和歌山県有田郡有田川町にある「みかんのみっちゃん農園」。江戸末期から続く農家の6代目・小澤光範さんは「みかんのみっちゃん」の愛称で親しまれ、自分自身がみかんのキャラクターとなって有田みかんの魅力を発信しています。
みかんの革命児”と呼ばれる小澤さんの、農家としての生き方・働き方に迫りました。
きっかけは、とある農家さんの言葉だった
小澤さんは近畿大学農学部を卒業しています。「農家を継ぐ気はなかった」と言いつつも、農業に対してなんらかの意識があったのでしょうか。
小澤さん:「有田から車で10〜20分の場所に、農学部の農場があって。高校からも近かったので、よく通りがかりに目に入っていたんです。家族や高校の先生の勧めもあり、ひとまずの進路として選びました。農学部のキャンパスは奈良県にあるので、地元より都会に行きたいという気持ちもありましたね」
小澤さん:「実は、最初は小麦粉の製造会社に就職したんです。ところが、入社後すぐに小麦アレルギーが発覚して……!さすがに仕事で命は落としたくないなと、すぐに転職することに。ハローワークの担当者さんが八百屋さんの家系ということもあり、農作物に関わる会社を紹介してもらいました。それからしばらくはサラリーマンとして過ごしましたね」
ここまでの話を聞く限り、まだ農家を継ぐ気配は見えません。そんな小澤さんに変化をもたらしたのは、とある農家さんとの出会いでした。
小澤さん:「会社員の頃、仕事を通じて出会った農家さんに『これからは農家がお客さんと直接つながり、気軽に農作物を送れるようになる。農家が輝く時代が来るから、家業を継いだほうがいい』という言葉をかけられて。それが心に響き、就農を考えるきっかけになりました」
ついに2015年、26歳で地元・有田川町へUターン。みかん農家の6代目に。
規格外品のみかんを配り、「みかんのみっちゃん」と呼ばれるように
小澤さん:「僕が就農した頃は、ちょうどFacebookなどを通じた交流イベントが盛んになった時代。気になるイベントを探しては、しょっちゅう自費で大阪まで行っていました。そのうち、どうせなら規格外のみかんを持って行こうと思い、イベントの参加者にお裾分けするようになったんです」
そもそも、小澤さんがイベントに参加するようになった理由は、ストレス発散のためだったといいます。田舎の窮屈さを感じていて、都会で同世代の若者と交流したかったのだとか。
こうした“お裾分け活動”が、SNSを活用するきっかけとなったとのこと。みかんのおいしさをもっと知ってもらおうと配布を続け、贈った人数は約2,500人にものぼります。
会う人会う人に「みかんの人や!」と言われるようになり、「みかんのみっちゃん」という愛称が定着。SNSやイベントで出会った仲間のアドバイスをもとにオレンジ色の服を着たり、みかんの被り物をしたりと、次第にキャラクターができあがっていきました。
最初はあくまでイベントの参加者だった小澤さんですが、「みかんのみっちゃん」として認知度が高まると、イベント出店の依頼をされるように。
小澤さん:「はじめは田舎暮らしの現実に嫌気がさすこともありましたが、イベントなどでの活動を続けるうちに、こんな暮らし方も悪くないなぁと。住めば都。農業の仕事も楽しめるようになりました」
失敗を経て、理想の農業スタイルが見つかった
おいしいみかんが育つ理由は、温暖な気候と水捌けの良い土壌条件。さらに、傾斜地の石垣階段畑で栽培し、光の反射効果・保温効果・排水効果をもたせていることも、大きく関係しているそうです。
小澤さんは、就農してからどのようにみかん作りを学んだのでしょうか。
小澤さん:「正直なところ、就農直後は適当な部分がありました。肥料をやって、枝を剪定して、普通に育てていれば大丈夫だと軽くみていたんです。その結果、一部の木が弱ってしまい……。代々育ててきた大切なみかんを、僕がダメにしてしまってはいけない。事の重大さに気付き、あらためて父・母・祖父・祖母からみかん作りを学び直しました」
みかん農家として2〜3年働くうちにわかったことが増え、理想の農業スタイルも見出せたといいます。
小澤さん:「規格外みかんを配布していたときもそうでしたが、『もったいない』をなくしたいと思っていて。有田みかんは、夏に間引きをすることで甘く育てるのが一般的なのですが、間引きをしない農家さんがいると聞いたんです。間引きをしなくても甘くなるらしい、それならみかんの廃棄を減らせる!と情報を聞きに行くことに。それが、現在僕が“師匠”と慕っている農家さんです」
師匠にさまざまな知識を教わり、みかん作りにのめり込むようになったとのこと。みかんは年に一回しか実がならないため、理想に近づくのは毎年少しずつの変化から、ゆっくり。
小澤さん:「みかんは、どうしても手頃でリーズナブルなイメージ。付加価値を高めるのが目的です。和歌山県内で先に3軒の個人農家が取得していたのですが、もっと認知を広げようと、2020年に僕を含め4軒の農家が集まって取得をしました。個人農家では、全国でもこの7軒しか取得経験がありません」
糖度が高いとβ-クリプトキサンチンも多く含まれるといわれているのだとか。おいしさだけでなく機能性の認知度が高まることに期待! 体調を崩しがちな冬も、みかんのパワーで乗り切りたいですね。
年間約1万人に直送!みかんから広がる新しい世界
小澤さん:「たぶん、送っていない都道府県はないのでは。何箱もまとめて購入される方も増えましたね。特に北海道や沖縄県などは一箇所に送れば送料が安くなるので、近隣住民同士でまとめ買いされているようです。こうして、自分とつながりのない人のところまでみかんが届くのが嬉しいですね」
まとめ買いをした方が、近隣でみかんを待つ方に渡しに行ったり、家族ぐるみでお茶をしながらみかんを食べたり。みかんがあるからこそ、コミュニケーションが生まれているようです。
小澤さん:「『みっちゃんのみかんがあるから、あの人のところに年1回挨拶に行けるんだよ』と言われることも。みかんを通じてみんなに笑顔になってもらえたら嬉しいです」
小澤さん:「まとめ買いの話題で例に出したように、僕がいないところで交流が生まれるなど、消費者のみなさんにも新しい世界を見せてもらっています。それから、一緒にコラボ商品を生み出してくれたレストランや企業のみなさんにも。みかんの実を収穫して出荷するだけではない、加工販売などの“その先”が見えると面白いですね。僕の農園のみかんが、こんなにも形を変えながら楽しんでもらえるんだ!と。作り手の思いが無限に広がっていくのを感じます」
「みかん絵本箱プロジェクト」で子どもの食育にも貢献
「大人も子どもも一緒に楽しみながら、みかんについて知ってもらいたい」「子どもの食育機会を増やしたい」と、10人のチームで2021 年1 月から絵本箱の製作をスタート。みかんを食べ終わった後の段ボールを、絵本・ぬり絵・パズルの3 つの用途で楽しめます。
小澤さん:「これから発送を控え、みなさんに愛される絵本箱になったらいいなと楽しみにしています。農業を盛り上げながら、食育に貢献してきたいです」
小澤さんの生き方・働き方を見ていると、“農家にできること”の可能性はまだまだあるのだと気付かされます。「漫画のワンピースのように、行く先々で出会った仲間たちと“みかんのみっちゃん船団”として協力し合って挑戦したいです」。農業は、自分と仲間次第で新しい島にたどり着ける、終わりなき航海とも言えそうですね。
文:齊藤美幸
■ライタープロフィール
齊藤 美幸|まちと文化が好きなライター。広告制作会社での勤務を経て、2020年からフリーランスとしてソトコトオンライン他で執筆中。地元・名古屋を中心に、都市の風景や歴史、地域をつくる人の物語などを伝えている。