上海、13年ぶりの街の失われた“何か”。
意外だった。13年ぶりの上海の街は驚くほど静かだった。
今回は微住ではないが、年末年始を上海で過ごした。上海は私が学生時代、初めて一人で海外旅行をした記念の地だ。当時忘れもしない、地下鉄でiPodを盗まれ、アジアの洗礼を受けたことは、今ではもう笑い話だ。
今回、中国滞在で面倒だったのが、SNSやLINEが普通には使えないこと。どの国に行く際も普段はその国のSIMカードをレンタルし、何のストレスもなくスマホを使用していたが今回は勝手が違う。
やむを得ず、SNSやLINEがそのまま使用可能になる割高のWiFiを借りてなんとか使うことはできた。それ以外にもGoogle mapが使えないため、中国の地図アプリをダウンロードするなど、事前にローカライズが必要だった。
特筆すべきは日本以上にキャッシュレス化の進む中国における「Alipay(支付宝)」の便利さ。中国のアプリで画面いっぱいとなり、“中国化”した我がスマホに、上海での旅のすべてを任せることができた。
今回の話のテーマは上海の「静けさ」についてだ。ここはアジアを代表する大都市・上海。騒音や喧騒は想像するに難くない。
しかし、13年ぶりの上海の街は異様なまでに静かだった。
まず、行き交うバイクやスクーターはすべて電動で音がしない。そしてさすがに人の数は多いものの、想像以上にうるさくない。街からすっかり“雑音”が取り除かれた感じだ。
「監視社会」といわれる今の中国の街の姿か、信号機にも監視カメラと大型モニターが取り付けてあり、信号無視をしようものなら、政府に登録されている顔写真や個人情報とともに締め上げられる。
進化したテクノロジーをここぞとばかりに駆使し、常に街や人を監視することで、モラルやマナーの問題はある程度は解決しているのかもしれない。しかし、それ以上に人々の表情や街の音までも失ってしまったようだ。そしてどの人もスマホの画面を覗いている。

宙吊りの状態で“プライバシー”を考える。
「レンマ」という言葉がある。因果関係で物事を整理し判断する西洋的な考えの「ロゴス」に対して、因果関係の「あいだ」に意味を見出す東洋的な考え方の源である。
上海で目にしたAIやテクノロジーの発展と対する街の静けさ。
公害やマナー問題に対し、技術で人や街を徹底的に監視し問題を解決する。ロゴス的に考えるとこれは理にかなっている。

しかし釈然としないのはなぜか。そのひっかかりこそ、我々人間の持つ天然資源「プライバシー」が関係しているのだろう。今後、人間とインターネット・AIの距離はよりいっそう近くなる。ネット上の自分がもはや自分以上の自分に思えてくるような状況の中で、最後に決定的に同一化できない“何か”を我々は持っていると信じたい。
それはレンマの考えである「あいだ」の中に見出す、「プライバシー」という存在。ここでいうプライバシーとは個人情報などの表層的なものだけではない。その領域は他人に関与されない余地の中でこそ保たれる。
明確な理由づけや言語化できない、無目的な「空」の部分。そこに理屈や因果を求めてしまってはいけない。

どんな物事も、ロゴスの考え方で白黒をつけたほうがシンプルでダイナミックな気がするが、世の中は決してそうではなく、レンマ的に“宙吊り”の状態で物事をとらえることで見えてくる“何か”がある。
そこはAIにもきっと処理やアプローチができない人間固有の領域。話はそれるが、クラウドファンディングの価値をAIは判断できるのだろうか。支援したいと思う動機には、言葉にできない何か惹かれるものだったり、縁のようなものがある。
その部分は他人に監視や関与されたくないし、自分自身のプライバシーの領域が保たれたうえで成り立つもの。街にも、我々自身の肉体にも、この領域は絶えず残しておきたい。
年越しのカウントダウンを終え、一向に進まない大渋滞のタクシーの中。犯罪防止のため、必要以上にプラスチックの板で覆われた運転手と他愛もない話をしながら、こんなことを考えていた。