ソトコトでは地方自治体さんとのお取り組みで、『たなコトアカデミー』などの「関係人口育成講座」を運営しています。
本記事をお読みの方には、講座の参加者の募集告知をご覧いただいた方もいるかと思います。また、講座の参加に興味はあったけど、もう少し講座のイメージが湧いてから参加したいと思った方もいらっしゃったのではないでしょうか。
今回はソトコトが手がける関係人口講座の1つに当たる、和歌山県田辺市を舞台にした、第3期『たなコトアカデミー』にご参加いただいた東京都在住の山中さんにインタビューを実施。講座の受講動機や山中さんの田辺市との関わり方について、根掘り葉掘り聞いてみました。
ソトコトが手がける講座がどんなものかを読者のみなさまに知っていただくのと共に、関係人口としての山中さんの「地域との関わり方」をお届けします。
目次
もともと田辺市の関係人口だった山中さん
東京で薬剤師として長年仕事をされてきた山中さん。実は薬剤師は、需要と供給の兼ね合いで、人口が多い都会よりも人が少ないローカルエリアの方が高給になることがあるらしい。そんな中、日々の仕事でモヤモヤを感じるようになったと山中さんは言います。
山中さん「東京での仕事に行き詰まりやモヤモヤを感じることが増えました。かと言って全く新しい職種の仕事を始めるのもピンと来なかった。だったら『場所を変えてみよう』と思いついたのが田辺市との関わりの始まりでした。
思い立ってからはさまざまな場所を探し始めました。全く知らない土地に行くのは当然不安もあります。私の場合、和歌山県には数回旅行で訪れたことがあり、その時から住み心地の良さを感じていました。
『東京の友人から会う誘いがあるとすぐ移動できてしまうのも良くないから、あえて新幹線が止まらないエリアを選んでみよう』や『けれど、緊急時の際には移動がしやすいよう空港は近い場所が好ましい』など少しずつ具体的な条件を考えていきました。」
田辺市には新幹線の駅はないが、お隣の白浜町まで行けば新幹線が通っていて、かつ南紀白浜空港もあり、交通の便が何かと良い。山中さんにとって田辺市のアクセス状況はとてもよかったのだそう。
山中さん「和歌山県には個人的な思い入れもあります。和歌山県を訪れた旅行は、仕事やプライベートで落ち込むことが続き、リフレッシュを兼ねた休暇でした。その時に訪れた白浜町の『アドベンチャーワールド』ではパンダに会うことができるのですが、このパンダにとても救われました。『1人で寂しい時はパンダに会いに行くのもあり』と思い、思い入れのある白浜町から近い、田辺市に移り住むことを決意しました。」
こうして田辺市への移住を決めた山中さんですが、移住当初は1年間の契約社員として田辺市での仕事を始めたが、田辺市での生活がとても気に入り、さらに1年間契約を伸ばし、計2年間の時間を田辺市で過ごしたのだそうだ。
2年間の移住生活が終わって、戻ってきた東京で『たなコトアカデミー』を知る。
田辺市での移住生活を終えて再び東京に戻ってきた山中さんは、都内で開催される田辺市の写真展や食材フェアなどに足繁く通っていた。とあるイベントで『たなコトアカデミー』を主催する田辺市職員の担当者と出会うことで本講座を知ることになる。
第3期を迎えた『たなコトアカデミー』は、「地域の魅力を伝える」をテーマに、地域の情報をどう編集すると、その魅力を多くの人へ届けられるのかを「インタビュー記事にまとめる」形で実践する内容だった。
山中さん「東京に戻ってきてからも、田辺市に興味を持ってくれる友人と旅行で訪れ田辺市との関わりを続けていましたが、自分が知る田辺市の魅力を伝えられるのは、自分の周りの友人にとどまってしまうと感じていました。私は、SNSもあまり使わないので情報発信については疎かった。そんな中、田辺市にいなくても地域の魅力をどう発信するかを学べる『たなコトアカデミー』のテーマにひかれ、受講を決めました。」
都内の飲食店と田辺市のローカルプレーヤーを繋げた山中さん
『たなコトアカデミー』では、田辺市を拠点に活動をされているローカルプレーヤーのみなさんと関わりあいを持てるよう設計されています。田辺市の柑橘・梅農家『十秋園』の野久保太一郎さんも講座を通してお会いできるその一人。
現在は東京に拠点を戻された山中さんですが、田辺市での移住生活の経験とローカルプレーヤーとの関わりがあるからこそのエピソードを話していただきました。
山中さん「田辺市に住んでいる頃、地元で獲れる旬のお魚が提供される居酒屋があり、よく通っていました。田辺市と関東では獲れるお魚が違って、初めて知る魚ばかりでした。そんな中、田辺市での生活で出会ったコショウダイが今でも忘れられません。残念ながら、コショウダイは東京ではあまり食べれる機会が少ないんです。
田辺市での生活が終わり東京に戻ってきてから、ふと見ていたテレビ番組で紹介されていたポルトガル料理を食べてみたくなり、都内で行けるポルトガル料理屋をネットで検索していました。そしたら、大好きなコショウダイを提供している浅草のポルトガル料理屋を発見。これはすぐ行くしかない、と思いそのお店を訪れました。」
足を運んだ浅草にあるポルトガル料理屋さん「
ジーロ」のご主人と仲良くなり、田辺市にかつて住んでいてコショウダイを知ったことや、お店を知った経緯を話した山中さん。高知県出身のご主人は、お店で出す料理の材料に地元高知の柑橘を仕入れているらしいのだが、山中さんのお話を聞き、田辺市の柑橘を取り扱いたいということに。『たなコトアカデミー』にご参加いただいている、柑橘・梅農家『十秋園』の野久保さんをご紹介することになったそうだ。
山中さんの今後の田辺市との関わり合いについて
田辺市での移住生活を経験し、『たなコトアカデミー』にもご参加いただいた山中さんに、『たなコトアカデミー』受講のおすすめポイントや、山中さん自身の今後の関り方について、最後に伺った。
山中さん「田辺市のみなさんはとても前向きでオープンな方が多いのが印象的です。私もとても多くの刺激を受けた場所でした。新しいことにチャレンジしたいけど迷ってる方は『たなコトアカデミー』に参加することで、田辺市のみなさんに背中を押してもらえると思います。新しいことに挑戦したいけど、まだ迷いや悩みがある、そんな方に受講をおすすめします。
“地方を盛り上げたい”、 “東京疲れたよ”と感じている方にもおすすめしたいです。田辺市は立地的に空港も近いので、二拠点生活にも適していますね。」
現在は、東京に拠点を戻している山中さんだが、また田辺市への再移住は考えているのだろうか。
山中さん「何度も再移住は考えているが、都内にいる両親のことやコロナ禍のご時世を考えるとまだ至っていないんです。けれど、これからも田辺市との関わりを東京でも持ちつつ、田辺市の魅力を人々に伝えていくことできたらいいなと思っています。」
元々移住者として田辺市に住んでいた山中さんは、現在都内に戻りながらも山中さんらしい田辺市との関わりを継続している。人々の地域との多様な関わり方を肯定する、まさに「関係人口」を、山中さんは体現しているのではないだろうか。