百姓屋敷じろえむの稲葉芳一(いなばよしかず)さんと彰子(しょうこ)さんといえば、知っている人も多いのではないだろうか? バラエティやグルメ番組、雑誌などでも多数取り上げられている、百姓屋敷じろえむの14代目夫妻だ。千葉県在住のライターが、じろえむ流冬野菜の食べ方も併せて、稲葉夫妻に話を聞いてみた。
写真:長屋門のブランコに乗る稲葉夫妻。愛犬の“むぎ”も一緒に。
目次
百姓屋敷じろえむとは
千葉県南房総の里山を車で走る。「百姓屋敷じろえむ」と書かれた看板の角を曲がって、田んぼが続く道を進み続けると開けた駐車場が現れた。車を停め、駐車場からも見える茅葺き屋根の方へ向かうと、畑の間にソテツが植えられた道があり、立派な茅葺きの長屋門へと続いている。明治17年に建設された長屋門をくぐると、300年前に建てられた母屋が。この母屋が、百姓屋敷じろえむのレストランだ。敷地内には、蔵を利用した卵の作業部屋。母屋の裏にある山に、4棟の鶏舎が建っている。
父親の代から無農薬で野菜を作り始めるようになったという百姓屋敷じろえむ。その意思を次いで、無農薬で米や野菜を作り続け、新たに養鶏とレストランを始めたのは芳一さんだ。“じろえむ”とは、明治まで稲葉家で代々引き継がれてきた名前“治郎右衛門(じろうえもん)”の略で、昔からじろえむと呼ばれ親しまれている。
彰子さんがじろえむに嫁いだ1984年ごろは、プラスチック製品などの新しい物がどんどん暮らしのなかに入ってきていた時代。そんななか彰子さんは、昔から使われてきた古い物の方が良く見えていたという。「母屋は客間なので、嫁が入ってはいけない場所だった」と話す彰子さん。お客さんが来たときしか使われない母屋を、お金をかけて維持し続けていることに疑問を持った彰子さんは、1997年に母屋を開くイベントを行った。それが、レストランを始めるきっかけになったのだとか。
レストランの売りは、無農薬で育て、天日干しをした米を昔ながらの釜戸で炊いて提供するご飯。平飼い有精卵の卵焼きや、季節ごとに採れる無農薬野菜の料理、牛の初乳を使った南房総のローカルフード“チッコカタメターノ”などがある。
稲葉家の食卓
「ハクサイを生で食べるとおいしい」と言う彰子さん。レモン汁、醤油、一味か七味をかけて食べるそうだ。ダシの出るものと茹でるのもおいしいので、ベーコンやアサリ、肉などと一緒にハクサイを茹でて、たくさん食べるという。
ホウレンソウは、麺つゆで味付けしたスープにニンニクのスライスを入れて、豚肉と一緒にホウレンソウをたっぷり入れ、鍋のようにして食べることも。
稲葉家に嫁いで、ジャガイモ入りのおでんを作った彰子さん。それを見たお義母さんに、「ジャガイモではなくサトイモで作るもの」と言われたそうだ。理由は、おでんを作る冬の時期は畑にジャガイモが無く、サトイモがあるから。お義母さんは長年、ここで採れるものを使って料理し続けていたため、わざわざこの時期に採れないものを買ってまで使うという考えが無かったのだろう。
稲葉家では、サトイモを大きめの角切りにして茹で、甘みそを絡めて食べることも。サツマイモの角切りを茹でて、マヨネーズ、醤油、ゴマで和えたものは、まだ20代の15代目嫁の好物なのだとか。
最近の家族のヒットは、大根葉を茹でてから刻み、おからにマヨネーズ、麺つゆを混ぜて大根葉を加えたものだという。
昔から引き継がれてきた料理と、新たな料理が一緒に食卓へと上る稲葉家だが、それは稲葉家に限らず近所でもそうだという。例えば、近所4軒みんな雑煮の味付けや、角餅だったり丸餅だったりとそれぞれ違う雑煮を作るらしい。三芳には、嫁いできたお嫁さんの味を受け入れる寛容さがあり、いろいろな文化が入り混じっているのだ。
次のページでは昔の暮らし、「ハレの日には魚と氷を買いに」を紹介する
ハレの日には魚と氷を買いに
ひと昔前までは、山に囲まれた三芳の寿司ネタといえば、シイタケやタケノコだった。魚は高価で、お祭りや非日常のハレの日にだけ、自転車で氷と魚を買いに海沿いの街まで出かけたという。
なぜ、氷なのか。当時の冷蔵庫は、上の段に氷を入れて使うものだったからだ。逆に、ハレの日以外は冷蔵庫を必要としない暮らしだったのだ。「当時は、井戸でスイカを冷していた」と彰子さんは言う。
同じ千葉県でも、県北から嫁いできた彰子さんにとって当時の三芳は、「タイムスリップしたのかと思った」と言うくらい昔ながらの暮らしが残っていた。その暮らしの良さを実感し、残していったのが、百姓屋敷じろえむのレストランなのだろう。
レストランになっている母屋には、昔の冷蔵庫やテレビがしっくりと馴染んで置かれている。長屋門や母屋の造りはもちろん、こうした昔の物に触れられるのも、百姓屋敷じろえむの良さだろう。ただ料理を味わうだけでなく、大人はひと昔前を懐かしみ、子どもは昔の暮らしを知るきっかけになる、ちょっとした社会勉強の場だ。この空間でゆっくりと、百姓屋敷じろえむの家庭料理を味わってみてほしい。
レストランは完全予約制なので、予約してからちょっとしたタイムトリップを楽しんでみてはどうだろう。
百姓屋敷じろえむ14代目
写真:百姓屋敷じろえむ、鍋田ゆかり
文:鍋田ゆかり
取材協力:百姓屋敷じろえむ