安定した職業を目指す若者が多い一方、生き方の多様化が進み、夢に挑戦する人も増えている。しかし年齢や家族、周囲の目など、悩むことも多いはずだ。舞台を中心に活躍する箱田暁史さんは、大学卒業後アルバイトなどで生計をたてながら俳優活動を続けてきた。そして今秋、新国立劇場で行われる舞台「イロアセル」にてメインキャストに決定。安定を捨て理想の俳優像を求め続ける箱田さんの人生からは、夢を追う人たちにとって、生き方や考え方のヒントが得られるはずだ。(タイトル写真提供:新国立劇場)
この役は自分がやりたい!と挑んだ、舞台「イロアセル」のフルオーディション
箱田さん「この役を絶対やりたくて。何も失うものがない一人の人間が檻から手を伸ばし、ものすごく大きなパワーを掴み取ろうとする。ジェットコースターのような痛快なエンターテインメントです」
今回の囚人役は、これまでのキャリアを通しても、特別な思いがあるという箱田さん。
箱田さん「フルオーディションで勝ち取ったということに大きな意味があります。全員平等にチャンスがある中みんなが全身全霊で役を獲りにいく。そういう状況は物語とリンクする部分もあるし、僕自身の人生と重なるところもあるんです」
一発逆転を狙い、どこか野心的ともいえる囚人の姿に、共感する部分も多いと話す箱田さん。物語同様に平穏や安定とは無縁だった二十数年の俳優人生を振り返ってもらった。
【#イロアセル】
フルオーディション・第四弾!
全キャストが決定しました!!2021年11月上演予定です。ご期待ください!!!
⬇️出演者詳細はこちらからhttps://t.co/DG6DohPxII
(#倉持裕 さんと小川絵梨子演劇芸術監督のコメントあり)#オーディション #新国立劇場 pic.twitter.com/V1fRRxTbTa— 新国立劇場の演劇 (@nntt_engeki) January 19, 2021
大学で出会った演劇。俳優という夢を先取りするために上京
箱田さん「結局卒業するまで演劇部には在籍せず美術部員でした。でも正式な部員じゃないくせに、演出や脚本にもしょっちゅう口を出していた迷惑な奴でしたね(笑)」
演技の魅力にのめりこんでいった箱田さん。就職は頭になく、何とか演劇を続けていきたいと考えていた。
箱田さん「それなら俳優という未来を先取りするためにも、とにかく上京しようと。でも、それまで人に誘われたり流れにのることが多く、丸腰で行くことに少し不安もあったんです。それで何か自分発信でやりたいと、なぜか大学祭の女装コンテストに応募して優勝したり(笑)、夏木マリさん主催の演劇ワークショップに参加したりもしましたね」
受け身な自分を変えるべく成功体験を重ね、卒業前には自ら企画・演出・主演を務める「箱田暁史卒業公演」を上演。そして、本格的に俳優を目指し上京した。
箱田さん「上京したての頃はほんと甲殻類みたいに、ガチガチに気を張っていました。やられる前にやる、みたいな(笑)」
未来への期待と自信を体中にみなぎらせていたが、それはいとも簡単に打ち砕かれることになる。
大学時代の箱田暁史さん
挫折しても貧乏でも続けられた20代。その理由とは…
箱田さん「研究所では学生時代と変わらず生意気でしたね。研究生の同期にもダメ出ししたり…。今思えば『自分が一番だ!』という去勢を張っていたというか。演劇って集団でやるものなのに、集団行動が苦手でした」
本科卒業公演の主役オーディションにも「俺がやる!みんなどいてくれ」と言わんばかりに挑み、見事主役に選出。本科卒業後は一握りの優秀者のみが研究科へ進み、その後に待っているのは文学座の俳優としての道だ。
箱田さん「自分は主役に選ばれたんだし、『未来は明るい』と信じきってました」
しかし後日、自宅に届いた一通の薄い封書。研究科への進級は叶わなかった。まさかの結果に挫折感はあったが、まだ20代半ば。それほど焦りはなかったという。
箱田さん「いつも貧乏でしたしよく生きてこれたなと思いますが、周りの演劇仲間も同じような生活をしていたので、誰かと比べて悲観することはなかったですね。たまに会社員の友達と会っても、『お、スーツ着てんな~長財布持ってるんだな~』と思うくらいで(笑)」
なんとか俳優は続けたいと、声をかけてくれた芸能事務所に所属し、CMやドラマなど映像の仕事も経験。そんな時、ある現場で知り合った劇団員から誘われて、総合芸術集団GUCCI&BOCCI(現LA・TATAN舎)に入団する。
箱田さん「ここで過ごした時期はすごく楽しかった。お客さんも少ないし、自分の演技自体もまだ楽しめるほど技量も余裕もなかったんですけど。劇団の仲間と一緒に過ごす日々が、僕にとっては遅れてきた青春みたいな」
しかし30歳になろうとする頃、同劇団は活動を休止。箱田さん自身も、この先を考える必要に迫られる。
「やめて福岡に帰ろう」引き止めたのは母の言葉と転機の出会い
それまで賛成も反対もしてこなかった両親だが、「帰ってこなくていい」という言葉は、道半ばで夢を諦めようとする息子へのエールだったのかもしれない。
その後2~3年は舞台に立つことがなく、所属事務所のCMや再現ドラマといった仕事をしながら、アルバイトで生計を立てる日々。
箱田さん「帰らないにしても、このままではだめだと。自分には演劇しかない、もう1度演劇をちゃんとやりたいと思いました」
20代は結果が伴わずとも「演じることが好き」という気持ちだけで俳優を続けてこられたが、30代に入り、仕事として成果を出したいと強く思うように。そんな時に出会ったのが、現在所属する「てがみ座」だった。劇作家・長田育恵さん主宰の劇団で、当時少しずつ注目されはじめていた。
箱田さん「『土っぽい俳優を探している』という長田さんに、知り合いの紹介でお会いしました。喫茶店で脚本を渡されて、客演で出ることになったんです」
数作客演で出演した後、正式な劇団員に。その頃には劇団の知名度も上がり、キャパシティ1500人超の劇場で上演することもあった。
箱田さん「てがみ座に出会えたことで、やっとフラフラした自分から抜け出し大人になれた気がします」
「てがみ座」主演作品での後悔から、俳優として腹をくくった
箱田さん「でも実は、深い後悔の残る作品になりました。苦境に立たされた青年が困難と戦っていくんですが、それでも最後は心に深く染み入ってくるような温かさのある物語なんです。でも僕は、ただ『辛いよー!苦しいよー!』と一方的に伝えるだけの演技をしていた」
主役に必要なのは、観客がスッと感情移入できる”人間らしさ”だと箱田さんは続ける。しかしこの時の箱田さんの演技は、役として成立はしていても、観る人の心に響かないものだった。
箱田さん「長田さんに『あなたの演技は観客に喧嘩を売っている。あなたの敵は観客じゃない。演技しながらも視野は広く。これは、あなたが愛に気づいていくという話なんだよ』と言われました。ずっと演出家や他のキャストにもアドバイスはされていたはずなんですが、聞こえてなかったんですよね。文学座の頃と変わらず、自分の考えだけでガチガチに固まっていたんだと思います」
この経験後、俳優として成長するために必要なことは何でもやろうと決意。
箱田さん「レッスンに通ったり、演技関連の本を読み漁ったり。作品も俳優がどんなアプローチをしているか想像しながら観るようになりました。そうすると、本当の意味で演じる楽しさがわかってきたんです。『汽水域』では大きく転んだけど、そこから得られたものは大きかったですね」
"ちゃんと"年をとり、人間として成熟度を増した俳優に
箱田さん「今後もいただける仕事と真摯に向き合っていきながら、いつか『リア王』を演じられるような、人間として成熟度を増した俳優になれたらいいですね」
そのために経験を重ねて、”ちゃんと”年を取っていきたいと箱田さんは続ける。
箱田さん「愛や人の想いがわからない人間が、人の前に立って演じることはできない。だからこそ、日々の暮らしが大事だと思っています。最近は、コロナ禍で時間ができたこともあり、丁寧な生活を心掛けるようになりました。食事は朝昼晩かならず、刺激の少ない玄米を食べるようにしたり。ストレスや刺激を減らして感度を上げていくと、微細な情報を吸収できるから、演技にも生かされています」
『#イロアセル 』稽古初日!
夢は自分にとってのリアル。日々の現実を大事に生きること
箱田さん「そのたびに怒ってましたね。『夢?そういうことじゃないんだ、俳優は僕にとって現実だし、それを守るために、毎日必死になってバイトしてんだよ!って(笑)」
夢を追うということは、自分が求める生き方と真剣に向き合うこと。そのために何かを犠牲にしたり、結果が伴わず辛いことも多いが、経験を重ねることで「いつかは楽しめるようになる時がくる」と箱田さんは言う。
箱田さん「若い頃は経験が少ない分、僕のように意欲だけでガチガチになって周りが見えなくなることもあると思います。でも引き出しを増やすには、まずなんでも挑戦してみることが大事です」
自分という石を投げてみて、どんな波紋が広がるか。その繰り返しで、自分にとって大切なものを見極めていく。
箱田さん「もちろん時にはガチガチの鎧を脱いで、立ち止まることも必要です。感度を上げて、周りの人の言葉や細かな変化に気づくことが、結果的に自分自身の成長につながると思います」
●新国立劇場 『イロアセル』公演詳細
公演日程:2021年11月11日~28日
プレビュー公演:11月7日
●劇団ユニット てがみ座 公式サイト
●所属事務所 株式会社地球儀 公式サイト
文:西紀子
■ライタープロフィール
西紀子:福岡市出身。大学卒業後、フリーペーパー編集部や企画制作プロダクションにて編集・ライティング業務に従事。2017年よりフリーランス。2018年より岡山市在住。 2020年よりソトコトオンライン・ローカルライターとして記事執筆。現在に至る。
1979年、福岡市生まれ。西南学院大学入学後に演劇と出会い、同校演劇部の作品に複数出演。卒業後、文学座附属演劇研究所に入所(45期)。卒業後、総合芸術集団GUCCI&BOCCI(現LA・TATAN舎)に入団する。2009年以降の活動休止に伴い退団後、劇作家・長田育恵主宰の劇団「てがみ座」に所属。所属事務所は株式会社地球儀。現在に至る。主な出演作品に、てがみ座第10回公演 「汽水域」(2014年)、KAAT&KUNIO15共同制作「グリークス」(2019年)など。2021年11月、新国立劇場フルオーディション企画第4弾「イロアセル」に出演予定。(写真提供:株式会社 地球儀)