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多様性

連載 | ゲイの僕にも、星はキレイで肉はウマイ

自分を大切にすることは、とても難しい。

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今号の『ソトコト』は「明日への言葉、本」という特集らしい。もちろん僕も、これまでたくさんの言葉や本から活力を得てきた。初めてゲイだとカミングアウトした時に言われた「悔しいね」という言葉がまず、そうだ。長らく、ゲイであることは罪であり恥であった自分にとって、「バカにされるなんて悔しい」と言われたことは本当に大きいことだった。あの日、これまで歩んできた道とほんの数度だが向かう方角が変わって、あのまま進んでいたら見たであろう景色と、今はまるっきり違う景色を見て生きている。カミングアウトなんて一生しないと思っていたが、今はこんな連載さえ書いているのだ。人生は想定外の連続だ。

この数年でもらった大事な言葉は何だろうと考えてみると、一番印象に残っているのは、担当してもらっている美容師さんからもらった「そうなんですか」という言葉だと思った。さりげなく、そして短い返事の一言だったけど、僕はとてもその一言に影響を受けた。

あれはたしか2度目か、3度目に訪れた時だったと記憶している。他愛ない雑談はだいたい恋愛の話に至るもので、僕は「おつき合いされてる方とかいるんですか?」という問いに「いないんですよ、僕ゲイなんですけど」と答えて、話を続けようとした。

自分で言うのもなんだが、僕のカミングアウトは受け手に気を使わせないものになっていると思う。ほとんどの場でセクシュアリティをオープンにしている僕は、極めてリラックスした感じの笑顔で、そしてとても自然なことのようにカミングアウトできるからだ。とりわけ女性相手だと言いやすい。相手からすると、恋愛感情を向けられるかもしれないという緊張感からも、同性特有の気遣いからも解放されると知っているからだ。僕のこれまでの経験からだと10人中9人の女性がカミングアウトされた瞬間にパッと顔を明るくさせ「そうだったんですか!」とか「え〜! 意外です!」と喜ぶ。この日もそんな反応を期待していたのだ。

でも、彼女が言ったのは「そうなんですか」の一言だけだった。予想外だった。その顔には多少の戸惑いを感じたが、喜んでいることを匂わせるようなゆるみも、拒絶しようとする緊張感も見当たらなかった。そしてていねいに「こういうのって聞いていいのか分からないんですけど」とか、「もし変なこと聞いてたら教えてほしいんですけど」と補足をしながら、「どういった方がタイプなんですか?」と話を続けてくれた。やさしい笑みを彼女は浮かべていた。

僕は一瞬「あれ、盛り上がらなかったな」と戸惑ったのだが、少しして、胸の中心からじわじわと温かくなるのを感じていた。僕はあの日初めて「ああ、自分ってゲイであることをネタにしたいなんて思ってなかったんだ」と気づいた。僕は、大切にされたかったのだ。

自分を大切にするということは、とても難しいことだと思う。人間は何もかもに慣れてしまう生き物で、嫌だったことにもいつか慣れて、そのうちに嫌だったことさえ忘れて、乗りこなすようになってしまう。自分と他人の間にできたコミュニケーションの形は、いつの間にかルールにまで育って、そのルールは簡単に絶対になる。

僕にとって女性にゲイだと伝え、そして喜んでもらい、距離をつめることはひとつのルーティンだった。その中で得た喜びもたくさんあるし、それら一つひとつに「偽物だった」とラベルを貼り直すことは、まるで自分の人生を否定するかのようでしたくはない。でもこれからは、大切な人の前で「ゲイであること」を笑い話のように話す必要なんてないのだと気づけたことは、本当に大きかった。

ちなみに、彼女は堅物というわけではまったくないと補足しておきたい。話を聞くのが上手で、よく笑い、そして単純に美容師としてのスキルが高いのだ!(完璧)。僕はこの先移住でもしないかぎり、彼女に髪を切り続けてもらいたいと思っている。この連載、読んでるって言ってたし、次に行ったら感想を聞こう。

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