仲間と一緒に楽しく遊べるようなプロジェクトを企画する。「遊び」だからこそ一生懸命になり、その熱がまちに伝わる。まちの人々に喜ばれるから、また次の「遊び」を提案する。長谷川さんの「地域の編集」はそんなふうに広がっている。
楽しいこと? 仲間と一緒に大野のまちを「編集」すること。
イベント「心灯」で、まちとの関わり方を知る。
リノベーション真っ最中の古民家「SUBACO」の庭で声を弾ませて話しているのは、映像作家・デザイナーの長谷川和俊さんと、佛壇店の4代目の清水啓宏さん、工務店に勤める印牧拓朗さん。福井県大野市に生まれ育った仲間だ。3年前、集落の人に挨拶して借り、仲間で家賃や費用を出し合いながらリノベを進めている「SUBACO」の未来について語り合っている。「大勢の人がやりたいことを実現できる場に」「リノベに参加して、愛着を持ってほしい。東京の人も全然ウェルカム!」「リアルな人間関係が育まれる場になれば。LINEで簡単に連絡するのではなく、あえて電話で『SUBACO、行く?』と誘って」。
庭の山桜に止まった鳥を見つけた長谷川さんは、「鳥みたいに飛んで、遊んで、この山桜の下の巣箱に帰ってくる。そんな場にしたい」というみんなの思いを込めてこの名前をつけた。リノベをあえてゆっくり進めることで、より多くの人が関わり、自分の場所として認識してもらいたい。そんな狙いもあるそうだ。
長谷川さんがこうした場づくりやまちづくりに関心を向けるようになったのは、2010年に仲間と企画・開催した「心灯」というイベントから。長谷川さんと清水さん、アウトドアショップ・オーナーの3人が主催者となって、市内の六呂師高原を盛り上げようと集まった。ただ、長谷川さんは、「六呂師高原のためというのは建前で、本音は自分たちの遊び。みんなで遊べる場を、ここ大野につくりたいという思いで音楽やトレッキング、ヨガや地域の食べものなど、自分たちがやりたい企画を提案しました。レゲエシンガーのリッキー・ジーを呼んだのも、僕とよっちゃん(清水さん)が大ファンだったから。無理を承知で依頼したら、本当に来てくれて。経験したことのない大きなイベントの準備と運営で疲労はピークに達していましたが、リッキーがステージに上がった瞬間、スタッフ全員が号泣。仕事を放棄して踊りました」。
約5000人の来場者を集めた「心灯」は大成功。翌年も開催し、約1万2000人を集客した。「自分たちが遊ぶためのイベントでしたが、懸命にやったら大野の人たちに喜ばれ、まちに対して何かやることに気持ちよさを感じました」と長谷川さん。「以前は身近な仲間と遊ぶだけでしたが、『心灯』を通じて、会ったこともないまちの大人や行政と向き合うようになり、まちとの関わり方を見つけたのです」。以来、長谷川さんは映像やデザインの仕事のかたわら、大野のまちを「編集」する作業に打ち込むようになった。
プロジェクト「風土」の、地域を導く編集力。
大野のまちへのリアルな動きを始めた長谷川さん。同じ思いの仲間が集まって活動を活発化させるための場が必要になり、友人でもあり大野市役所で働く雨山直人さんと物件探しを始めた。活動を始めて約3年経った頃、中心市街地にある3階建ての空きビルと出合った。建築目線で物件を見てもらっていた『明倫舎建築事務所』代表の川端慎哉さんが、「自分の事務所も入るから」と大家さんから1棟丸ごと借りて、長谷川さんはその2階のワンフロアに活動の場を手に入れた。借り主は『HASHU』という同時期に長谷川さんらが立ち上げた団体だ。まちに種をまくという意味で、播種。新しく誕生した場は「SONOU」と名付けた。植物を植え、育てる庭という意味の園生。『HASHU』が種をまき、「SONOU」で水をやり、育てることで、大野のまちに花を咲かせ、実を生らせたいという思いを込めた。15年に活動をスタートさせて以来、地酒を飲みながら人と語らい、つながる「水源Bar」、大野の文化や自然を学び直す「ぼんち大学」、消えゆく先人の知恵を残す記憶情報誌『STOCK』の発行など、多様な”種“をまいている。5年経った今、「資金面や周知の方法など課題もありますが、種をまき続けることに意味があると思っています」と課題の解決を模索する。
そんな『HASHU』の新たな種が、この春にまかれた。中心市街地と郊外の中間あたりにあった家と蔵、庭と畑を借り、「風土」というプロジェクトをスタートさせたのだ。旗を揚げたのは、やはり長谷川さん。「僕がメンターを務める『越前おおのみずコトアカデミー』という『水』をきっかけに関係人口の創出を目指す市の講座のために、東京へ行きました。その際、有名な自然派のレストランで食事したのですが、大都会のど真ん中で地方の土つき野菜を食べる ”違和感“を感じてしまって。オシャレではありましたが、一緒に食べたフードユニット『nishoku』のメンバーと、『この野菜が採れた土地で、田んぼや畑を眺めながら食べたほうが絶対においしいし、伝えられることも多いはず』と話したのです。それで東京から戻った3日後にここを訪ね、借りることにしました」。
その土地の風土は、風の人(よそ者)と土の人(地元の人)が混ざり合って生まれる。「風土」には、大野の中心市街地の人と田舎のほうに暮らす人を混ぜ、つなぎたいという思いが込められている。「僕らの思いを実現するには絶好の立地。大野のよさは市全体にあります。郊外が置いてきぼりにならないように」と長谷川さんは周囲に広がる田畑を見渡す。
「風土」では手始めに、『HASHU』のメンバーがやりたいことを何でもいいから実践するそうだ。旗揚げ役の長谷川さんは、「固定種の野菜を種から育てたい。不揃いで廃棄される野菜や無農薬野菜を販売したい。大野×デザインでつくったプロダクトをショップで販売したいし、蔵に眠る古道具でプチ・リビルディングセンターもやってみたい。コワーキング・スペースをつくるのもいいね」と、次々にアイデアを出す。それに触発されるように、『nishoku』の村上洋子さんと三嶋香代子さんは「里芋畑のなかでランチを出す食堂をしたい!」、デザイナーの桑原圭さんは「アマゾンで売っていない本やリトルプレスを売る本屋さん」、植物コーディネーターの高見瑛美さんも「山を買って、小屋を建てたい!」と夢を広げられるだけ広げる。「数年後には事業化したいね」とビジネスとしても成功させたい意志を示す長谷川さん。「竹林のタケノコを掘るだけでも気づきがあるはず。何でもやってみながら、感覚をつかみ、自分たちの表現としてアウトプットしていく。その最終形として食堂やお店といった目に見えるかたちで発信できれば。自分たちが経験しないとぺらぺらな発信にしかならない。だからまず、遊ぶ!」。
思いの同じ仲間とともに、地域で遊び、自然や文化を体験してみる。すると大野のよさに気づき、まちに対する愛が生まれる。そういう人が増えていけば、地域は力をつけていく。そんなふうに仲間と地域を導くのが、長谷川さんの編集力だ。