」と飛び込んできてくれる。そこで待っているのは、武家屋敷が連なる町並みに、すぐそばで湧き水が流れる非日常の環境。学生はこの地域ならではの文化や風土を肌で感じながら、地方で働く自分をイメージできるわけだ。


武家屋敷オフィスの2階から眺める景色
武家屋敷オフィスの2階からは、島原独特の眺めが広がる。この景色を毎日見れるだけでも来る価値がありそう

学生の積極的な受け入れは、事務所側にとってもメリットはある。世間と距離が離れてしまうこの場所で、外部からの刺激は重要だ。また、地方で個人事務所を存続させていくためには、常に門戸を広くしておき、人が循環するシステムを保つ必要がある。スタッフは独立や入れ替わりが前提なため、仲間探しの種を撒き続けなくてはいけないのだ。


翔さん:島原には大学が無いですし、長崎県内でも建築系の学科がある大学は一つしかありません。では、どうやってこの事務所を維持していくのか。それは、僕らの認知度を上げることはもちろんですし、常に人が入ってくるような状態でないと「ここで働きたい」という想いには巡り会えません。


ここは何もしなくても人が通る場所ではない。翔さん自身がメディアに出たり、大学の講義やオンラインイベントに出たりすることで自ら進んで社会と繋がっていく機会は、偶然の出会いをもたらしてくれる大事な時間だ。


大学での講義風景
大学での講義風景。様々な場所で知り合う学生が、オープンデスクや入社に発展する可能性がある

起業ではなく、「継承」を選ぶということ。


翔さんが故郷・島原へのUターンを決めたのは、父・信明さんがいたからという影響もある。起業ではなく、継承の道を選んだ翔さんは、組織代表の二代目にあたる。信明さんは地域での信頼をどのように築き、しがらみをどう受けて止めてきたのか。自分は何を変えて、何を残すべきか。地方で二代目がどのように組織を継承・発展させていくかは、起業とはまた違った決意や覚悟の形である。


島原の風景


同じような思いや事情を抱えている人はいるかもしれない。地方出身者で専門職として都市部へ羽ばたいた人も、元々は親の背中を見て育ったから、というケースだって少なくないだろう。自分のこれから先の人生を考えた時、そのまま今の場所で活動するのか、故郷に戻るのか。はたまた、独立するのか、親の後を継ぐのか。


翔さんは大学を卒業して、一度親元を離れたことが良かったと振り返る。別の事務所で自分のスタイルを確立してから合流できた。先代のやり方が必ずしも正解とは限らないし、自分には自分の働きやすい形がある。インターメディアの場合は、現在も代表は信明さんだが、実質的には翔さんを表に立たせ、大部分を任せている。元々、会社名が「(個人名)建築設計事務所」ではなく、「インターメディア」というフラットな名称だったことも実は大きい。


そして、翔さんと信明さんはきちんと対話を重ねた上で、武家屋敷オフィスを新設するなどして事務所を二拠点化した。翔さんが考える、プラスアルファの部分を積極的に具現化していくためだ。何を継承し、発展させていくか。近年のインターメディアの功績や、県内外から人が集まる拠点になっていることがその変化の軌跡である。それは父でもあり、組織のトップでもある信明さんとの、適切な距離感と真っ向から話し合える関係性あってのことだった。


翔さん


今では、今後の組織の在り方や翔さんの位置づけなどをどうするか、話し合いを重ねている。また、拠点をさらに増やすことも視野に入れており、流動的で柔軟な展開ができないかを模索中だ。人の流れを有機的な観点で仕掛けていき、常に変化を取り入れて動く翔さん。決してただの空間づくりにとどまらない、生まれ育った故郷の土地の強みを味方につける働き方は、ローカルプレイヤーとしてのヒントが詰まっているはずだ。

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