5年前、転職がきっかけで福岡から岡山へ移住してきた松野雄介さん。普段は不動産会社に勤務する会社員だが、コーヒー好きが高じて、2019年から岡山市内の神社やパブリックカウンターなどでコーヒースタンド「純喫茶松野」を開いている。松野さんはどのようにして、会社員をしながら好きなことに挑戦できたのか。副業やパラレルキャリアなど、多様な働き方が増えている昨今。「好きなことで副業をしたいけど、どうしたら?」と悩む人にとって、松野さんの開業ストーリーがひとつの参考になるかもしれない。
普段は不動産会社に勤務、月に数回コーヒースタンドを開く
松野さん「会社では店舗などを対象とした不動産コンサルティング業務の営業をしています。勤務スケジュールはある程度自分で決められるので、休日に『純喫茶松野』をやったり、その準備や趣味である喫茶店めぐりをしています」
岡山神社で開いている「純喫茶松野」は、朝7時半から9時半までの営業。手軽にサッと買えるイメージのコーヒースタンドだが、「純喫茶松野」の前にはコーヒーを待つ客が並ぶ。その理由はオーダーを受けてから、松野さんが1杯ずつハンドドリップで淹れているから。
コーヒーをドリップしながら、「今日お子さん小学校の入学式?おめでとうございます!」などと、常連客と楽しげに会話を交わす松野さん。野外スタンドとはいえ、さながら街中にある喫茶店の雰囲気だ。筆者もオーダーを済ませた後、せっかくなので神社で参拝し、朝ドラのロケ地にもなった旭川を眺めて戻ってくると、淹れたてのコーヒーが待っていた。
松野さん「お待たせしました。今日は福岡の『トモノウコーヒー』から取り寄せたフレンチブレンドです」
温かいコーヒーと共にモーニングの卵サンドをほおばりつつ、松野さんの開業ストーリーを聞いた。
2度の移住と転職を経験
松野さん「人と深く関われる仕事がしたかったんです。不動産業、特に土地活用は信頼関係が重要な仕事なので」
営業成績もよく会社の評価も高かったが、20代後半、少しずつ自分の本心と、ビジネスにおけるシビアな現実とのギャップに違和感を感じ始めたという。
松野さん「会社とお客さんの評価は違うんですよね。土地を有効活用できて所有者さんに感謝されると思っていても、『松野さんにはしてやられましたよ』と言われたりして…。ビジネスでの駆け引きに疲れてしまったのと、街の人々が直面する“現実的な困り事”に、本当の意味で力になれる仕事がしたいと思うようになったんです」
その頃、出生地である長崎県に転勤していた松野さんは、親しくしてくれていた顧客から、商工会などに在籍して中小企業の経営者らをサポートする「経営指導員」の資格があることを教えてもらう。
松野さん「費用が発生するコンサルタントとは異なり準公務員であるという点も、その時の自分が求めている仕事だと感じて受験しました」
そして見事合格し、商工会連合会に転職。経営指導員として、地元企業の経営支援業務に携わる。中にはブランディングや流通の仕組みの改善など、経営の根幹から関わることもあり、この時の経験がその後の人生にも大きく関わってくるという。
松野さん「長崎県の南島原市は素麺の名産地なんですが、ある時、全国的に有名なメーカーの下請けだったとある会社が、下請け契約を切られることになってしまい…。長く下請けだったので、卸ではなくエンドユーザーに直接売っていく経験がなかったんです。そこで、直接消費者に売れるギフトセットの開発などを、アイディア出しの段階からサポートしました。商品が売れ経営が安定するだけでなく、それまで消費者のダイレクトな反応を知る機会がなかった会社が、買った人の喜びや感謝などを直に感じたことで、従業員のモチベーションも上がっていたんです」
地元企業のマインドが上向くことで、南島原全体が盛り上がる。街と人の“現実的な困り事”に対して力になりたいという、松野さんが思い描いた仕事そのものだった。
松野さん「この経験に加え、不動産デベロッパーでの実績を生かして、地域のためにできることはないかなと思うようになりました」
そんな時、デベロッパー時代の同期で、岡山市で「株式会社HIT PLUS」を経営していた打谷直樹さんから、転職の誘いを受ける。
松野さん「打谷が長崎へ遊びに来るたび街づくりの面白さを聞き、興味が沸いていたのもあって、岡山へ行く決心をしました」
会社員をしながら喫茶店を開業。根底にあるのは幼少期の思い出
松野さん「知り合いは徐々に増えましたが、社長の打谷から紹介されることが多く、自分発信の人間関係がなかなか構築できずにましたね。居場所がないというか…。休みの日はほとんど、趣味の喫茶店巡りに費やしていました」
松野さんが喫茶店を好きになったきっかけは、幼少期に遡る。
松野さん「普段なかなか遊んでくれなかった父が唯一連れて行ってくれたのが喫茶店で、“大人の世界”という感じがしてワクワクしてました。店主と話すのも楽しいですし、目立たない席で本を読みながら、常連さんの話に耳を傾けるのも楽しい。喫茶店にいると、町の文化や地元住民の人柄もわかるんです」
岡山での自分の居場所を模索しつつ、各地の喫茶店を巡っていた頃、転機が訪れる。
松野さん「打谷の紹介で出会って仲良くしてもらっていた岡山神社の宮司さんと雑談している時、『そんなにコーヒー好きなら、うちの神社で出してみる?』と言ってくださったんです」
開業に向けて行った3つのこと
1.勤務先への相談
松野さん「社長の打谷に相談した際、『本業に支障がなく地域の人に迷惑をかけないように』という点はもちろんですが、『本気でやるんならいいんじゃない』と言ってくれました。『神社でコーヒーを出すことが岡山の町とってどんな役割を果たすのか、本気で考えること』、まずはそれが一番大事だと。『純喫茶松野』が、僕みたいな移住者はもちろん、地元の人たちにとっても、“人とつながれる場所”したいと思いました」
2.仕入れ先の確保
松野さん「もともと好きで通っていた喫茶店に、自分で交渉しました。せっかくなので岡山の方に九州など地元以外のコーヒーを味わってもらいたいので、福岡や長崎のお店も多いですね」
3.資金や場所の確保
松野さん「最初は岡山神社さんが声をかけてくださいましたし、今は不定期で、勤務先が運営する『パブリックカウンター』に出店したり、お誘いを受けてイベントなどにも出店したりしています。ドリッパーなどの道具一式はもともと趣味で揃えていたものも多く、開業資金という程まとまった資金はそれほどかかっていません」
「純喫茶松野」が、いつか誰かの居場所になれたら
松野さん「最近は常連さんにも顔を覚えてもらっていて、街で声をかけてもらえることも増えました。考えてみると、最初は町や人がつながる場所にしたいと始めた店が、いつのまにか自分の居場所になっていたように感じます。いつか僕の店が、誰かの居場所になれたら嬉しいですね」
また、現在は野外やパブリックカウンターでの出店だが、将来的には実店舗での喫茶店経営も考えている。
松野さん「後継者がいない古い喫茶店に交渉してみたり、間貸しや時間貸しなど方法はいろいろあります。会社での業務でもスモールスタートでの起業支援や、自営業をしたい人がチャレンジしやすい仕組みを作りたいと思っているので、僕自身の経験が役立てたらいいですね」
松野さん「副業でも起業でも、周囲の人への共感を得るには、“何のためにそれをやるのか”を明確にしておくと、理解してもらいやすいと思いますね。僕は本当に人に恵まれていて、長いこと“もらう側”の人生を送ってきたように思いますが、転職や店の経営を通して、自分が社会や人に対して“何ができるか”を考える人生に、少しずつ変わってきたと感じています」
これから働き方を変えたい、何かに挑戦したいと考えている人は、まず自分が志す道の「目的」と「役割」をじっくり考え、身近な人に話してみることから始めてみよう。
【2022年5~6月の出店スケジュール】
●5月30日 公園でモーニング&昼喫茶@パブリックカウンター AM7時30分~
●6月1日 神社でモーニング@岡山神社 AM7時30分~
●6月19日 オープニングイベント@パブリックカウンター (時間未定)
※詳細・日程変更・時間などの情報は下記の公式SNS参照
●公式インスタグラム
●公式Facebook
写真・文:西紀子
■ライタープロフィール
西紀子:福岡市出身。大学卒業後、フリーペーパー編集部や企画制作プロダクションにて編集・ライティング業務に従事。2017年よりフリーランス。2018年より岡山市在住。 2020年よりソトコトオンライン・ローカルライターとして記事執筆。現在に至る。
1980年、長崎県生まれ。幼少期から高校卒業までを福岡県で過ごし、大学進学で大阪へ。卒業後、不動産デベロッパーへ入社し商業施設などの開発に携わる。2011年に経営指導員の資格を取得し、長崎県商工会連合会に転職、中小企業などの支援業務に従事。2017年に岡山市の不動産会社「株式会社HIT PLUS」に転職、同市へ移住。店舗を中心とした不動産コンサルティング業務を行う。2019年より「純喫茶松野」を開業し、岡山神社や石山公園近くの「パブリックカウンター」などで営業。現在に至る。写真提供:純喫茶松野