「世界一チャレンジしやすいまち」の実現をビジョンに掲げる宮崎県新富町。人口1万7,000人の小さなこの町で、なぜ1粒1,000円ライチや企業との連携事例が続々と生まれ、移住者たちが飛びこんできているのか。仕掛け人である地域商社こゆ財団の視点から、その理由と気づきをご紹介します。
今回のテーマは「あるものを活用しよう」です。ヒトもモノもカネも、とにかくないものづくしで語られがちな地域。でも本当にそうでしょうか。私たちはそれは「ない」のではなく、あるものがまだ活用されていないだけではないかと感じています。
私たちが活用してきた例の一つとして、今回は1時間に1本程度しか電車の来ない「駅」を紹介します。
こゆ財団は、旧観光協会を発展的に解体して設立した組織です。そのため、現在も一部の観光事業を引き継ぎ、町のイベントの企画運営などを行なっています。
2017年の設立の際、私たちの事務所となったのが旧観光協会の管理下にあったJR日向新富駅でした。駅の改札の裏手に小さなスペースがあり、そこを改装して事務所にしたのです。現在は町の中心部にある「チャレンジフィールド」が拠点ですが、設立からの約1年間は駅舎をオフィスとしていました。
「電車がこない」を逆手にとる
JR日向新富駅は、町の中心部から少し離れたエリアにある、町で唯一の駅です。かつてにぎわいを見せていた駅前は閑散とし、朝夕の通勤や通学時をのぞけば、人の姿はまばらです。売店もなければ、乗客待ちのタクシーの姿もありません。
これだけ見れば、おおかたの印象は「何もない」になると思います。そんな中、私たちは一つのことに気づきました。それは1時間に1本しか電車が来ないこと。時刻表を見れば一目瞭然ですし、交通インフラとしては決して便利のよいものではありませんが、電車があまり来ないおかげで待合室の自由度も高いと感じたのです。
私たちは試しに、待合室にテーブルを設置しました。どんな駅にも椅子やベンチはありますが、テーブルはあまり見かけません。テーブルがあればパソコンやノートを広げて、コワーキングスペースとして使えるのではないか。そんなアイデアをまずは実践してみたのでした。
“電車に乗るための待合室”という意味の変容
最初にテーブルを使ってくれたのは、町の子どもたち。あるときは学校の宿題を広げたり、あるときはトランプをしてみたりと、予想を上回る使い方を見せてくれました。
またあるときは、地域のシニアの皆さんが夜に会合に使っている光景も見られました。公民館のような手続きは不要ですし、夜でも明るく、気軽に集まれる場所と認識されたのでしょうか。“電車に乗るための待合室”という意図が、多様な人の多様な解釈で変容していくさまを見ることができました。
内閣府からシェアエコ実践例に選出
こんな変化が、ひょんなことから内閣府の方のお耳に入り、JR日向新富駅でのチャレンジはシェアリングエコノミーの取り組みを選出する内閣府の「シェア・ニッポン100」に選出されることとなりました。
さらに、2018年の秋には、この待合室を会場としてトークセッションを行いました。待合室には30名ほどの来場者が集まり、ふだんは町のプロモーションムービーを流しているモニターをプロジェクタ代わりに活用しました。
「何もない」といえばそれまでですが、何もないことこそない、と言うのが私たちの持論です。見方や捉え方を変えることで、そこには思いも寄らない価値が見出せることを、私たちはJR日向新富駅でのチャレンジで学ぶことができました。
ふだんから「何もない」といわれている地域こそ、思いも寄らない価値がたくさんあるように感じます。皆さんもぜひまだ見ぬ価値を発見してみてください。
ちなみに2021年春、この駅から徒歩15分のところに、サッカー専用スタジアム「ユニリーバスタジアム新富」が完成しました。J3クラブチーム「テゲバジャーロ宮崎」のホームとして、月1〜2試合が行われるようになったことで、駅はその玄関口という新しい役割を担いつつあります。
新富町にお越しの際は、ぜひ電車をご利用ください。