コンゴ・エレクトロニック・ジャンク・バンド

連載 | SOTOKOTOmtu人の森 | 95 コンゴ・エレクトロニック・ジャンク・バンド KOKOKO

「あなたたちが『汚い、貧しい、危ない』と切り捨てていったものたちの生と死を懸けたサバイバルは、私たちをクリエイティブにしてくれる」。コンゴ民主共和国で生まれ、ヨーロッパで注目される音楽集団『KOKOKO』。雑草のように強い生命力で、今、花開く!

ゴミとなった、ジャンク品から生まれる音。


 アフリカ中部にある国、コンゴ民主共和国の首都・キンシャサ。自ら「ゲットー」と呼ぶ、都会の片隅の希望と絶望が入り交じる貧しい地域から生まれた音楽集団『KOKOKO』。独創的でサイケデリックで、トランスを誘発するような新しい音楽スタイルのグループだ。


 彼らの楽器はすべて、タイプライター、空き缶、プラスチックボトルなど、路上に捨てられていた廃棄物を再利用し、自分たちのユニークなアイデアで作ったものだ。そのサウンドマシンから聞こえてくる革新的な音に、フランス人のプロデューサーであるデブリュイが参加し、伝統のリズムやアナログの音とエレクトロニック・ミュージックとが融合する。


 2016年、初シングル「Tokoliana」がリリースされると、そのミュージックビデオと共に大きな話題を呼び、17年、ヨーロッパで大々的なツアーが行われた。グループのリーダー格であるディド・オウェケに、キンシャサで話を聞いた。


キンシャサのミュージシャンたちとフランス人のプロデューサー・デブリュイとのコラボから生まれた音楽集団。アナログサウンドとエレクトロニックサウンド、伝統と未来、異なるカルチャーの融合から生まれたサウンドは、独創性でトランスを誘発するような革新的な新しい音楽だ。
キンシャサのミュージシャンたちとフランス人のプロデューサー・デブリュイとのコラボから生まれた音楽集団。アナログサウンドとエレクトロニックサウンド、伝統と未来、異なるカルチャーの融合から生まれたサウンドは、独創性でトランスを誘発するような革新的な新しい音楽だ。

ソトコト(以下S) いつ頃から、どのようにして、『KOKOKO』ができたのですか?


ディド・オウェケ(以下ディド) 私たちは、ほとんどみんなングァカという地区の住民で、子どもの頃からお互いをよく知っているんだ。そして、そこは、クリエイティビティと苦しみが充満するリアルなゲットーだ。私たちは音楽が好きで、特に電子音楽が好きなのだが、楽器や器材などないし、それらを買えるお金もない。それで捨ててあるジャンク品の中から、いろいろ見つけ、工夫して楽器を作り始めた。その楽器から出る音は、なかなかいい音でおもしろいと思い、いろんなバンドで演奏するようになった。それが12年前だ。楽器を買う余裕がないため、必要に駆られて作ったのだが、そのおかげで、音楽、そしてグループが生まれ、オリジナルサウンドを作ることができた。


 サバイバルすることは、自分たちにクリエイティブを与えてくれるということに気づいたんだ。


 その後、2012年に『Staff Benda Bilili』の映画や『Jupiter & Okwess』のDVDなどの作品を手がけている、『ラ・ベル・キノワーズ・プロダクション』のフランス人のレノーとフローランと出会った。彼らは私たちの音をとても気に入ってくれて、一緒に仕事をしようということになったんだ。


 そうなんですね。そのきっかけでメンバーの中に一人、フランス人が入っているんですね。


ディド そうなんだ。その後、16年の7月に、レノーがプロデューサーのデブリュイと一緒に作ったサウンドトラックを持って、キンシャサにやって来た。


 私たちはマットレスと卓球台を利用して、仮の小さなスタジオを造り、中国製のマイクを買って、ミュージシャンたちとセッションしながら録音をしたんだ。生のサイケデリックな音を電気に変換したりして、そのサウンドと演奏は今まで聴いたことないような、本当に独創的なすばらしいもので、新しい音の世界をもたらしてくれた。それで私たちはみんな、デブリュイと一緒にバンドを始めることに決めたんだ。


今回、話を聞いた『KOKOKO』のリーダー格であるディド・オウェケ。彼らの切迫感ある創造性はサバイバルから生まれる。
今回、話を聞いた『KOKOKO』のリーダー格であるディド・オウェケ。彼らの切迫感ある創造性はサバイバルから生まれる。

民族の伝統と、街の雑音から得るインスピレーション。


 音楽のインスピレーションはやはり、民族伝統のメロディやリズムから得られるのでしょうか?


ディド もちろん、私たちのインスピレーションの基本は民族の中にある。私たちの先祖の伝統的な歌とリズムが、私たちのDNAに入っている。コンゴ民主共和国にはそれぞれ異なるメロディやリズムを持つ約450の部族がいるので、さまざまなリズムパターンからインスピレーションを受け取っている。たとえば、モンゴ族の音楽のリズムパターンをベースラインに生かしたり、バテケ族のチャントを取り入れたりね。


 でも、それだけではなく、街の音、生活の音、人生の音、ガソリン売りが瓶を鳴らす音、靴磨きの靴を磨く音……、そういった周りの日常的な街のサウンドからも受け取っている。なんといっても、キンシャサは目で見る街じゃない。耳で聴く街だからね。


「ゲットー」のほこりっぽい中庭で、彼らは壊れたタイプライター、古ぼけたトースター、鉄くず、プラスチックボトル、空き缶など、捨てられていた廃棄物を利用し、斬新なアイデアで、オリジナルの楽器を創る。まさにDIY精神の結晶そのものだ。それを独自の音へと昇華させる。
「ゲットー」のほこりっぽい中庭で、彼らは壊れたタイプライター、古ぼけたトースター、鉄くず、プラスチックボトル、空き缶など、捨てられていた廃棄物を利用し、斬新なアイデアで、オリジナルの楽器を創る。まさにDIY精神の結晶そのものだ。それを独自の音へと昇華させる。

 ライブのステージでは、デブリュイを含め5人ですが、ほかにもメンバーがいるのですか?


ディド 今、ライブのステージではそうだが、メンバーはほかに大勢いる。私たちはミュージシャンだけでなく、パフォーマーやアーティストたちも全部含めて『KOKOKO』という集団なんだ。


 キンシャサでは、あなたたちの音楽のことをどう呼びますか?また、その音楽とはどういうものですか?


ディド 「テクノ・キンツエリ」、または「ザグエ」と呼ばれるが、私たちのサウンドを定義することは難しいんだ。パンクであり、部族の深いグルーブであり、電子的なトランスであり、斬新な新しい音楽なんだ。


「ゲットー」のほこりっぽい中庭で、彼らは壊れたタイプライター、古ぼけたトースター、鉄くず、プラスチックボトル、空き缶など、捨てられていた廃棄物を利用し、斬新なアイデアで、オリジナルの楽器を創る。まさにDIY精神の結晶そのものだ。それを独自の音へと昇華させる。


 私たちのサウンドで今のキンシャサの若者たちに火をつけて、前向きで刺激的な新しい音楽シーンに導いていけるような道を開きたいよ。


 そのために、具体的には何かやっていますか?


ディド ときどき、このングァカ地区の近所でブロック・パーティを開催している。そこに地元のミュージシャンやアーティストたちがやって来て、いろいろなアイデアを出し合い、刺激し合い、即興が始まる。踊っている人たちも子どもたちも、みんなが参加する、生き生きとしたライブそのものなんだ。ここでは、政治情勢が悪化し、街が物騒になっても、みんな音楽をやめない。過酷な状況だからこそ、音楽が必要なんだ。音楽は生きる力なんだ。


「ゲットー」のほこりっぽい中庭で、彼らは壊れたタイプライター、古ぼけたトースター、鉄くず、プラスチックボトル、空き缶など、捨てられていた廃棄物を利用し、斬新なアイデアで、オリジナルの楽器を創る。まさにDIY精神の結晶そのものだ。それを独自の音へと昇華させる。


 クリエイティブは私たちを気分よくさせ、私たちに可能性と夢を与えてくれる。このゲットーの真ん中でこんなことができることはすばらしいと思うよ。


貪り合う人類に、音楽ができること。


 キンシャサの最近の音楽シーンはどうですか?


ディド ルンバ・ロック(リンガラミュージックなどと呼ばれるコンゴのポップミュージック)のオーケストラから部族の音楽、レゲエ、ラップ、ヒップホップ、DJ……といった、何百もの、あらゆるスタイルの音楽と才能あるミュージシャンがこの街にはあふれるほどいて、日中は毎日、どこかでリハーサルをやっている。夜は街中にあるクラブから流れるデジタルミュージック、どこかのライブの生音、いつもたくさんの音楽がある。


「ゲットー」のほこりっぽい中庭で、彼らは壊れたタイプライター、古ぼけたトースター、鉄くず、プラスチックボトル、空き缶など、捨てられていた廃棄物を利用し、斬新なアイデアで、オリジナルの楽器を創る。まさにDIY精神の結晶そのものだ。それを独自の音へと昇華させる。


 でも結局のところ、資金がなく、プロデューサーやマネージャーもいなくて、いいスタジオや器材もなく、コンサートやレコーディングがなかなかできず、キンシャサの音楽シーンは厳しい状況に置かれているのが現状なんだ。


 それでも最近は、ラップやアフロハウスのようなデジタルミュージックから、ロックンロールをしているピグミーのバンドや、70年代の古いコンゴのスタンダードをサンプリングしたテクノのような新しいクリエイターなど、今までの古い流れとはまた違った新たな変化の流れがキンシャサの音楽シーンにもきているよ。


「ゲットー」のほこりっぽい中庭で、彼らは壊れたタイプライター、古ぼけたトースター、鉄くず、プラスチックボトル、空き缶など、捨てられていた廃棄物を利用し、斬新なアイデアで、オリジナルの楽器を創る。まさにDIY精神の結晶そのものだ。それを独自の音へと昇華させる。


 初めてリリースされた曲名は「Tokoliana」で、直訳すると貪り合う、食べ合うといった意味ですが、これは人類が今も殺し合っているという世界を皮肉ったものですか?


ディド そうだね。コンゴをはじめ、世界には常に戦争や紛争状態になっているところがあり、人類同士の殺し合いが絶えない。世界の不条理は弱者にそのしわ寄せがくる。特にコンゴは国民のほとんどが貧困に喘ぎ、人生は厳しく、苦労している。私たちはこの貧困生活をもたらした恐ろしい社会、人々に対して抗議をしているんだ。音楽やパフォーマンス映像などをとおし、社会に変化をもたらす一歩になれるよう、動いている。それが『KOKOKO』の大きなプロジェクトなんだ。


「ゲットー」のほこりっぽい中庭で、彼らは壊れたタイプライター、古ぼけたトースター、鉄くず、プラスチックボトル、空き缶など、捨てられていた廃棄物を利用し、斬新なアイデアで、オリジナルの楽器を創る。まさにDIY精神の結晶そのものだ。それを独自の音へと昇華させる。


 そして、キンシャサから生まれる新しい音楽で世界の群衆を吹き飛ばし、世界中のクラブで、私たちのキンシャサ・サウンドが聴けるようになるといいなと思っているよ。