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特集 | まちをワクワクさせるローカルプロジェクト

「シビックプライド」考。【歴史編】

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今、地域づくりやコミュニティデザインの文脈で注目されているキーワードの一つに「シビックプライド」があります。「まちに対する市民の誇り」と翻訳されることの多い、この言葉の歴史や文化的背景について、東京理科大学理工学部建築学科教授・伊藤香織さんに聞きました。

目次

ヴィクトリア朝に興った、シビックプライドの背景。

シビックプライドは単なる郷土愛、まち自慢ではなく、『自分が関わっていることでこの場所がよくなる』という、当事者意識に基づく自負心。そのうえでの『都市に対する市民の誇り』です」
 
伊藤さんによれば、シビックプライドという考え方の発祥はイギリスだという。「シビックプライドとは?」に先立ち、社会の中に登場するようになった歴史的背景などをまずは教えていただいた。
「19世紀のイギリス・ヴィクトリア朝の時代1837〜1901年)。18世紀の産業革命によって、工業化とともに都市化が進みました。農業は農地がベースになるので、働き手を集約しない。一方工業は工場で行われ、そこには人が多く必要となる。ゆえに人口密度が上がり、新たな都市が形成されていきました。当時は30年で3倍とか、ものすごい増え方で、当然ながらその都市に生まれていない人が、別の場所からやってきていたというのがほとんど。都市が急激に大きくなったことと、もう一つは、工業化に伴う商業の活性化によって、富を蓄え豊かになり発言力を持った市民階級が登場したことが、まず背景にあります」
 
新しい一部の市民階級は、多くは進歩主義者であり、社会的矛盾や不合理を改善し、より新しく優れたものを追求する考え方を持っていたという。「進歩的な生活をしよう、都市にしていこうという気運の中、新たな都市づくりを率先して支えていくことが彼らの誇りだったようです。その象徴が公共建築や公園。それまでになかった市民のための新しい空間をつくっていくこと自体に、『自分たちは都市をつくっているんだ』『社会を新しくしているんだ』というような意識があり、当初はそれをシビックプライドと呼んでいたと考えています」
 
建設を呼びかけ世論を形成したり、実際に寄付をしたり。もちろん、文化的なイベントのようなものもその対象ではあったが、とりわけ当時の建築はシビックプライドが具現化された都市のシンボルとして象徴的だったようだ。

シビックプライドは、ロンドンでは流行らなかった!?

イギリスで興ったシビックプライドであったが、首都・ロンドンではあまり盛り上がらなかったという。「むしろ、リーズやマンチェスター、リバプールなど、工業化が進んだ、地方の中規模の都市が中心。『向こうの街には負けない!』といった競争意識はもちろん、中央に対する独立心もあったでしょう」。このエピソードは、どことなく今の日本の地域づくりに関する雰囲気に通じるものがあるようにも思う。「ただ、20世紀になる頃にはシビックプライドは流行らなくなるんです。地方を盛り立てていた知識層・富裕層が、中央に興味を持つようになったり、他方では田園趣味への興味・回帰の動きがあったりして、シビックプライドが廃れていったと言われています」。コロナ禍を経た今、一部開疎化に進む流れにも似ているような気がした。

シビックプライドが生かされた、ブレア政権時代の都市再生。

イギリスでシビックプライドが再び注目されるのは1990年代および2000年代。当時首相であったトニー・ブレアは、ヴィクトリア朝時代の公共建築のあり方について言及。デザインや都市再生を重視していたブレア政権は、「100年前の建築はシビックプライドを体現した、高水準のものであった」と評価したそうだ。

「私自身、その時期にヨーロッパの都市再生を見る機会が多く、そこでシビックプライドに出合いました。やっぱりその頃の都市再生ってワクワクするし、クリエイティブ。今考えると、ちょっとデザインバブルっぽいところもあったけど、戦略的に取り組んだ結果、本当に疲弊していた町が『こんな風に変わるんだ!』というのを目の当たりにして。交通政策、アート、公共空間など、各分野の人たちが創造性を発露させ、新しいものを生み出し、統合できていると感じたのです。その核というか、都市再生とマッチしていたのがシビックプライドだったんですね」
 
イギリスの都市再生とシビックプライドの実践は、伊藤さん監修の『シビックプライド―都市のコミュニケーションをデザインする(宣伝会議刊)』に詳しい。例えば、重工業や造船で栄えたが第二次世界大戦を機に長期的な不振に陥ったニューキャッスルの再生は、象徴となるアート作品の設置を皮切りに、産業都市の歴史・文化に敬意を払いつつ閉鎖した工場を文化施設にリノベーションしたり、市民理解を深めるためのニュースレターの発行や、アートイベントを開催したり。注目したいのは、イギリスでは物的再生が重視されていたと同時に目に見えない”誇り“
の再生があったことだ。

「2008年にこの本を出したときに『勇気づけられました!』って言ってくださる方が何人もいて。シビックプライドを『ピカピカ輝く言葉』と形容される方もいました。地域のプレイヤーは結構孤独。空回りすることもあるでしょう。そんな人たちに届いたのだと感じます。海外の考え方をそのまま日本に当てはめることは難しいのですが、各地の歴史や文化の文脈を活かした、デザインや地域づくりが育まれたら幸いです」

伊藤香織さん
いとう・かおり●東京都生まれ。東京大学大学院修了、博士(工学)。専門は都市空間デザイン・都市解析。2002年より東京ピクニッククラブを共同主宰し、国内外の都市で公共空間プロジェクトを行う。2006年よりシビックプライド研究会代表。
photographs & text by Yuki Inui
記事は雑誌ソトコト2022年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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