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岡山県真庭市の発酵企業でつくるチーム「まにわ発酵’s」。酢味噌工場5代目の挑戦

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鳥取県との県境に位置し、蒜山高原をはじめ豊かな自然に囲まれた岡山県・真庭市。この地に、発酵にかかわる異業種の企業7社によるチーム「まにわ発酵’s」がある。2012年に発足し、地元発の食文化を伝えるイベントや蔵見学ツアーなどを行なっている。代表を務める「河野酢味噌製造工場」の5代目・河野尚基さんに、チーム発足のきっかけや活動の狙いなどを取材した。

目次

発酵の息づく町・真庭の食文化を伝えたい

発酵食品というと、味噌に醤油、酢、チーズなどがまず思い浮かぶ。ワインやビール、日本酒も発酵させてできるものだし、もっと身近なパンも発酵食品だ。現在、真庭市で発酵を生業としている企業は全10社、しかも異業種ばかりである。なぜ真庭で、発酵が盛んになったのか。それは恵まれた自然環境にある。美しい森林や高原があり昔から酪農業が多く、さらに真庭市には蒜山高原を源流とした旭川の軟水と、北房からの備中川の中硬水が流れる。良質な水を使った醸造業も栄え大正時代には20軒以上の造り酒屋があったが、現在は2軒だけになってしまった。

河野酢味噌製造工場5代目・河野尚基さん(以下、河野さん)「醤油屋も昔は7〜8軒ありましたが、いま醤油を製造するのはうちだけになりました」。

ある時、酒蔵「辻本店」の杜氏・辻麻衣子さんと河野さんの同級生でもある「落酒造場」の落昇さんら同年代で酒を酌み交わしながら、なんとか地元の業界を盛り上げたいという話に。

河野さん「自分たちには『発酵』という共通のキーワードがあり、そこから真庭の魅力を考えてみたんです。すると、開業したばかりのワイン屋さんや、酪農家さんが独学で開いたチーズ工房もある。さらに天然酵母のパン屋さんも3〜4軒できたりしていて、これだけ集まっているのは珍しいし、発酵食品の文化が町の財産になるんじゃないかと」

こうして2012年に「まにわ発酵’s」が結成され、これまでさまざまな取り組みを行ってきた。

蒜山高原
真庭市北部に位置する蒜山高原。写真提供:岡山県観光連盟

水と環境が「味」をつくる

真庭で生まれる発酵食のおもしろさとはなんだろう。

河野さん「発酵食品は水が決め手なんですが、真庭は軟水と硬水の源流がある町。これは全国的にも珍しく、軟水が流れる地域と硬水が流れる地域では発酵食品の味も違ってくるんです」

例えば酒なら、軟水では優しい味に、硬水なら辛口に仕上がり、同じ真庭にある造り酒屋でも異なる味わいの酒が造られているという。

河野さん「また、長い歴史のある伝統の味を守るには、安定した環境も大切です。うちの酢味噌工場も古い道具ばかりですが、以前、蔵に砂糖水を置いていたら、しばらくするとシュワシュワ発酵していた。これは、道具はもちろん梁や柱に酵母菌が住んでいる証拠で、この環境を変えずに維持していかなければいけない」

水の違いで生まれる多彩な食文化と、それを守る人々の技、豊かな自然と歴史が息づく環境。そんな真庭の魅力を、「発酵」を入り口に発信していきたいと河野さんは言う。

河野酢味噌製造工場
130年以上続く「河野酢味噌製造工場」で現在も使われている樽。(c)河野酢味噌製造工場

伝統の味を若い世代や子どもたちに

河野さん自身も酢味噌工場の5代目だが、跡を継ぐ身として感じた“のれんの重み”も、「まにわ発酵’s」の活動に繋がっているという。幼い頃からいずれは後継者になることを自然に受け入れてきたという河野さんだが、東京農業大学での学生時代に迷いを感じた時期があった。しかし、ある時その迷いを決意に変える。

河野さん「酢や味噌・醤油は伝統食であり、和食の基礎になるもの。さらに、ひと山越えれば味が違うという、地域性のある食品です。そう考えてみれば、地元・真庭の郷土料理も、味のベースはうちの酢や味噌・醤油でできている。それならこの真庭の味を守っていくことが自分の使命だと思ったんです」

学生時代に抱いた想いを今も持ち続ける河野さん。家業の味を守るだけでなく、人口が減少し、伝統食の製造業も減りつつある悪循環を変えたいと「まにわ発酵’s」の活動を続けている。

河野尚基さん
「まにわ発酵’s」の代表を務める、河野酢味噌製造工場・5代目の河野尚基さん。2001年に東京農業大学卒業後、京都の白味噌屋での修業を経て家業に入り、現在は取締役として製造と営業を兼務。写真は東京・青山の飲食店で2019年に開催された「まにわ発酵’s」の食イベントで参加者に説明する様子。(c)福岡拓

河野さん「真庭の食と町の魅力を若い世代や、真庭から他地域に移住した人、そして日本中に伝えていきたい。そして子供たちが真庭を自慢に思えるようになってくれたらいいですね」

若い世代に発酵食を知ってもらおうと、2012年の発足当時から趣向を凝らしたイベントを毎年開催している。堅苦しい雰囲気ではなく、音楽ライブを取り入れたりマルシェスタイルにしたりと気軽に楽しめるものにしたことで、第1回から募集を超える参加者で賑わった。近年はレストランとのコラボイベントや、自治体との観光事業にまで広がりを見せている。

THE発酵
2012年に行われた1回目のイベント「THE発酵」。「まにわ発酵’s」のメンバー企業による料理を味わいつつ作り手たちと交流。音楽ライブもあり30代を中心に参加者は80名を超えた。(c)まにわ発酵’s

発酵文化にふれる観光「まにわ発酵ツーリズム」

発酵文化にふれる観光「まにわ発酵ツーリズム」

真庭観光局の観光事業による「まにわ発酵ツーリズム」もスタートさせ、2019年はテストツアーで東京の食関係者を招待して開催した。ツアーではメンバー企業の工場や蔵を見学し、もちろん試食もしてもらった。

河野さん「知り合いの料理家さんにも相談して、最初のターゲットは東京にしようと。実際に蔵や工場を見てもらいながら職人たちから細かな説明ができるので我々としても嬉しいし、真庭の自然環境を体感してもらえるので観光のアピールにもなるはずです」

まにわ発酵ツーリズム
2019年の「まにわ発酵ツーリズム」。河野酢味噌製造工場で参加者に説明する河野さん。(c)さくらいしょうこ

真庭観光局も発酵をコンセプトにしたPR動画を制作しており、市の認知度を上げる大きな魅力の一つとして発信している。

(c)真庭観光局

そして2020年はいよいよ一般向けのツアーを実施する予定だったが、新型コロナウイルスの感染状況を鑑み、オンライン版として11月1日にzoomで開催された。

オンライン版まにわ発酵ツーリズム
2020年11月1日に行われた「オンライン版まにわ発酵ツーリズム」。写真は辻本店の酒蔵見学の様子。7代目の辻総一郎さんに案内され、なかなか見ることができない蔵の中をオンラインで見学した。

企業間コラボで生まれる新しい味

「まにわ発酵’s」のメンバー企業でコラボした、新しい商品の開発にも取り組んでいる。辻本店による酒粕を3年寝かせ、それを河野酢味噌製造工場の伝統製法で発酵させた無添加の「粕酢」だ。

河野さん「初めて作るときはなかなか発酵しなくて。うちの蔵の環境はずっと同じはずなのに、菌の元気がない。なぜかというと、水が違う辻さんの酒粕にうちの菌がびっくりしていたんです。でも何度も繰り返すうちに、徐々に菌が慣れて発酵してくれました。本当に菌は生き物だし、誠意が伝わると応えてくれる。発酵の面白いところです」

そうして作られた粕酢は、酢特有のツンとした尖りはなく、まろやかさと深いコクのある味わいに仕上がっているという。

河野さん「昔は麹を扱う同業者として蔵を見せ合うなんてご法度でしたが、私たちの世代では発酵仲間として協力し合う関係です。お互い技術を伝え合いながら新しいものを生み出し、つながりを深めていけたらと思っています」

伝統の技と味を守るという軸は変えずに、企業間の交流によって現代の人たちにもマッチする味を作っていく。そうすることで、より地域に根ざした食文化が生まれるのではないかと河野さんは言う。

まにわ発酵’s
まにわ発酵’sのメンバー企業による発酵商品の数々。(c)まにわ発酵’s

発酵の技術を未来につなぐ

「まにわ発酵’s」が描くのは、どんな未来だろうか。

河野さん「作り手と地域の魅力を広く伝える活動も行いながら、ええモンを作り続けていくというのは変わらずやっていきます。そしていつか子ども達が大人になったとき、自分の意思で地元の発酵の仕事に就いてくれたら、それが本当の意味での成功なのかもしれませんね」

発酵食の伝統をつないでいく「まにわ発酵’s」の活動が、次世代の地域愛を育む。そんな真庭の未来を、菌という生き物と日々ていねいに向き合っている職人たちならきっと、実現してくれるはずだ。

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